5-6 カエルの救世主
カエルが怒ると髪が逆立つものらしい。妙ではあるのだが、このカエル、両生類の癖にブロンドの髪が生えてしまっている。人間と同じ大きさで、言葉を喋っている時点で髪くらいに驚いていられないのが実情だ。
「この私、スノーフィールド・ラグナロッタに勝ったなどとは大言壮語!」
「いや、まだ言ってはいないが?」
「十秒後に言いましたっ。私は忘れていません! 世界狼、THE・大犬座を討伐せしこの私を負かすには、戦列巨人魔王城でも足りないと知りなさい!」
緑色の体が赤く見える程にヒートアップするカエル妖怪。
そんな相手の言動がどれだけ信用できるかは不明だ。とはいえ、妖怪が世界の敵たる座についてや魔王城について言及するものだろうか。
「救世主職たる私はまだ倒れていませんわよ。黄昏世界よ、救世主職はまだここにいましてよ!」
「……はっ?」
カエルの言葉の意味が分からない。分かりたくない。
カエルが救世主職であり、少し前までの俺と同業だったと認めたくないという話ではない。世界を救ってくれるのなら哺乳類だろうと両生類だろうと気にしないぞ。救世主職ならば、馬鹿高いパラメーターも納得がいく。
ただし、真実であるか否かを確かめる手段がない。嘘が得意な妖怪らしく騙っているだけと考えるのが自然なのだ。
けれども、もし、もしだ。
もし、救世主職という話が真実だった場合……俺は今、ガチの救世主職と戦っている事になってしまうのだ。世界を滅ぼす魔王を叩き潰すような奴とだぞ。やっぱり分かりたくない。
「どうして戦い合っているんだ!? 救世主職だというのなら戦うのはナンセンスだ!」
「救世主職に敗北は許されないのですわ。まあ、アナタが救世主職というのなら同職という事で剣を鞘に納めないでもないですけど」
「そうそう、俺も救世主職だから同職……じゃないっ?! しまった、今はただのアサシン職だ」
「どちらにせよ、私の個人的な事情で誰かを斬らない限り剣を鞘に納められませんもの。とりあえず、斬った後で考える事にしますわ!」
とんでもない事を言っているので、やはり救世主職ではないのかもしれない。世界を救うような人間にしては危険思考が過ぎる。……しまった、俺が知っている救世主職は他人に成り代わったりする危険思考を持っていた。
「『既知スキル習得』出番ですわよ。対象は巨人族の『巨大化』」
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“『巨大化』、巨人族生来のスキル。
『力』が十倍になる代償に『速』が半分となる。
体の大きさも十倍になるが、その分、代謝が増えて消費カロリー量は増加する”
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▼スノーフィールド・ラグナロッタ
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“ステータス詳細
●力:689 → 6890
●速:505 → 252”
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スキルを発動させると、カエル妖怪の体はどんどん膨れ上がっていった。
建物と比較するべき大きさの巨体となり、黒目の多い目に見降ろされる。この事実によりカエル妖怪がカエル救世主である可能性が補強されてしまう。
「……『既知スキル習得』スキル、だとっ。コイツ、マジで救世主職だッ?」
救世主職のスキルを使ったように見せかけただけかもしれないが、少なくとも『既知スキル習得』を知っているのは確かだろう。
スキルを使った巨大化は主様の配下、ギルクを連想させる。ただ、俺には巨大化するという感覚があまりピンとこないので救世主職のスキルを使っても真似できるようには思えない。カエル救世主の奴、何故か服も剣も大きくなっており納得できないな。
戦闘再開の一撃はカエル救世主が振り下ろした巨大な剣だった。技も何もなく振り下ろすだけで大破壊が引き起こされる。砕かれた地殻が舞い上がって広範囲に被害が及んだ。
「み、御影君。どうしよう!?」
「クゥは逃げろ! 近づいただけで巻き込まれて死ぬぞ」
巨大化によって重量が増したからだろう。全体の動きは格段に遅くなって避け易くはなっている。ただし、攻撃範囲と攻撃力は段違い。カスっただけでも致命傷となる。巨大化は負けフラグと揶揄される事もあるが、そんなもの、潰されるというプレッシャーを感じた事のない者共の軽過ぎる言葉だろう。
大型魔獣、いや、魔王と相対しているようなものだった。余裕があった訳ではない戦闘が更にシビアになっていく。
死力を、それこそ仮面を取る覚悟を決めるべき段階なのだが……相手が悪い。救世主職と殺し合う理由がないのだ。巨大化される前から手に負えない強敵だったのに、もうどうしろと。
「まいった。サレンダーだ。投降するから落ち着こう!」
「では、降伏の証に一発叩き斬らせなさい。それで手打ちにしてあげましょう」
「そんな野蛮な投降があるかッ」
「私の国の掟を馬鹿にしましたわねッ、ブッコロしますわよ!」
暴れん坊のカエル救世主は話を聞いてくれない。
タワーというべき大剣で薙ぎ払われて地層を数枚失う大地。神話のごとき戦いが俺の意志とは無関係に始まってしまい嫌になる。
俺一人ではもう抑えきれそうにない。だからといってクゥを頼るのはレベル強者として恥ずかしい。というか、クゥは遠くに逃げながらも自主的に参戦して如意棒で巨大カエルの頬をペチペチ突いている――その感触にさえ気付かれていないのか無視されている状況だった。
「もう一度、『吊橋効果(極)』発動!」
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▼スノーフィールド・ラグナロッタ
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“ステータス詳細
●力:6890 → 6201
●守:563 → 507
●速:252 → 227
●魔:413/513 → 331/411
●運:125 → 101”
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「どうしまして! 先程までより効果が薄いですわよ」
「体格差があるからか? 効き目が下がった」
魅了の効果度合いにも変化があるらしい。
雰囲気ある夜景を見ながらの誘惑と、納豆を食べながら愛を囁くのとはまったく違うという訳だ。小人が巨人を誘惑するのは難しい。
魅了できないとなると俺にもう通常手段は残されていない。後は追い詰められるだけだ。
ただ力任せに空振りして周囲を破壊している。そう思われていたカエル救世主の攻撃であったが、よく見ると逃げ道はすべて足場の悪い岩石地帯と化していた。脳筋かと思えば意外と考えて戦っている。
「一発斬らせなさいな。すべてはそれから考えますから」
「いや、やっぱり脳筋か」
大剣が落ちてくる様子を眺めていると、走馬灯のように時間の流れが遅く感じられた。
「先っちょだけですわ。峰打ちにもしてあげますから」
「それのどこに温情の要素があるんだ!」
だからなのだろう。
……横合いから飛んできた三叉槍が大剣の腹に命中し、剣の軌道が逸れていく様子がはっきりと見えた。
三叉槍の後方では炎の尾が走っていた。炎で加速させて威力を高める工夫だ。
槍が飛んできた方向へと、俺もカエル救世主も急ぎ振り向く。
「――遊んでいて楽しそうだな。俺も混ぜろ」
豚面の巨漢が、背中から炎を噴出させながらニヤりと笑っていやがる。




