5-5 カエルの妖怪?
カエルだ。カエルが大剣を片手に青筋を立てている。カエルにも血管があったのか、などと両生類を虫と同列に扱っていた江戸時代人みたいな感想を思いつつ、クリっと大きな目と見つめ合う。
人間にしてはAPPが低過ぎた。というか、どう見てもカエルなので人間ではない。妖怪だろう。
「この顔を、屈辱の証を見た者は誰であろうと許しませんわよ!!」
恥ずかしがり屋さんの妖怪なのかな。顔を見ただけだというのに先程よりも攻撃的になってしまっている。
照り付き始めた太陽の光に弱そうなアマガエル色の肌をしたカエル妖怪が動く。俺へと大剣を振り下ろしてきた。
『速』437でも反応が遅れる剣速だ。ワンパターンとなってしまっても『暗影』スキルで回避するしかない。
「もう油断しませんわッ。『第六感』!」
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“『第六感』、勝利を目指す者の野性味あふれるスキル。
理由要らずに感覚的に最善の行動が可能となるスキル。特にスキル所持者がダメージを負う場合にはオートで発動し、体を動かしてくれる。いちおう、スキルの判断を拒否する事も可能ではある。
未来予知に近い行動を採択可能であり、敵対相手の戦術、戦略的な行動も良く分からないけどたぶんこうだろう、というのほほんとした認識で挫く事が可能である”
“実績達成条件。
勇者《勇ましき者》職をSランクまで極める”
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『暗影』で距離を取って仕切り直す。そのつもりだったというのに、カエル妖怪は俺の跳躍先が分かっていたかのごとく走っていた。大剣の軌道とは思えない無理やりな振り上げで、俺の体を真っ二つにするつもりだ。
ブリッジする勢いで背を逸らして回避した後、透かさず『暗澹』スキルを発動させた。
「『暗澹』発動ッ」
「妖怪の癖にスキルばかり使って生意気ですわ!」
カエルにピット器官はない。暗澹空間を転がって逃げ切った。それでどうにか一息つく。
純粋に強いぞ、このカエル妖怪。真正面から戦って勝てる相手ではない、と剣が過ぎ去った後に吹く暴風で感じ取る。妖怪にもパラメーターお化けがいたとは、まったく、たかがレベル100など凡庸で頼りないものだな。
「近くにいますわね。そんな気がしますもの。でしたら『剣装備(呪い)(極)』強制使用、五十本呼びつけ!」
スキルも優秀な物を揃えているようだ。虚空から大小様々な剣を呼び寄せて雨のように降らせている。
下手に迎撃せずカエル妖怪から離れて剣の落下範囲から逃れる。
カエル妖怪との距離が五メートル以上となって意味のなくなった『暗澹』を解除した。
「視界が戻れば、そこですわっ。やァッ!」
「ええいッ、格上上等だ。こういう戦いの方が慣れている!」
暗澹空間がなくなった途端に斬り込んでくるカエル妖怪。
『暗影』を使ってもすぐに追ってくる相手なので、逃げずに果敢に挑むしかない。
ほぼすべてが大振りだというのにコマのように回転して斬撃を繰り返してくる。地面に向かって振り落とされた際にはチャンスと思ったのに、ケーキに入刀するみたいに軽々と地層が切れて大剣が止まる事はなかった。
体術のみで避け続けるなんて芸当、俺にはできない。そういう正攻法は知らない。
だからといってエルフナイフで受け止めたとしても、ナイフごと叩き斬られてしまう。
回避も防御もできない状況となれば……攻撃しかあるまい。
「貰いましてよ!」
カエル妖怪の手数に対して回避が間に合わず追い込まれてしまった。そんな状況に相応しく、思わず手を前に出した。
その手より、『暗器』スキルで格納しておいた剣を解放する。
「『暗器』解放ッ! お前の剣だ、返してやろう!」
「なっ?!」
『暗澹』を解除する前に一本ちょろまかしていた剣を出現させた。体を突くように異空間より伸びてくる剣先に対して、反射的に大剣は防御へと動く。
「まさか、私と同じく装備呪い系のスキルがありまして?!」
「いや、『暗器』だが」
「妖術と宝貝頼りの妖怪が、スキルを使わないでくださいませんっ」
「だから、俺は妖怪ではないと。そんな水陸両用な顔をして、妖怪はそっちだろうに」
「キィィ、顔の事を言いましたわね。ブッコロですわッ」
一方的に攻撃されている状態から巻き返した。このまま畳みかけよう。
俺にカエルの性別鑑定スキルは存在しないが、声質だけで判別するならどうもこのカエル妖怪は女のようだ。女であるのなら対異性スキルを発動できる。
「『吊橋効果(極)』スキル発動!」
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“『吊橋効果(極)』、ドキドキする胸のときめきに恋も危機もないというスキル。
元々は死亡率の高い戦闘下で、共に戦う異性の好感度を上昇させるパッシブスキルであった。スキルが極まった今では、魔王の魅了の呪いに等しいアクティブスキルへと変貌している”
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「なっ、ななっ、全スキル停止!? 全パラメーター四割減ですってッ。『強靭なる肉体』のレジストが追い付かないなんて、どんな極悪スキルを! アナタ、親戚に世界狼とかいまして」
剣が届く至近距離からの発動により間違いなく魅了がかかった。馬鹿高いカエル妖怪のパラメーターが激減し、剣の振りが明らかに遅くなる。魔王級の魅了にカエル妖怪が驚き、数値以上の隙を生み出す。
大剣の広い刃を横から全力で叩いてカエル妖怪の手から落とした。少しでも手が離れたのならこっちの物と、『暗器』格納で奪い取ってしまう。
「私の剣を?! でも、甘いですわ。『剣装備(呪い)(極)』よ、仕事なさい!」
うまく武器は奪えたもののカエル妖怪は諦めていない。剣の在庫はいくらでもあるのだろう。空いた手の傍へと剣――ナイフよりは長い程度の小さな剣――を出現させて装備しようとしている。
……横から伸びてきた棒にグリップを跳ね飛ばされなければ、カエル妖怪は装備できたはずだった。
伸びた棒を辿ると、離れた場所に立っていたのはクゥである。如意棒を手にした彼女はまさかの好プレーに本人も驚いていた。
「うまくいくなんて?!」
「クゥが戦闘のアシストをできるようになるなんて、感激で惚れるぞ!」
「うん、諦めて」
クゥに冗談を言える程には決着が付いていた。
「『暗器』解放! お前の負けだ」
奪った大剣を霞の構えで持ちながら――実際は取り出した大剣が重く、片手で支えられず慌てて両手で握った姿――カエル妖怪の首だろうと思われる所に押し当てている。
常軌を逸している『力』を持っている事から想像できたが、カエル妖怪は『守』も相当に高い。大剣の先を多少以上に強く押し当ててしまったというのに一切、剣先が食い込まない。追い込んだ側であるはずの俺がビビっていた。
「この私が、妖怪に負けた?」
「そうだ一本だ。一本取ったら、攻撃が通らなくても俺が勝ちだ。俺の勝ちを認めて、ついでに俺が人間だとも認識するんだ」
文字通りの最後通告を行った。まだ抵抗するのであればこのまま『暗殺』する以外に止める手段がない。妖怪にしては行動も妙な奴なので生け捕りにしたいところではあるのだが。
チェックメイト寸前で寸止めしている事実を受け止めて欲しい。化物染みた『力』の代償で、脳の容量が筋肉に抑えつけられていないと安心したい。
カエル妖怪の答えは、はたして――。
「――私とした事が、久々の実戦で鈍っていたようです。本気を出しましょう。『コントロールZ』、十秒前の過去へ」
「私の剣を?! でも、甘――キャッチですわッ!!」
カエル妖怪は『吊橋効果(極)』に翻弄されていたはずだった。事実、驚きのあまり声を上げていたのだ。
だというのに、すぅっと表情を冷やしたのだ。黄昏世界の住民に見られる突発的な冷静化なのだろうか。分からない。
カエル妖怪の代わりに俺が驚く。俺も気付いていなかった横からの如意棒の突きを掴み取ったのだ。恐るべきカンの良さ。『吊橋効果(極)』をかけた状態でなお、隙がないというのか。
伸びた状態の如意棒を振られて横腹を打たれた――クゥも一緒に振られて飛んだ。
「もう怒髪天っ、アナタ様が妖怪かどうかなんて二の次ですわ。『強い者いじめ』も発動しない相手に舐められたままでいられません。とりあえず、私が勝ってから考える事にしましたわよ!」




