5-4 大剣の剣士
妖怪の襲撃に注意しながら街への偵察を考えている数日の間に、状況が動いた。
予期せぬ方向へだ。他の壁村の村人達が粗末な武器を手に集まったのである。
「どういう事ですかっ、ギョクスさん!」
首謀者は集団を先導していたのですぐに判明した。僧職のギョクスに問いただす。
「他の村々へと救世主職の再来を伝えたのです。徒人は今度こそ救われる、とね」
「反乱を先導したと!」
「どこの壁村も状況は同じでした。一致団結して苦難を乗り切ろうと皆、張り切っております」
自分達は生粋の貧窮した村民です、と肉体が自己主張している人間が門の前に二百人近く集まっていた。戦えない者達を除いた戦闘意欲ある者だけが集まっていると考えれば、一つや二つの村から来たとは思えない。周辺の壁村すべてから集まっている可能性がある。
かなりマズい状況だ。
本人達はやる気のようだが戦力としては貧弱が過ぎる。いや、家畜として扱われていた者達が自衛に目覚めただけなら賛同できたはずだ。けれども、どうして一つの村へと集まった。
「戦力は集まりました。徒人は今こそ救われる。さあ、街を目指しましょう!」
妖怪の街を攻め落とすつもりらしい。あまりにも無謀だ。パラメーターでそもそも劣っている人間が、二百人足らずで千体の妖怪が住む街を攻める。どう考えても無理がある。
「あまりに無茶だ!」
「では、徒人は妖怪に喰われ続けろというので?」
「そうとも言っていません! ただ、あまりにも短絡的で極端です! まとまって行動しても一気に潰されるだけ。もう少し慎重にゲリラ戦でも」
「そんな悠長な事はできません。我々は決起したのです」
村人達がやる気になっているのはすべて、ギョクスの手引きによるものだった。姿が見えないと思えば、村を回って協力を募っていたのか。行動が早過ぎる。俺が壁村にやってくる以前より反乱を企てていたのだろう。
俺目線ではかなりの戦力不足であるが、普段これ程に数が集まらない村人達はテンションが上がっており、根拠なく妖怪と戦えると戦意向上させてしまっていた。
各々、声と腕を上げながら進軍を開始する村人達。
「どうすれば止められると思う、クゥ」
「な、殴って止める?」
「野蛮だが分かり易いな!」
このまま向かわせても虐殺待ったなしだ。それなら多少怪我させても止める方がまだマシだろう。まあ、これだけの人間が集まった時点でもう遅いとは思うが。妖怪にバレていないと楽観できる数ではない。
とりあえず、その場しのぎのために村人達の先頭へと向かう。全員をクゥの指示で「私の指示!?」で殴らなくても、前方さえ止める事ができれば進軍は続かない。
クゥも走っているが俺の『速』に追いつけない。俺だけ先行して急ぐ。
もう少しで到着というところで――、
「――架空の救世主職を作り上げて、ワザと失敗する反乱を起こす。妖怪の考えそうな事ですわ」
――俺が到着するよりも前に、何故か先頭集団は足を止めていた。
砂塵の向こう側に、何者かが立っていた。風になびく外套の丈は長く、フードで顔もしっかり隠した人物が、道を塞いでいる。
「その企み、叩き斬ってしまいましょう。『剣装備(呪い)(極)』出番ですわよ」
謎の人物は手を掲げると、不意に出現した二メートル強の両刃の大剣を握り締めた。『暗器』スキルで武器を取り出すかのような出現の仕方である。
明らかな重武装を片手で肩に背負うように構えると、多少の溜めを挟んでから、大きく振り下ろす。
「スノーフィールド流対巨人剣術、大切断!」
大剣の動きは音速を超えていた。爆音を伴う衝撃波がその証拠である。俺はどうにか目で捉えたものの、村人達には早過ぎて何も見えなかっただろう。
異常な剣速。いや、真に異常なのは破壊範囲か。大きな剣ではあるが、明らかに刀身以上の範囲の地形が抉られてしまっている。
道を横一文字に破壊した斬撃は長さ一キロにも達している。深さは最大五メートルの傷跡だ。たった一人が作り上げられるものではない。
「徒人の皆様。ここから先へは行かせませんわ。家にお帰りなさい」
垂直に大剣を突き刺して、どっしりと進路を妨害する謎の人物。そんなに威圧しなくても、もう村人達は異常な事態にへっぴり腰だ。根拠のない戦意はたった一撃で両断されてしまっている。
妖怪にしては奇妙な行動である。剣を横ではなく縦に振れば全滅できたはずだ。
ただ、妖怪以外に地形破壊が可能なのかという疑問もある。正直に言ってパラメーターは俺よりも遥かに上だ。『力』は大きく突き放されてしまっているだろう。つまり、人間の域ではない。
「パワーの化物だな。……妖怪か?」
「む、怪しい仮面の徒人がいますわね。……妖怪?」
フードで顔は隠していて顔は分からない。ただ、大剣を自由に振り回せるくらいの恵まれた体形をしているのは分かる。
正体不明であれば混世魔王かとも思ったが、悪霊の気配は一切感じない。何だろう、この大剣の人物。
波が退くように村人が下がっていき、自然に取り残される俺。結果、正体不明の大剣の人物と二人、探るように見合いを続ける。
ものすごく怪しい人物であるものの、俺から仕掛けるつもりはない。戦いたい相手ではない。
けれども、向こうはどうだろうか。
「徒人を先導していたのはアナタですわね、妖怪!」
「誤解だっ。勝手に村人達が盛り上がっていただけ。むしろ、そっちこそ妖怪ではないのか」
「その仮面から漂う不気味な気配を隠せていませんわよっ。あまり目立つ気はありませんでしたが、妖怪一匹、叩き斬るくらいなら大丈夫でしょう」
やる気を見せた謎の人物が地面に刺していた大剣を抜いて構えた。体幹が優れているというレベルの話ではない。重心の遠い大剣を軽々と扱っている。
どうやら俺を妖怪だと誤解しているらしい。冷静に話し合おうと提案する……前に大剣が目の前に迫った。恐るべき瞬発力で、刃と首筋までの距離がもう拳一つ分も残されていない。
「ぬおッ、『暗影』発動!?」
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“『暗影』、やったか、を実現可能なアサシン職のスキル。
体の表面に影を纏い、攻撃に対する身代わりとして使用可能。本人は、半径七メートルの任意の場所に空間転移できる。
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回避用スキルを回避用として正しく運用し、大剣を避ける。
残った影を斬って騙されている奴の背中へと跳んで、フードを引っ張ってやる。
「フードを取ってよく俺の顔を見てみろ。いちおう人間だぞ……え?」
「ッ?! な、なァッ!!」
フードの下から現れた人物の顔は緑色。
ゴムのような質感の肌にクリっと大きな目を持った両生類。
決して人間ではない顔が露になる。ありていに言ってカエルだ。カエルに似た顔という次元ではなく、まごうことなきカエル顔だ。
「俺の事を妖怪だと誤解して斬りつけてきた癖に、やっぱりお前が妖怪か!」
「み、見た。見ましたわねッ。乙女の素顔を無粋にも。絶対に許さないですわ!!」




