5-2 歯向かう壁村
今日も今日とて西を目指して荒野を歩む。各地に点在する壁村で水や食料を確保できているので、過酷な割には飢える事なく旅を続けていられる。
ただし、壁村も余裕がある訳ではなかった。立ち寄ったすべての村で食料が手に入る訳ではない。井戸で水を生成する代わりに貰える食料も多い訳ではない。
よって、道中は食べられる植物を探したり、妖魔の巣にちょっかいを出したりして飢えをしのいでいる。
「今日はなかなかの成果だぞ。頭が二つもある大蛇だ。二人で分けて食べられるぞ」
「蛇なんて食べるの。ちょっと嫌だなぁ……」
「昨日、人間大のサンドワームを平気な顔で食べていた女が何言ってんだ」
ちょっと凶暴な野生生物みたいな感じに狩っているが、妖魔のパラメーターはその辺りの雑鬼に勝るくらいに高いので普通の村人が狩って食料にするのは無理だろう。クゥも遠くから見ているだけの事が多い。
「だって、蛇って長くてクネクネ動くし」
「ミミズはどうして食えるんだ?」
「だって、ミミズって長くてクネクネ動いて活きがいいし」
そんなクゥも何故か一部の地下生物は積極的に討伐、調理している。
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▼クゥ
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“●レベル:29”
“ステータス詳細
●力:5 ●守:5 ●速:4
●魔:29/29
●運:0
●陽:36”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●実績達成ボーナススキル『耐日射(小)』
●実績達成ボーナススキル『調理(環形動物門貧毛綱限定)』(New)”
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旅でクゥも随分と強くなった。こう、数値的なものからは遠く目を離して彼女を労った。
実際、旅慣れてきたのか一日の移動距離は伸びてきている。これなら、思っていたよりも早く街に到着できるかもしれない。
「……んんー? 御影君、あっちに煙が見える?」
進行方向を眺めていたクゥが気付いた。相変わらず視力に優れている。
クゥの言う方向を見ると、ゆっくりと黒い煙が立ち上っていた。今は夕刻なので、昼の間に蓄積された太陽の熱で枯れ木が自然発火でもしたのだろうか。
移動速度を速めて煙の発生源へと近づく。と、壁村らしきものが見えてくる。
いつもの通りの壁村、と言いたかったが……簡易ながらに杭と板で壁を強化しており、外にいる妖怪と絶賛、交戦中だった。
「ホント、壁村も色々だな」
「言っていないで、助けにいかなくちゃ」
「分かっている!」
妖怪側の数は四体程度と少ないものの、壁村側が劣勢なのは間違いない。村の外に出て戦っていたと思しき村人十数人はもうほとんど生き残っていなかった。村の中で煙が立ち昇っている事から、既に陥落寸前なのだろう。
壁に体を押し付けられて妖怪にトドメを刺されかけている男がいたので、優先して助けに入る。
アサシン職の身軽さで走り寄り、妖怪の脇腹を蹴ってどかせた。
驚いている村人の男性を背中で守りながらナイフを『暗器』で取り出す。
「てめぇッ」
「お前もこの壁村の徒人か! 妖怪に歯向かった見せしめに殺してしまえ」
武器を構えて左右から同時に襲い掛かって来る妖怪二体を、さくっと首の動脈を斬って無力化する。
更に別方向からも妖怪が一体、迫っていたが――、
「――“伸びて”、如意棒!」
――練習の成果を見せたクゥの如意棒が伸びてきた。横腹を突かれた勢いそのままに、壁村の壁との間に挟まって妖怪は身動きが取れなくなる。
「ナイス、クゥ」
「うん、うまくいった!」
動けない妖怪の心臓を突いてスリーダウン。
俺が最初に蹴った妖怪も頭を振って立ち上がろうとしていたところを遠慮なく狙い、掃討を終える。
「壁村の中に一体侵入されている! 頼む、助けてくれッ」
助けた男性が自分の手当など後回しでいいから、と懇願してきた。が、男性も片腕を斬られており十分に重傷である。
男性をクゥに任せて、俺は壊された門から村へと侵入する。
中も予想していたが既に犠牲となった女子供が倒れており、今、この瞬間にも新たに一人、犠牲が生じようとしていた。
「黙って首途されていれば良かったものを。それを馬鹿な徒人共め。撫で斬りだ。覚悟するんだな!」
逃げ遅れた子供を守るために両腕を広げている村娘。彼女に向かって妖怪の矛が突き出される。彼女も子供と一緒に貫かれて絶命するのだろう。
「『暗影』発動!」
影を纏って距離を跳び越えた俺が妖怪と村娘の間に割り込んだ結果、運命は変化したが。矛を受け止めたナイフは一ミリも微動しなかった。
突然、現れた俺に妖怪も村娘も驚き顔となって停止している。
もちろん、そんな隙だらけな反応は逃さない。妖怪の頸動脈が新鮮な噴水となり、脳への酸素供給を失った体はゆっくりと倒れていく。
他にはもう妖怪の気配はなかった。妖怪の血を払ってから『暗器』スキルでエルフナイフを収納し直す。
「あ、貴方はどちら様でっ」
助けた村娘は、まだ子供を庇いながら俺に訊ねてきた。
「たまたまこの壁村の近くを通りかかった旅の者だ。……もう少し早く村を見つけていれば、犠牲を出さずに済んだのにな」
仮面の後ろから聞こえる水音に、声が苛立たないように気を付けつつ答える。
「いえっ、助けていただき、どうお礼を申し上げればいいでしょうか」
村娘は俺の仮面を見ながらも、頭を下げて命を救った俺へと感謝を示した。
……普通のやり取り、というには状況が血生臭いが、こういう状況下なら普通と思われるやり取りだった。
妖怪から村娘を助けた事が以前にもあった気がするのに、あの時は村人達から石を投げられたような。感謝を欲している訳ではない。とはいえ、普通の反応にじんわりと心が震えていく。
片腕の男性を連れたクゥが話しかけてくるまで、棒立ちになっていた。
「呆けちゃって。どうしたの、御影君?」
「ちょっとクゥの時には覚えなかった感動に震えていた。これが普通の村娘なんだぞ、クゥ」
「とてつもなく失礼な!」
真村娘はクゥが連れてきた男性を見て「お父さん!」と声を上げながら駆け寄った。斬られた腕を見た側が卒倒しかけている。
男性もそうだが、他にも手当を必要とする者は多い。ただ、壁村にまともな薬は常備されていない。医術を知る人物も当然いないだろう。俺も知識がある訳ではないので、綺麗な布で傷口を縛るくらいしか思い付かず、手立てがなかった。
「――けが人をこちらに。急いで!」
剃髪に袈裟という僧そのものな人物が壁村の中央にある建物から俺達を呼んでいた。
言われるがままに男性や倒れた村人を運び入れる。




