4-13 無知でいる不安
「どうしてこの私が、どうしてだ!」
黄風怪はしぶとく生き延びていた。黒八卦炉から溢れた炎からも逃れていたらしい。
「灼熱宮殿で州官共が焼死して、これから時代が動くという時にっ! なんてザマを私は!」
都に住む妖怪がワザワザ地方にやってきた理由は、州官長のいなくなった州を奪い、実力を示し、より上位の妖怪となる野望を叶えるためであった。手勢として在野妖怪を従えて、幸運にも手付かずの黒八卦炉まで発見できたのだ。
天命だと感じていた。
御母様は自分に期待しているのだと信じていた。
これから自分の時代が始まるという時に……黄風怪は御影と遭遇した。結果、黄風怪は敗走している。その程度の器だったのだろう。
ただ、黄風怪はまだ倒れていない。都へと逃げ帰って再起を図るつもりらしい。
「おのれ、おのれェッ! 次こそは救世主職の肉を喰らってやる」
全身の皮膚を失って痛みは激しい。が、その痛みをバネに黄風怪は走っていた。
……炎を背負った巨漢が、進路を塞ぐように仁王立ちしていなければ、逃走に成功していただろう。
「どけェッ、雑鬼が!」
黄風怪は威嚇した。妖気を噴出させて格の違いを見せつける。
しかし、豚面の巨漢は鼻息一つで黄風怪の妖気を霧散させてしまった。そのまま担いでいた三叉の槍を構える。
実力の差により『弱い者いじめ』スキルが発動する。
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“『弱い者いじめ』、弱者に対して強くなるスキル。
本スキル所持者のレベルが対象よりも大きい時、『力』が一割増す”
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豚面の混世魔王の実力があれば、『弱い者いじめ』スキルなどなくとも黄風怪ごとき一撃だっただろうが。たとえ、黄風怪が御影との戦闘で疲弊していない状態であったとしても完勝できたに違いない。
三叉槍が黄風怪の長い体を貫く。そのまま力任せに上空に掲げられる。
「ギャアアァァ!」
「…………この程度の慢心した妖怪に手間取るとは、情けない救世主職だな」
黄風怪の血を浴びた豚面の混世魔王は、口に入る血に酒精を飲んだかのように頬を緩めるが、何故か吐き捨てる。
幻から現実に戻った時、空はいつものように赤かった。この世の出来事ではなかったのだろう。
黒八卦炉も最初からいなかったかのように消えていた。矢が悪霊を現世に繋ぎ止めていたという事なのだろうか。
不思議な出来事であった。が、不思議な事はまだ続いている。
俺の手には黒く炭化した矢が握られており、クゥの手には野球ボール大の真っ黒い球体が握られているのだ。俺の矢は黒八卦炉に刺さっていた物だろう。
「クゥのそれは、何だろうな」
「分からない。分からないのに、何だろう。とっても悲しい気分になる」
クゥは珍しく弱々しい声で答えた。妖怪に怯えたり怖がったりする普通の人間ではあるのだが、それでも飄々とした彼女にしては珍しい。生の感情を他人に見せたがらない彼女が普通に感情を見せたのは、虎人にトドメを刺した時くらいだろう。
我が子のごとく、両手で優しく黒い球体を包むクゥ。
「子って、私は未婚なのよね」
「あっという間に調子を取り戻すなよ。どう接していいか悩む」
「御影君に心配される程、お姉さんは弱っていません。ただ……その手に持っている矢は見えないところに捨ててくれないかな。ちょっと、矢とか弓とかにトラウマがあって嫌なんだ」
クゥは俺の手に視線を一切向ける事なく懇願してきた。
矢は炭となっており、擦れば黒い粉が付着する。
使い物になりそうにないものの、黒八卦炉に刺さっていた矢だ。確実に重要物だろうが、まあ、クゥが嫌がっているのであればいいや、とポイッと捨てた。キーアイテムよりも旅の仲間の心情である。
「御影君、ありがとう」
「どういたしまして」
御母様。
混世魔王。
都の妖怪、黄風怪。
黒八卦炉。
黄昏世界の事を知らないまま動くのはマズい。あまりにも知らない事が多過ぎる。出来事は解決したように見えるが、全体像が分かっていないため解決したのかさえ分からない。
天竺をまっすぐに目指せばよいという楽観を、そろそろ改める必要がありそうだ。
分からないと言えば、ついでに分からない事がもう一つ起きる。
とりあえず壁村に戻ろうと歩く俺達の進路上に、瀕死の黄風怪が倒れていたのである。
「た、ぁ、たす、ぁ、け、ぁ、て……」
胸の傷から血を流しており息も絶え絶えだ。苦しませるようにあえて致命傷を避けたような傷の付け方である。ギリギリ死なないように調整してあり、いい仕事をする。
おおかた従えていた妖怪に裏切られて襲撃でも受けたのだろう。
助けて、と必死に頼んでいるものの、壁村襲撃の首謀者を助ける義理はない。
「たす…………けてとでも言うと思ったかッ! キエエエッ。最後に、そこの女だけでも道連れにしてやる」
「まあ、そんなこったろうと思った。クゥ、離れていてくれ。俺がトドメを刺す――」
俺達が心を痛めずに済むように、とは一切考えていないだろうが。黄風怪は最後の力を振り絞ってクゥへと襲い掛かろうとした。
冷静に俺は『暗器』スキルでエルフナイフを取り出す。
「――“伸びて”、せいっ!」
……俺がエルフナイフを取り出している間に、クゥが如意棒――たぶん――を構えて先端部を延長。クゥに覆いかぶさろうとしていた黄風怪の喉を突く。
如意棒に押された黄風怪は奇岩に衝突した。
「見て、御影君。この棒の使い方がだいぶ分かってきた感じ」
「クゥ、本当に逞しくなったよな」
「いつまでも足手まといのままでいられませんから。御影君も案外、頼りないし」
喉を押さえつけられて窒息状態となっていたが、やはり体力は残っていなかったのだろう。黄風怪はほとんど暴れる事なく息絶える。
討伐完了したものの経験値は取得できない。そんな世界なのだ、ともう諦めよう。
「……うん、経験値取得でレベルアップした。これで私も自衛くらいできるかも」
「はっ?」
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“レベルアップ詳細
●得度した貂鼠を一体討伐しました。経験値を一二九三入手し、レベルが1あがりました
レベルが1あがりました
レベルが1あがりました――”
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▼クゥ
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“●レベル:24 → 29”
“ステータス詳細
●力:4 → 5
●守:4 → 5
●速:4
●魔:19/24 → 19/29
●運:0
●陽:31 → 36”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●実績達成ボーナススキル『耐日射(小)』”
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ストックがついにエンプティです。
今後は週末投稿に切り替わります。




