4-6 天竺の噂
壁村を出た俺達が次に目指したのは、懲りずに壁村である。
勢いで跳び出した所為で補給ができていないのだ。人間、食事をしなくても十日は持つというが、水が不足すれば三日とリミットは縮まる。猛暑の気候ではよりシビアだ。
「ジャンケンっ」
「ぽん! やった。勝った」
「何故だ!?」
次の方角を決めるジャンケン勝負はクゥが勝った。村娘め、『運』130の俺を相手に連勝するとはやるではないか。
「クゥの『運』は?」
「0だけど」
「確率がおかしい」
クゥが選んだ南側からは何も感じない。むしろ、俺が選んでいた西側の長い岩だらけの奇岩地帯の方が良さそうな気配がするのだが、敗者は勝者に従おう。
もう太陽が昇り始めている。時間的に、朝の内に次の村を発見するのは難しい。
「あっ、あった」
「マジか……」
この娘っ子。戦闘に不向きなだけで妙に役立つんだよな。
経験は身を助ける。と、同時に不信感も植え付ける。壁村は見た目通り閉鎖的なので、新たな村も気色悪い思想が流行っているかもしれない。
少しでも異常があれば去る決意をして、ゆっくりと村へと近づく。
「あんなゲテ村、そうそうないって」
クゥはそういうが、俺の知っている村の三割はそのゲテ村なのですが。
深呼吸してから村の門の扉を叩く。「たのもー」と呼び掛けると、少し間を置いてから第一村人が顔を出す。
「行商って面じゃねえな」
「旅人です。天竺を目指して旅をしています」
「旅ぃ?」
この世界の村人は旅という概念を知らない。そこから説明しなければならない面倒がある。えーと、生まれ故郷を離れて温泉や〇ィズニーに行く事って言えば分かってくれるかな。
「旅って、俺のじいさんの頃にはあったらしいが。今時、珍しい徒人だな、おい」
お、このヒゲが立派な村人、博学だぞ。
「天竺巡り、本当にあったんだな」
「天竺まで、知っている!? できれば話を聞かせてくれませんか!」
「いいぜ。さあ、最近は壁村のボウズ共も飽きて聞きたがらない昔話でいいなら、話してやるさ」
ゲテ村どころか、曖昧だった天竺の情報を知っている村人がいるレア村だった。幸運と不運の釣り合いはゼロへと収束するというのか。
ヒゲの村人の名前はヨージン。
父の代までは行商をしていた家系のため、定住を続ける村人よりは情報通というのがヨージンの自己申告だ。
「徒人税が免除される行商だったのに残念だなって言われる事もあるが、親父曰く行商もそう楽じゃないらしくな。まともな州官長が治める土地の村なら、行商よりも村人の方が長生きできるって話を聞かされていた」
壁村に住む村人と、壁村を巡る行商とでは役割が違う。徒人税が免除されている事から、徒人としての地位は多少上なのだと推測できる。
ソース元はなかなか信頼がおけそうだ。気前良く喋ってもらうために、村の中央にある簡易宝貝で作り出した――クゥが。戦闘員の『魔』は消費できない――水を驕る。
「どうぞ、粗水です」
「御影君、その粗水は私の作った水だけど?」
「おお、ありがてぇ。それで、聞きたい話は天竺についてだったか。俺もじいさんからの又聞きだから、実際に見たって訳じゃない。ただ、昔は西の方角に天まで届くとてつもなく高く細い塔が見えたって話だ」
ヨージンが示した方角は太陽が沈む方角だ。黄昏世界の太陽も西に沈むらしい。
「天竺は塔が正体だったと。今は見えませんが、倒れたのですか?」
「さあな。まあ、御母様の不評を買ったのは間違いない」
……御母様ね。
誰を示す単語なのかは分からないが、今は聞き流しておく。この世界の常識なのかもしれない。後からクゥにでも聞いておこう。
「天竺は徒人が唯一助かる救済の土。熱病に犯された世界が燃え出すまでに辿り着いたならば、世界を抜け出せる。そういう謳い文句で徒人を集めていたらしい。壁村を捨てて今のお前さん方のように旅に出た者も多かったと聞く」
かれこれ、五十年は昔の話のようだ。実際に人々が目指していたとなれば信憑性は強まるものの、半世紀前の出来事というのは厳しい。
天竺が高い塔、建造物ならば、既にかなり老朽化していそうである。噂話が真実だったとしても、今も世界を抜け出す手段が残っているかは怪しい。行っても無駄足になるかもしれない。
ただ、はぐれた黒曜も同じ場所を目指しているはずなので、天竺を目指す旅自体は継続である。
「お話ありがとうございます」
「いや、俺も久しぶりに話せて良かった」
それにしても、壁村ごとに情報の有無の差が激しい。いや、たった百人程度の人口に制限されて、一定間隔で徒人税として人が徴収されているのだ。ヨージンのような物知りが少ないのは仕方がない。
「そうだ。天竺と言えば、月のカエルが召喚した十二救世主の話は知ってい――」
――ヨージンはまだ何かを知っていそうだったが、彼の話は強制的に中断された。
四方の壁の一辺より崩壊音が響いたためである。壁の近くにいた俺達は何が起きたのかすぐに理解する。
「キヒヒッ!! この壁村は当たりか? 別動隊の奴等が発見した村みたいに、年寄りばかりじゃねえといいな!」
妖怪の襲撃だ。
穴の向こう側では、不揃いながらに武装した妖怪共の下卑た顔が並んでいる。
「在野妖怪の襲撃だ!!」
「ひぃい、お助けェ!!」
「地方官様や州兵様は何をしているんだ。壁村がやられちまう」
「お上の奴等はこねえよ。とっくの昔に灼熱宮殿で燃えカスになっちまったらしいからな! ヒヒッ」
穴から侵入してきたヤギ顔の妖怪が、逃げ遅れた村人へと矛を突き出す。
「御影君! お願い、皆を助けてあげて」
「分かっている。クゥは他の村人と一緒に反対方向に逃げていろっ」
クゥに頼まれる前に、『暗器』解放でエルフナイフを取り出していた。突き出される矛の速度よりも速く走って、村人が突き刺される前に武器の柄を切り落とす。
ヤギ顔妖怪と目と目が遭う。草食などではない。人間の血肉を喰らう化物の目だ。
「仮面の徒人ッ、速ッ、がハ!?」
俺の『速』に驚くヤギ顔妖怪の心臓を一突きにする。鎧は着込んでいたものの右胸に穴があり、おそらく、前の持ち主も同じ個所から心臓を突かれて死んだのだろう。
一体倒している間に二体目が穴から村に入り込んでいた。冷静に剣を避けて首を掻っ切る。
「つ、強い!」
「徒人の癖に馬鹿な。仮面野郎が」
「仮面の徒人?? 待て、コイツがN666の奴等を全滅させた徒人か!」
壁村を襲える程度の実力と数しかない妖怪集団ごときが、レベル100の俺がいるとも知らずに襲撃を仕掛けたとは『運』が悪かったな。
「こんな時のために調教した踢を解き放て! 喰い殺させろ」
次の妖怪が入って来ないのなら、こちらから外に出ようか。そう考えていると、妖怪集団の後ろから獣の唸り声が聞こえてきた。
集団の合間を割って――邪魔になった妖怪を下敷きにしたが正しい――現れたのは猛獣だ。ライオンと同じ体格で、ライオンと同等かそれ以上の強面である。
なにせ、その獣には二つも顔がある。少なくともライオンの二倍は怖い。
「双頭の魔獣! まさか、オルトロスじゃないだろうな」
黒い毛並みの獣は獣らしく、馬鹿正直に真正面から俺へと襲い掛かって来る。噛み殺される恐怖さえ忘れてしまえば、カウンターは容易である。
そう思って待ち構えていると……あと一歩のところで前足を軸に、双頭の魔獣はあろうことか回転蹴りを繰り出してきたではないか。
脇腹を蹴られた。物理法則に従って横へと吹き飛ばされる。
高い『守』に守られて大したダメージは負っていないが、妖怪よりは面倒な相手だな。
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▼踢
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“●レベル:25”
“ステータス詳細
●力:55 守:30 速:40
●魔:24/24
●運:0”
●踢固有スキル『二重思考』
●踢固有スキル『足技』”
“職業詳細
●踢(Dランク)”
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“妖魔の一種。イヌのようであるが双頭であり、常に左右を警戒しており視界は広い。
足技に秀でる妖魔とも言われる。
美味しいかは不明”
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“『足技』、武術の一端、己の足を使った戦闘能力を向上するスキル。
足を使った技に磨きがかかる。成功率や成長率に上昇補正あり”
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「足癖の悪い獣め」
御影が妖魔、踢に蹴られた頃、壁村の反対方向には逃げた村人達が集まっていた。村人と一緒に逃げていたクゥも村人の波の中だ。
村の外に逃げようと考える村人は一人もいない。壁村の内部で生まれて生きる村人にその思考はない。現実問題、壁村が一番安全なのだから仕方がないものの、一か所に集まるのは愚策だった。
「おー、いるいる」
村人の行動を予想していた妖怪が、壁の上で満足気に頷いている。
村人が妖怪に気付くのと壁に穴が開くのは同時だった。トンネルを開き現れた妖怪共は次々と村人を捕まえていく。
「抵抗する奴以外は殺すなよ。アジトで待っている黄風怪様への土産にするんだからな」
「わーっているって。今朝方、自分達だけ楽しんで老人ばっかり連れ帰った馬鹿な部隊が、黒八卦炉に落とされたばかりだぞ」
なすすべなく村人達は捕まっていく。背中を見せて逃げようとした婦人が矢で殺されてしまってからは動く事さえできなくなってしまった。
「矢、矢で撃たれて……ッ」
クゥも矢に撃たれる瞬間を目撃してから体を激しく震わせて動けなくなってしまった。それゆえ、ここの村人ではないクゥも捕まってしまう。妖怪にとっては村人だろうと他人だろうと関係がない。




