黄昏を超えた先のエピローグ
エピローグのはじまり、はじまり。
本当に大変だった当時の事を、今では大切な宝物の詰まった箱の中を覗き込むかのごとく笑いながら思い出せる。
笑えない悲劇も、叫びたくなる苦痛も含まれているはずなのに、今となっては総じて思い出だ。ずっと前の事だというのに、そうはとても思えないくらいに鮮明で高画質に、はっきりと脳内で思い浮かべられる。
「……いや、お前が帰ってきてからまだ一週間だろ。記憶がピンボケするには早過ぎる」
「それだけ地球に帰ってきてからの手続きが大変だった。察してくれ」
黄昏世界の旅も十分に濃密だったが、地球に帰ってきてからも疲労感のある日々が待っていた。
一番ショックな出来事は、今年度の単位取得状況が壊滅的である事だ。必修科目も数多く落としてしまっており、このままでは四年生で留年してしまう。
「どうして俺の代わりに単位を取っておいてくれなかったんだ、優太郎」
「どうして俺が代わりに単位を取れると思っていた。お前の勉強はお前がしろ」
一縷の望みで赤色巨星の鎮静化が単位にならないか学生窓口で確認してみたものの、例外事項に存在しなかった。
落胆した俺は大学食堂で今後について優太郎と相談している――嫌がった優太郎をどうにかコーヒー一杯で引き留めた。俺も久しぶりのカップコーヒーを味わっている。
来年度に受講数を増やすしかないものの、時間割的に受講が不可能なものもある。ああ、せめて俺の体が後一つ存在すれば。
「――あった。『身外身』を使えば同時並列的に受講できる。なんだ、簡単じゃないか」
「この大学にドッペルゲンガーの七不思議が増えるからやめろ」
他の七不思議には、一人だけ誰なのか分からない大学在籍簿、消えるAED、未登録サークル“魔法使いOG”、などが存在する。大学から範囲を拡大して街になると桜の大樹、消えるガスタンク、無人になったコンビニ、続かない五巻目、などもあるが割愛。
「大学よりも大変な事ならあっただろうに」
「賃貸マンションは維持されていたんだが、冷蔵庫と炊飯器に新生態系が出来ていた」
「お前の同居人も十分に新生態系だと思うが。引っ越しは終わったのか?」
「家も決まっていないのに終わるはずがない。とりあえずホテルの最上階暮らしで凌いでいる」
「……お前に大学生を続ける意味はあるのか?」
「言うなっ。俺は立派な会社員になって平凡な人生を過ごすんだ」
男一人が住むには十分な賃貸だったのだが、森の種族が最低でも二人増えるとなると手狭である。また、ペットの飼育も不可だったのでドラゴンは飼えない。
「黒曜もアイサも森育ちだ。冷たい現代社会で一人暮らしはさせられないだろ?」
「……少なくとも片方は約一年のブランクのあるお前よりも高度に現代社会を使いこなしているが。緊箍児で封じられている間、暇でパソコンを自作していたぞ」
「で、二人と同居すると言ったら、絶対に黙っていない四人がいるだろ?」
「お前はどうして殺伐とした世界から生還したのに女難の相で死にそうな顔をしているんだ?」
地球に戻ってきて一歩目までは皆、俺の帰還を祝ってくれていたというのに、俺へ跳びつこうとする同じ姿の隣人を目撃して即座に牽制し始めた四属性を見た俺の心境を述べよ。
「日常が帰ってきたなー?」
「そんなマイホーム感、嫌だ……」
黄昏世界でも助っ人で駆けつけてくれた皆にお礼しつつ、新居も探す。それだけでも一週間はあっという間に過ぎ去っていく。
「御影―。留年して私と一緒に卒業するって本当―? 講義が終わったら詳しくね」
「兄さんと同じ学科だから、来年から同じ教室」
「……秋、私も単位ヤバいです」
「教授の所に一緒に行こうか、来夏」
見慣れた四人組が同じ大学の食堂を横切っている状況に強い違和感を覚える。どちらかというと私服の四人にも違和感を覚えているのか。皐月が赤くないだと。
今年度の最後の講義へと出向く後輩達を見送りつつ、冷えてしまったカップコーヒーを傾けて口に含む。
「あっ、凶鳥。大学に来ていたんだ」
「どうでもいいが、ぱぱの事を凶鳥というのはいい加減止めないか? 紛らわしい」
「僕にとっては凶鳥が凶鳥だよ」
盛大にコーヒーを吹いた所為で、真正面に座っていた優太郎がコーヒーも滴るいい男になった。
「な、なんでここに、アイサと黒曜の二人がっ」
「ダイガクって学び舎なんでしょう。凶鳥の世界を知るにはいいかなって」
「警備もザルだな。素通りだったぞ」
「親切な人が多いね。僕と黒曜を見かけた人達にさーくる? に誘われた。ダイガクを案内してくれた後に、ただでご飯とお酒をおごってくれるって」
「妙なハエ叩きを所持した集団だったな」
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“『カワイイは正義』、蝶よ花よと愛でられて育てられたスキル。
他人がスキル所持者に抱く心象が一段階高く補正される。また、スキル所持者の主張が受け入れられる可能性が高まる。
デメリットとして、スキル所持者の他人に対する警戒心が一段階低くなってしまう。
本スキルを悪用した場合、詐欺し放題であるが、そんな悪い子にこのスキルは開眼しない”
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「グヘヘって、オークみたいな顔をしていたのが気になったけど」
「酒に混ぜ物をしてきたなら返り討ちにするだけだ」
遠くにいるテニスサークルの集団と共に、二人はそのまま繁華街へ。黒曜もそうだが、ああ見えてアイサもアルコールに関してはザルのため、エルフの美貌に釣られた男共は破産するだろう。
「……これから講義があるのにコーヒーまみれになった俺に一言」
「上着を貸そうか。なんなら、仮面もあるぞ」
「上着だけでいい」
コーヒーの匂いの香る優太郎は手洗い場へと席を立った。
出る講義のない俺は、一人寂しく空のカップを片手に持つ。お代わりをどうしようかと悩んでいると……誰もいなくなったはずの対面席からこの世を呪う悪霊のごとき声が響く。
「一話~、二話~、三話~」
「なんだ。この地獄から這い出てきた怨霊のような女の声は」
「二三三話~、二三四話~、二三五話~。――足りない。足りない~、私の出番が~足りない~~」
机の下からスライドするように顔を出してきたのは一見、美人に見える美人。アイサの実の姉なのだから美人のはずなのに、何となく残念な雰囲気も醸す女。
森の種族の特徴たる長い耳をニット帽で隠したリリームが湿った目で俺を見上げる。
「呼ばれなかった。ずっと待っていたのに、呼ばれなかったッ」
「えーと、リリーム?」
「皆、呼ばれたのにッ。異世界の国王だって呼ばれたのにッ。私だけ召喚されなかった!」
「黒八卦炉での召喚の事か? それだったら天竜も呼ばなかったからセーフだ」
黄昏世界では竜頭魔王の件により竜が冤罪で絶滅させられたらしいので、呼ばなくてセーフともいう。
「天竜は台詞があった! 具体的には一四一話っ」
あまりにもショックが強くてメタくなったリリーム。俺を非難している事だけは酷く分かる。
「待っていたのに召喚されなかった。メタってやりますよ。メタボります。焼け食いしてやる!」
バイキング形式のカウンターに向かったリリームは棚の端から端のすべてのおかずを取り寄せ始めた。複数枚のトレーを雑技団レベルの器用さで持ち運んでいる。
リリームを忘れていた訳ではない。飛行能力もあるし単体戦闘能力もあるが、まぁ、黄昏世界に彼女の活躍の場はなかった。
「我の分のプリンも頼むぞ」
リリームに代わって席にやってきたのはマフラーを首に巻いた女、天竜である。今日の大学はよく部外者が現れる。
「我も労ってもらいたいものだ。森の種族の小娘の頭が潰されんように一睡もせんかった。同じ姿勢が続いて腰が痛いわ」
「すまなかったな、天竜」
「まぁ、旦那様の受難程ではなかろう。世界救済を三世界梯子するなど、前世でどれだけの大罪を犯したのだ?」
組んだ両手の上に顎を載せて、やや下方から俺へと視線を向けてくる天竜。
「安心しろ、救世主職は離職した。黒曜もばっちり離職させたからもうトラブルに巻き込まれる事はない」
「で、あればよいが。黄昏世界では早期に救世主職を離職していたのに太陽神とやりあったではないか。旦那様の運命は、職業とは無関係かもしれんぞ」
「土地神が怖い事を言うなよ」
「曲りなりにも我も神格を得ておるが……せっかくだ。占ってしんぜよう」
そういうと天竜はリリームが運んできた市販品のプリンを逆さまにする。
「占い?」
「一発でプリンが落ちてくれば吉」
天竜がゆっくりとカップを持ち上げていくと……プリンは綺麗に落ちて皿の上で弾んだ。
「おお、悪くない。今日の旦那様の運勢は吉だ」
ローカルな土地神の占いとはいえ神格を有する存在の占いだ。ご利益は高そうである。
新たなプリンを求めて天竜が席を立ち、ようやく一人だ。
孤独になって、地球のありふれた大学食堂を静かに眺めて――暴食中のエルフから目を背けて――、ふと、実感する。
帰ってきた。
平和な日常へと戻ってこれた。
主様に始まり、ウィズ・アニッシュ・ワールドの魔王連合、蟲星、そして黄昏世界。
よくも生き残れた。何百分の一、何千分の一、何万分の一の確率の奇跡なのだろうか。過去に戻って同じ境遇を繰り返したなら間違いなく失敗する。現状に至るためには、それこそ世界を救う程の幸運が必要だった。
そして何より、この幸運を得難いものと感じる自分が保てている。顔があるのかも分からない自分になっても、安心できる場所に戻ってきたのを祝福できている。
俺は今、幸せだ。
「ふふっ」
仮面代わりに装着しているゴーグルみたいなサングラスをクィっと位置調整する。仮面を普段使いできないため代わりに用意したものであるが、これ、若干格好良いのでお気に入りだ。
カップコーヒーを入れなおして一服する。
この幸せが、可能な限り続きますように――。
「――立派に育ったな、息子よ! 偉大なるパパが迎えにきたぞ!!」
……食堂の外が何やら騒がしい。
平和な日常を継続するため、巻き込まれないように目を向けないようにしよう。
「な、なんだ。お前??」
「私は、お前の、パパだ!」
「いや、俺の親父とは別人なんだが」
「ふむ。分からないのも無理はない。何せ、五億年ぶりに顔を見せたのだ。当時は栄養パラメーターを増やした結果、勝手に進化し始めて制御不能となって見捨てたものだが、こうして育ってくれて嬉しいぞ。……いや、この世界は他人の胎盤へワームホールを作り始めたのを隠蔽するために適当に作った世界だったか? まぁ、どちらも我が息子に違いあるまい」
「何言ってんだ??」
若い男とおじさんが言い争っている、という程ではないが何か騒いでいるようだ。若い男の声は優太郎のそれに似ているかもしれない。
ちらっと一瞬見た限り、俺が優太郎に貸した上着を着ていたので、本当に優太郎かもしれないな。まぁ、あいつならうまく切り抜けるだろう。
「さあ、息子よ。私達の高みまで手を届かせた息子よ。私達は歓迎する。向こうについたらホームパーティーだっ!」
「手、手を放せ。たぶんだが、人違いだ。顔を確認してくれ」
「顔は知らないが、その身を覆う高次な気配は間違いあるまい」
「これはあいつの上着だ! 今、脱ぐ。脱ぐから待つんだ」
「大事な息子だ。一刻でも早く保護しなければ。さあ、行こうっ!」
「せめて話を聞――」
この日、大学七不思議に神隠しおじさんなる不思議が追加された。白昼堂々現れて、学生の腕を掴むと学生ごと消えてしまうという不可思議である。
「――また、御影が異世界に消えたの?! ……あれ、いるじゃない」
「いや、皐月。俺ではなくて、どうしてか分からないが優太郎が消えた」
「優太郎先輩が? 御影が何かしたの??」
「いや、身に覚えがない。上着がないくらいにない」
神隠しの発生現場にいた俺は皆を招集した。今日は異世界関係者が大学付近にいてくれたためすぐに集まってくれたな。
せっかくの日常はあっという間に過ぎ去り、別の非日常が始まる。
「今度は私も連れて行きなさいよね」
「あまり気乗りはしないが」
「絶対にね」
「分かった。行こう」
にっこりと笑って脅してくる皐月が俺の手を握る。少し痛いくらいの握力であるものの、実際のところは心強い。世界を救う事に抵抗がない事と、孤独の寂しさは別のベクトルの話だ。
次にどんな世界が待っているかは分からないものの、救う相手が優太郎と分かっているだけマシである。
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▼御影
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“●レベル:100”
“ステータス詳細
●力:280 ●守:130 ●速:437
●魔:122/122
●運:130”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●アサシン固有スキル『暗器』
●アサシン固有スキル『暗視』
●アサシン固有スキル『暗躍』
●アサシン固有スキル『暗澹』
●アサシン固有スキル『暗影』
●アサシン固有スキル『暗殺』
●スキュラ固有スキル『耐毒』
●救世主固有スキル『既知スキル習得(A級以下)』
●救世主固有スキル『カウントダウン』
●救世主固有スキル『コントロールZ』
●救世主固有スキル『丈夫な体』
●遭難者固有スキル『エンカウント率減少(人類)』
●遭難者固有スキル『スティル・アライヴ』
●遭難者固有スキル『遥か遠きは故郷』
●人身御供固有スキル『味上昇』(非表示)
●人身御供固有スキル『捕食者寿命+10年』(非表示)
●人身御供固有スキル『捕食者寿命+100年』(非表示)
●人身御供固有スキル『捕食者寿命+500年』(非表示)
●人身御供固有スキル『捕食者寿命+一〇万年』(非表示)
●実績達成ボーナススキル『エンカウント率上昇(強制)』
●実績達成ボーナススキル『非殺傷攻撃』
●実績達成ボーナススキル『正体不明(?)』
●実績達成ボーナススキル『オーク・クライ』
●実績達成ボーナススキル『吊橋効果(極)』
●実績達成ボーナススキル『成金』
●実績達成ボーナススキル『破産』
●実績達成ボーナススキル『一発逆転』
●実績達成ボーナススキル『救命救急』
●実績達成ボーナススキル『ハーレむ』
●実績達成ボーナススキル『魔王殺し』
●実績達成ボーナススキル『経験値泥棒』
●実績達成ボーナススキル『精神異常(親友)(強制)』
●実績達成ボーナススキル『レーザー・リフレクター』
●実績達成ボーナススキル『武器強奪(強)』
●実績達成ボーナススキル『月蝕』
●実績達成ボーナススキル『身外身』”
“職業詳細
●アサシン(Sランク)
●遭難者(Cランク)
●人身御供(Sランク)(非表示)
●創造神(初心者)
×死霊使い(無効化)
×救世主(Bランク)(離職)”
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「…………優太郎が救う相手か。やっぱり、放置しておいても大丈夫じゃないか?」
「しっかりする!」
皐月に叱咤されるまでもない。
俺はきっと助けるさ。救われないと悲観していた黄昏た姉妹さえも助けたのだ。親友を助けるくらい造作もない。
「さあ、助けに行こう――」
これにて、助けたいシリーズは完結でございます。
最後までお読みいただきありがとうございましたー。




