X-4 太陽の影で語られる世界の裏話
――何時間、あるいは、何日経過しただろうか。
太陽神の権能さえも行使不能の真っ暗闇の中、陰鬱な食事会が続いているだけの所為で時間感覚は酷く曖昧である。好物を無制限に食べ続けるというのは夢の形の一つでありながら、現実のものとなるとただの拷問に過ぎないという訳だ。
七つの大罪の一つに暴食があてがわれているのも納得である。
「もぐもぐ、ねー。御影君―。ねー、おかわりはー?」
……いやまぁ、暗黒食事会の中にあってもイレギュラーは存在するのだが。
他の姉妹は顔面から皿に突っ込んで気絶していたり、目の焦点を失って失神していたり、泡をブクブク吹いたりしている。先ほどまで黙々と食事していたクゥも、今は吐き戻したモノが喉を塞いで窒息死中だ。その内、復活するだろう。
「もう替え玉なのか。お前だけ元気だな……」
「そうー?」
「というか、一人で俺を九万五千人くらい喰っていないか? もう少し遠慮してもいいんだぞ」
「だってー、正気に戻ったら食べちゃダメな食材なのに、今しか食べられないなら食べておかないと勿体ないしー」
「別に『黄昏』状態は人肉を喰ってもいい免罪符ではない」
「あははーっ。人肉ですらない謎肉がなんか言っているー」
「俺を謎肉言うなッ」
ムシャムシャと元気良く食事を続けているのは四番目の席についている姉妹だ。
意識を保っているのはその四番目と、隣に座る五番目の子だけである。他の姉妹は全滅だ。
「ねー、偽伍の子―? 無理しなくてもいいのにー。私が全部食べるけどー?」
「い、いえ。これが私の罪であり、罰ですから」
「でもー、他の姉妹と違って私は怒っていないよー?」
「そんなはずは、ありません……」
「だから怒っていないってー」
偽の五番目も他姉妹同様、クゥにそっくりな顔をしている。そうでなくても『斉東野語』により十一姉妹の一員になっているため偽者だと分からないはずであるが、四番目の子は識別できているかのような態度だ。
「私がアナタ達を射った所為で――」
「――違う違うー。次代の太陽に内定していたはずの私がー、ちょっとした反抗心で伍の子を庇った所為でー、この世界はおかしくなっちゃったー。世界を壊すのに善悪は関係ないってだけー」
偽の五番目は箸を止めて隣を凝視する。
「……内定?」
「はっきりと言われていた訳じゃないけどねー。でも、子供って大人の心情をなんとなくで察するものでしょー?」
「アナタは、姉妹が供物にされるのに抗った?」
「ただ体が動いただけだよー。まぁ、伍の子を庇おうとして二人まとめて死んじゃったから意味なかったけどねー。あははーっ」
このキャスティングは俺が采配したものではない。本来は俺の分身が姉妹に『擬態』して紛れ込む予定であった。
だが、黒い海に深く沈みながらも、唯一の贖罪の機会のために浮上してきた一人の悪霊に、偽者の伍の役を俺は譲ったのだ。
「被害者が笑い話みたいに言わないでくださいッ」
「私達も十分に加害者だけど。仕方がないー。許すも許さないも自由って事でー。どうあれ、もう昔の事―。同じ釜の謎肉――」
「飯な」
「――を食べた事だし、私もアナタを姉妹として扱うー。ちなみにー、私がお姉ちゃんだからねー?」
その配役は俺と偽伍の子だけの秘密のはずだが……この暴食っ子、カンが良過ぎないか?
「それでも、私は償いを続け、ま……ウっ」
「頑固な妹―。ほらー、喉に謎肉詰まって窒息しちゃってるしー。そろそろお休みー」
偽の五番目も限界がきて席に沈んだ。贖罪の気持ちがどれだけあろうとも精神と胃と食道の容量には限界がある。
「おかわりー」
四番目の子は未だにおかわりを注文してくるのだが、何なんだコイツ。
「……もしかして、お前。俺の策を全部見破っていたのにクゥや他の姉妹には黙っていたのか?」
「皆が救われる良い結果だしー。何よりも、お肉食べ放題までついてくるー」
「後者が一番の理由ではないよな? そうだよなっ?!」
「御影君の正体を考えると、私達で勝てないのは自然な事だしー」
「……俺の正体??」
ちなみにコイツ、これだけ喋っていながら片時も食事を止めていない。
「そー。御影君の謎肉……違った、謎の力についてだけどー。やっぱりこの無限増殖っておいし……おかしいのよねー。『分身』にしても『身外身』にしても無から無制限に体を作る能力ではないー。髪の毛を使う『身外身』だとするとー、御影君はもうつるっぱげー」
は、剥げてないよ、俺。まだ毛根は生きている。まだ生きていたい。
「死んだ自分を悪霊として召喚し続けているっていう感じ―? まぁー方法はともかくー、御影君の謎の力の肝はー、悪霊を呼び出す事でもー、幽世に通じる穴でもなくてー。呼び出した悪霊の『魔』が満タンなところかなー? 今までまったく不思議に思わなかったー? 人身御供職のスキルにしても、未知のエネルギーが不完全な形で流出しているに過ぎない感じ―?」
考えなかった訳ではない。俺が呼び出す悪霊は等しく『魔』が完全チャージされた状態だった。
だがそれは、幽世に蓄積している生前の『魔』の残留物を用いて悪霊を実体化させている。そう解釈していたのに勘違いだったらしい。
俺も分かっていない俺の正体に向けて、濁りの薄れた黄金の瞳を向けてくる四番目の子。
「御影君の幽世はー、どこからかエネルギーを取り込んでいるー? つまりー、エネルギー的に上位な世界の存在を証明しているー? これはあれだねー?」
「アレ??」
「そうあれー」
皿の上を片付け終えて一服しながら言葉を溜めて、四番目の子は俺の『正体不明(?)』を突破してくる。
「――御影君、君って世界の壁の向こう側に片足を突っ込んでいるー。異世界って君達が呼んでいる壁の事ではないよー。レイヤーの異なる更に上位な世界の壁の事―。つーまーりー、創造神の生息域に到達しちゃっているー」
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▼御影
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“職業が更新されました
職業更新詳細
●『創造神』の初心者に就職しました”
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“職業詳細
●アサシン(Sランク)
●遭難者(Cランク)
●人身御供(Sランク)(非表示)
●創造神(初心者)(New)
×死霊使い(無効化)
×救世主(Bランク)(離職)”
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「え、マジで?」
「マジでー。創造神の生殖活動が成功なんて、マジでーって感じ―。稀に天然亜種が自然発生する事があるらしいけど、スキルやレベルを使った養殖に成功するなんてねー。無量大数を超える失敗例ばかりの手法が成就するなんて不気味―。初かもしれないよー? おめでとうー」
「喜ばしい事なのか、これって?」
「どうだろー? その内、お呼ばれするかもしれないけどー、前例がないからねー」
「何だか嫌だな……」
「気にしても仕方がない、仕方がないー。怠惰で適当でいい加減な個体の多い創造神が気付くとしても億年先の事だと思うよー」
嫌な予言を残して、四番目の子は十万人の俺の完食を終えた。
「……おかわりー」
「いや、『黄昏』状態が解除されて完全に正気に戻っているよな? それとも、それで正気なのか?」
光が生じ、世界の闇は黄金色の太陽の輝きに払われていく。創造神などという裏話は闇の中で完結するものであり、実世界にとってはどうでもいい与太話だ。
太陽の新生に最後まで立ち合いたいものの、光に近づき過ぎたものは墜落するのがオチだ。そうでなくとも俺は死人、そろそろ退散するとしようか。
「嘘吐きの御影君―。ちゃっかり死んでいない癖にー。もうっ。あんまり、伍の子をイジめたらダメだからねー」
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“『スティル・アライヴ』、遭難しながらもまだ生きている実績を示すスキル。
生存困難な状況でも生存を続けるスキル。
死亡する状況に瀕した際、一度だけ歯を食いしばって耐える事ができる。一度だけのため、連続する危機に対してはまったくの無意味”
“取得条件。
僻地での遭難を続けて、遭難者職に慣れる”
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あ、そこもバレていたか。




