20-9 贖罪
「馬鹿なの! そんなに喰い散らかされたいのなら、喰ってやるわよッ」
アイデンティティを奪われたクゥが矛を納めてくれるはずもなく髪を逆立てる。怒気を手刀にして心臓へと手を突っ込んできた後、俺の体を左右に引き裂いた。同調した姉妹達も同様に、より見境なく俺を索敵しては始末する。
クゥの怒りの感情は噓偽りないものである。が、一部に焦りの感情も含まれているのではなかろうか。
十姉妹ではなくなったクゥ達はもう魔王ではない。邪悪である理由の片方が無くなったのである。
もう片方、寿命に近づいた恒星の悲嘆たる『黄昏』スキルだけが彼女達を邪悪に留めている。
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“『黄昏』、太陽を司る者の宿命的なスキル。
惑星系を育む力が陰り、世界が終末へと向かった事を宣言する。
ハビタブルゾーンの縮小から始まり、最終的には自身の膨張によってこれまで育んできた世界を破壊してしまう。
終末装置と成り果てる自らに精神が反転する副次効果は、正気のまま世界を滅ぼさずに済む温情である”
“取得条件。
寿命に近付いた恒星の宿命”
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「私達が正気に戻るか。それとも、殺され続けた御影君が正気で無くなるかよ! 百の屍と化す事に耐えられたとして、千の屍はどうでしょうね。それも、より鮮明に己が殺される感覚に溺れながらね!」
姉妹達はもういちいち俺を喰ってはいない。けれども、充満する血臭が彼女達を酔わせている。喰う程でなくても飲む程には俺を味わっていた。
「御影君のそれはもう『分身』とは呼べない。救世主職の卑しいスキルで模倣しているつもりでいるらしいけど、もうそれは御影君のスキル。『身外身』というべきもの。管理神として書き記してあげる」
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▼御影
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“ステータスが更新されました
ステータス更新詳細
●実績達成ボーナススキル『身外身』を取得しました”
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“『身外身』、己そのものを増殖させるスキル。
『分身』がコピーを作るスキルに対して、『身外身』は自らを増やす。パラメーターもスキルもまったくの同一。集合精神生物のごとく分身体がすべて自らであるが、所詮は個として生じた生命が集合精神生物の真似事などできない。
髪の毛一本一本に意思が宿ったかのような喧しさには耐えきれない。
髪の毛一本一本を失うたびに共有される死には耐えきれない。
人間が会得するには過ぎたスキルである”
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“●レベル:100”
“ステータス詳細
●力:280 ●守:130 ●速:437
●魔:122/122
●運:130”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●アサシン固有スキル『暗器』
●アサシン固有スキル『暗視』
●アサシン固有スキル『暗躍』
●アサシン固有スキル『暗澹』
●アサシン固有スキル『暗影』
●アサシン固有スキル『暗殺』
●スキュラ固有スキル『耐毒』
●救世主固有スキル『既知スキル習得(A級以下)』
●救世主固有スキル『カウントダウン』
●救世主固有スキル『コントロールZ』
●救世主固有スキル『丈夫な体』
●遭難者固有スキル『エンカウント率減少(人類)』
●遭難者固有スキル『スティル・アライヴ』
●遭難者固有スキル『遥か遠きは故郷』
●人身御供固有スキル『味上昇』(非表示)
●人身御供固有スキル『捕食者寿命+10年』(非表示)
●人身御供固有スキル『捕食者寿命+100年』(非表示)
●人身御供固有スキル『捕食者寿命+500年』(非表示)
●人身御供固有スキル『捕食者寿命+一〇万年』(非表示)
●実績達成ボーナススキル『エンカウント率上昇(強制)』
●実績達成ボーナススキル『非殺傷攻撃』
●実績達成ボーナススキル『正体不明(?)』
●実績達成ボーナススキル『オーク・クライ』
●実績達成ボーナススキル『吊橋効果(極)』
●実績達成ボーナススキル『成金』
●実績達成ボーナススキル『破産』
●実績達成ボーナススキル『一発逆転』
●実績達成ボーナススキル『救命救急』
●実績達成ボーナススキル『ハーレむ』
●実績達成ボーナススキル『魔王殺し』
●実績達成ボーナススキル『経験値泥棒』
×実績達成ボーナススキル『精神異常(親友)(強制)』
●実績達成ボーナススキル『レーザー・リフレクター』
●実績達成ボーナススキル『武器強奪(強)』
●実績達成ボーナススキル『月蝕』
●実績達成ボーナススキル『身外身』”
“職業詳細
●アサシン(Sランク)
●遭難者(Cランク)
●人身御供(Sランク)(非表示)
×死霊使い(無効化)
×救世主(Bランク)(離職)”
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「それはどうもご親切に」
「過ぎたるは何とやら。分身の数が御影君を苦しめる事になる。無数の死を実感しなさい」
クゥの善意により、分身体が殺された時の苦痛がリアルになった。ファミリーコンピュータ―しか知らない人間に高解像度のVRゲームをプレイさせた気分というとチープかもしれない。
まあ、実際、分身体がプチっと潰される苦痛よりも、長くなったパラメーターが網膜に投影される事の方が辛いのだから仕方がない。
「二百体は殺したわ。そろそろ死にたくなってきた?」
「いや、大丈夫だな」
「……三百は殺したわよね。多少は効いていない?」
「そうだな。髪の毛を思いっきり抜かれるくらいには痛いぞ」
「…………あの、五百は殺したはずよね。そうよね?」
「そうか。まだ五百人しか死んでいないのか」
「……………ねぇ、千人切りを達成したと思うのだけど。一億年くらい寿命延長した気がするのだけど。それでも精神崩壊しない? 精神が図太いって言われない?」
「普通の大学生くらいだと自負しているぞ」
殺され疲れるよりも先にクゥ達の方が殺し疲れてしまったようだ。千くらいから明らかにペースが落ちてきている。
「どうしてッ。ここまで自分が殺されているのに発狂しないの!!」
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▼十一姉妹
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“ステータス詳細
●陽:0.001 → 0.01”
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まだ序盤も序盤だ。怒っていないで俺を喰え。殺すのが大変になったのなら、席につかせてやろう。サービスで俺自ら調理して配膳する。
こちらは客の文句の多い料理店にございます。
姉妹を一人ずつ拘束して着席させると、手前に何かの生肉を配膳する。暗くてよく分からないが新鮮なのは間違いない。
「そんなに俺の様子が変わらないのがおかしいか?」
「そうよ! 絶対におかしい! 『身外身』まで明記したのに異常よっ。何かの嘘でごまかしているの?!」
「……誤魔化しているか。一体、俺は何を誤魔化しているのだろうな」
幸い、お客様は十一柱。一人でお召し上がりになるよりも十一倍早く終わるはずです。
「やっぱり何か嘘をっ」
「口を動かす暇があるのならまずは喰え」
ああ、いけません、お客様。お口を閉じて抵抗されるとはどうされましたか。毒など入っていませんよ。なにせ『耐毒』スキルを有しているので。
「なあ、クゥ。俺が恒星核に接近していた時の事を覚えているか。俺を初めて喰った少し前だ」
「もう最近の事とは思えないけど、もちろん覚えている」
「あの時、クゥ達は十発の核融合を俺に向けてきた。それを俺は十の分身体を使って防いだが、再度の十発の攻撃を防げずに頭だけになった」
「そうだったわね。千単位で分身する御影君だから、身代わりくらい、いくらでも――」
席から立ち上がって逃げようとするお客様の肩を握りしめて逃がさない。穴の中では『魔王殺し』が使えない? いいえ、食べられ易いように使っていなかっただけですよ、お客様。
「――なぁ、クゥ。お前が最初に喰った俺は、本物と偽者、どっちだったと思う?」
喰え、お客様。俺を喰え。
「…………え?」
「あの時、俺はまだ分身を量産する外法に手を染めていなかった。何せ、まだ人間縛りを継続中だったからだ」
「どっちって、どういう?」
「もう『魔』は残っていなくて『分身』は使えない状態だった」
「いや、でも……」
「そして何より、顔の穴が消えずに残ったままだった俺の死体はあの一体だけ。その後に殺された俺については、一つも顔の穴は残っていない。スキルでどれだけ分身できたところで穴までは複製されないからだ」
「え……いや、え……?」
俺を喰え。せめて、俺を喰らって寿命を延ばせ。
「で、どっちだと思う? 俺はまだ生きている本物なのか、本物はとっくの昔に喰われて死んでしまっているのに偽者が活動しているだけなのか。さあ、どっちだと思う?」
俺を喰い続けるだけの罪をお前達はもう犯してしまっているのだから、喰え。
「正気を失わないのは、もう正気を失うべき本物の御影君がいない……から?」
顔を青くしたクゥは腰を抜かしたように着席する。
「私は御影君をもう殺していた?? 正気が少しでも戻った今の私にそれを教えてくるなんて……酷過ぎる」
一瞬、俺がいる方向を睨んできたものの、すぐに申し訳なさそうに顔を伏せた。
「俺の状況が分かったのなら喰えるだろ、クゥ?」
「だからって、む、無理よ! 『陽』を1にするのに、ここから更に十万人も御影君を口にするなんて。今はまだ口にできても、私達が正気に近づけば近づく程に人肉を食べられなくなるでしょ。だって、正気に近づいているのだから!」
「安心しろよ、クゥ。お前達は、俺が『好物』なんだろ?」
「――嘘、そこまで考えて本物の御影君は。本物でありながら物のようにッ。御影君には……端から正気なんて無かった」
城にでもありそうな長い机に姉妹全員を座らせ終えた。未だに逃げようと抵抗する姉妹もいたものの、クゥが自発的に目の前の皿に手を伸ばして肉を飲み込んだ様子を見ておとなしくなる。
口にするまでの動きはたどたどしい割に、喉だけはしっかりと動いている。
「……皆、食べましょう。食べるしかないわ。私達の敗北を、認めましょう……」
「そんな、今になって正気に戻るなんて!」
「世界を二度も滅ぼしかけた私達が、罪に耐えられるはずがないじゃない?!」
「四の五の言わず食べるしかないのッ。それ以外に、御影君を喰い殺した罪を償う方法なんてないのよッ!」
姉妹を叱咤したクゥは最後に俺へと訊ねる。
「ねぇ、御影君。私達はアナタの所為で正気に戻ってしまうけど、また億年先の未来はどうするつもりなの? 水素を燃焼し切って赤色巨星となる私達の暗い未来に対して、責任を取ってくれるの?」
「億年先の事まで言われてもな。それまでに恒星の主権を別の誰かに引き継がせるか、恒星を延命させる技術を人類が発明するか。未来の事までは責任を取りようがない」
「魔王を封印だけして放置する勇者みたいな無責任さ……。きっと、億年先で私達は御影君を恨むのね」
以後、クゥは黙って俺を喰い続ける。
他の十の姉妹も困惑しながら、反抗的に、渋々、申し訳なく、無心に、冷静に、「おかわりー」と元気良く、嫌々と、泣きながら、義務感で、無理やりに――俺を喰い始める。
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▼十一姉妹
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“ステータス詳細
●陽:0.01”
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十万の俺を完食するまで、残りは九万九千人。