20-7 暗い部屋で四隅に立って、走り続ける
人間だった頃には思いついても実施できなかった作戦の一つを開示しよう。
「どうして御影君は減らないのッ?!」
バカスカ核融合で吹っ飛ばされるたびに分身体は減っている。減っているが、減った分だけすぐに増殖しているだけである。
分身体も本体と同じようにスキルを使用できるというのは既知の情報だ。
だったら……分身体も『分身』スキルを使用できて当然である。
第一世代の分身体から第二世代の分身体を生成する。第二世代の分身体から第三世代の分身体を生成する。たったそれだけのネズミ算で軽く千体の俺が誕生だ。
いちおう『分身』スキルの縛りは効いているのでパラメーターは激弱なのだが。所詮はデコイなので『力』や『守』は気にしない。分身体を存在させるためのエネルギーたる『魔』が小数点以下になる問題はあるものの、十姉妹の絨毯爆撃ですぐに散らされるため一分動ければそれで構わない。
とても便利な『分身』乱用。
とても便利なのにどうして人間だった頃には禁術扱いしていたかというと、まぁ、気持ちの良い戦術ではないからである。
確実に核融合で吹き飛ばされる消耗品を穴の向こう側に送り出す。
確実に核融合で殺されるという消耗品の癖して否を言わず飛び出す。
自分の形をしたものがもう何万は死んでいる。これで何も感じないなら正気を疑われるというものだ。他人に人間として見られていたいなら避けて当然の禁術である。
「さすがに第五世代になると十秒で燃料切れになるか。このあたりが限界か」
十姉妹とは拮抗できた。
ただ、これだけでは勝利を望めない。分身体も無限に増殖できる訳ではない。『魔王殺し』の重ねかけによって完封できれば良かったのだが、まぁ、相手は管理神を兼ねている魔王である。ルールに則った攻略法では勝てないのは想定の範囲内
スキルなども俺よりも熟知しているはずだ。俺の小細工にもいつか気付く。
「――そうか、分かった! 御影君は妖怪職の『魔回復(嘘成功)』もラーニングしているのよ」
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“『魔回復(嘘成功)』、怪しげなる存在の卑怯なスキル。
嘘の成功によって『魔』が三割回復する。嘘の達人ほどに継戦能力が高まる”
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「私達を騙せば騙す程に『魔』を回復させて『分身』を増やせる。きっとそうよ」
……なるほど、管理神の知識量がプラスに働くとは限らないな。妖怪職にそんな便利なものがあったなんて知らなかったぜ。
「私達が喰べた御影君は偽者だった。その後は姉妹に化けて私達を騙していた。今も偽者を大量に作って本物をバレないように嘘を吐き続けているとすれば納得だわ。本物を探し出せば反撃を止められる」
まあ、正解だろう。偽者と戯れていても進展がないのは十姉妹側も同じである。
多少予定と異なるものの、本物の俺を探してくれるのはありがたい。
「気配を隠して潜伏できる場所なんて……そこの穴しかないじゃないっ!」
「外からの攻撃は通じなさそうね」
「穴の中に入るわよ。御影君を追い詰めた」
実に怪しい穴倉に自ら入り込んでくれるのだ。ありがたい以上の感想はない。
恒星核という極地が十姉妹が本領を発揮可能なホームグラウンドであるように、穴の内側こそが我が領土。魔王でありつつ管理神でもある黄昏世界の破滅そのものな姉妹を生かしたまま救うにはそれなりの舞台が必要である。
過程で生き地獄を味わうかもしれないが、ホラーハウスに好んで訪れる者なら悲鳴の一つや一万、アトラクションのようなものだろう。
「姉妹全員でいくわよ。これで終わりにしましょう」
そうそう。
ちなみにだが、先ほどからの姉妹の台詞。果たして本当にクゥやクゥの姉妹達の言葉だったのだろうか。公転酔いに宝貝頭痛、『魔王殺し』恐怖症まで加えられた姉妹にどこまでの思考能力が残されていたのだろうか。
声真似の得意な義理の娘を騙る妙な女。その声真似をラーニングした悪い男に扇動されて穴へと突入していなければいいのだが。
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“『オウム返し』、他人の真似を得意とするスキル。
己以外の何かを擬態するのが得意になる。
他の擬態、物真似スキルとの大きな違いは姿形を変更せず他人に化ける機能にある。それゆえ、真似る相手の体形が大きく異なると擬態率が低下する。
ただし、声に関しては完璧に見分けがつかない”
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更にもう一つだけアドバイスするなら、せっかく姉妹に偽者がいると気付いたのなら穴に入る前に点呼しておき――いや、もう遅いか。
幽世に通じる穴と聞いていたので、どんな地獄が待っているかと思えば殺風景かも分からないただの暗闇だ。
どこぞに水面の波音が響いているものの、逆に言えばその程度である。
さして恐怖を感じない。いや、穴に突入する前までの酔いも頭痛も恐怖さえも感じない。厭離穢土できたからだろうか。
「全員いるわよね。壱姉、照らせる?」
「……おかしい。太陽神の権能が機能しない」
デバフがなくなった代わりに権能も使用できなくなった。
窮地に陥ったという割には温い。仮にこの場で姉妹全員が討ち取られたとて、恒星本体は無傷である。世界はどうあれ焼死して終わる。いや、もし御影君が真性の化物で恒星そのものをどうにかしてしまったとしても、熱源を失った世界は凍死して終わる。抜かりはない。
一度惨殺された私達は今更、死を恐れない。
精神的にも十姉妹は無敵だ。
「ねぇ、御影君。出てきてよ、せっかく来てあげたのだから」
「御影君、あーそーぼ」
「今更、びびっちゃった?」
姉妹全員で呼びかけた。蛇が出るか、悪霊が出てくるか。
「よう、クゥ。よく来たな。まあ、座れよ」
……御影君は暗がりの奥から普通に現れた。顔の半分から上は見えなくなっているが、こんな場所にノコノコ現れるのは御影君で間違いない。
警戒心なく現れて、暗くて分からないがそこにあった椅子に座っている。
「何が欲しい? 水か?」
「んー、御影君の血」
家にやってきた友達をもてなすような無防備さ加減だったので、思わず手を伸ばして首をちょん切った。
頭を失い、頸動脈から血を噴き出して倒れ込んだ御影君の血を味わう。
「短気ねぇ、伍の子は」
「だって、どうせ偽者でしょう」
赤くなったはずの口元を拭う。ゲテモノは美味という定説を証明する味わいであるものの、『分身』はいい加減、飽き飽きである。そろそろ本物を味わいたい。
「酷い事をするなよ」
「ほら、やっぱり偽者だった」
別の御影君が現れて、首なし御影君をどかして座る。
手探りで椅子を探し当てて今度こそ私も着席した。ただし、他の姉妹達は立ったまま警戒態勢だ。
「で、御影君は何をしてくれるの。降伏宣言? それとも降伏勧告?」
「どちらかと言えば降伏勧告か」
「もう勝ったつもりなんだ。さっきの分身を殺して試してみたけどパラメーターは問題なさそう。こういった環境では文書化されているパラメーターやスキルは便利よね」
「暴れられるのは困るな。こっちの『分身』の在庫はそろそろなくなりそうだ」
「嘘ばっかり、どうせまだ大量に用意している癖に」
この話し合いの意味がよく分からない。御影君も私達が降伏するとは思っていないはずである。ただの時間稼ぎか。
「……なぁ、本当に降伏してくれないか?」
「くどい。十柱揃った私達はもうまともでいられないんだって」
「分かっている。どちらかというと俺が行う事に対する言い訳だ。人間縛りを止めたとしても、これからクゥ達十姉妹に対して仕出かす事を忍びなく思っているんだ」
「へぇー。まーだ、お優しく私を気遣ってくれるんだ。だったら答えてあげない、と――“伸びて”」
小さくして隠し持っていた如意棒を伸ばして御影君の心臓を貫き、教えてあげる。
「御影君との旅は本当に楽しかった。本当に良かった。だって、『擬態(怪)』の対処方法も学べたから! 姉妹達、『擬態(怪)』を使用している、と訊かれたら、はい、と答えるかしら?」
「いいえ」
「いいえ」
「いいえ」
「いいえ」
「いいえ」
「いいえ」
「いいえ」
「いいえ」
「いいえ」
「いいえっ!」
いいえの回答は姉妹の数と同じく十回。暗くしている理由は姉妹に偽者が紛れ込むためかと思ったが、違ったらしい。
肩透かしであるが、それならそれで安心して虐殺開始だ。
「さあ、姉妹達、早い者勝ちよ。本物の御影君を探して捕食しましょう!」
「偽者は?」
「当然、喰べてしまうわ。当然でしょう」




