20-4 悪性変異したと世界の中心(勘違い)で悪意をわめく
脱出艇の窓の向こう側、点よりも小さな点となって突入していく船を見た。
恒星の大きさに対して針よりも小さな矢であろうとも神性にとっては最大級の毒となる。打ち込まれたならば十姉妹とて生き延びる術はない。
“――任務完了だ。世界の未来が永遠に閉ざされた代わりに世界は救われた。このまま黄昏世界へと戻る”
心臓の鼓動のように行われる核融合は停止し、恒星は速やかに冷えて縮まっていく。最後には、黒八卦炉のように黒く死んだ星となる。
光を失った恒星に惑星系を育む力はない。各家庭ですら電気、ガス、水道のインフラが停止しただけでも生活できなくなるのだ。惑星ではより破滅的。熱供給の失われた黄昏世界は速やかに全球凍結を開始し、二度と、生命が繁栄する事はなくなる。
悪あがきで長く死に続けていた黄昏世界は、ようやく心停止できたのだ。
「……悪い。ナターシャ、俺、嘘をついていた」
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“『嘘成功率上昇』、怪しげなる存在の姑息なるスキル。
嘘の成功確率が上昇する。言葉巧みささえ不要となる。
本スキルを突破するならば、確信を持って打ち破る他ない”
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“お前……何を言っている??”
「クゥ達を殺すつもりは最初からなかったんだ。まぁ、代わりに責任を取って、不良娘共を叱ってくるつもりだ」
“だから、何をっ”
ナターシャだけでなく、女神嫦娥を含めた黄昏世界で待っている皆にも、地球にいる皆に対しても本当に悪いとは思っている。が、残念ながら弁明している余裕はない。
分身体である俺の体には『魔』がもう残っていない。謝罪する時間さえない。『魔』の消費を抑えるために二日間、代謝を限界まで抑えていたものの活動限界が来たので、このまま退場だ。
まあ、全部、本体の俺が悪いって事でして。
「責任をもって、船本体と一緒に恒星へ突入した俺が、十姉妹を叱ってくる」
ユウタロウからお土産を受け取ったタイミングで『分身』し、本体の俺は船の先端部に潜んでいたので、現在位置は恒星体内だ。
消えていく分身体とは違って、恒星はまだ赤く輝き続けている。
「さあ、最終決戦の幕開けだぞ、クゥ。初手は……『非殺傷攻撃』発動!」
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“『非殺傷攻撃』、攻撃の威力を抑えるスキル。
本スキル所持者が行う攻撃であれば、致命的な一撃であっても完全な無害化が可能となる。
攻撃手段は問わないため、峰の無い両刃剣だろうと攻城兵器だろうと相手を殺さずに済む”
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神殺しの矢は確かに恒星を射抜いた。
……射抜いただけで恒星核を傷つける事はない。そのまま貫通し、素通りだ。
「クゥを含めた姉妹全員。説教してやるから、かかって来いやっ!」
船を途中下車した俺の現在位置は恒星核付近。『環境適応』で耐えられても眩し過ぎて見えない向こう側。十姉妹が居を構えているとすればここ以外にないだろう。
「お前ら全員救ってやるから覚悟しろッ」
御影君、私が矢が怖いって言ったら、捨ててくれたのよね。
……うん、別に悪い救世主職でもないのかなって。
「――アハぁ。アハハ、だーかーらー、絶対に御影君は私達を殺さない甘っちょろい救世主職だって信じていたわぁ」
私だって最初から御影君を利用しようなんて考えていなかったし、何なら、親愛だけで殺されてあげようなんて可愛げのある終末を本気で考えていたのよ。
損得勘定なし。
自分の命だって無視。
ただの乙女チックな真心だけで殺されてあげようと本気の本気で考えていたのよ。そこに嘘はない。
「これで予定通り、私は御影君に殺されてあげられる……って言葉、『嘘成功率上昇』を一切使っていなかったのよ。本当の本当に真心だったはずなのよ。いつまで真心だったのかは、もう覚えていないけど。ふふふっ」
「くふふ、お優しい伍の子に、お優しい救世主職」
「あはは、私達を殺さない救世主職様。伍の子だけでなく、私達にも譲ってよ」
でも、私が私達になったなら、そんな可愛げある感情だって悪性変異しちゃうのよね。
だって、私達は真性魔王、十姉妹だから。
「御影君と出逢えて本当に良かった。だってぇ……私達を殺せる唯一の矢を、無駄撃ちしてくれるって、本当に信じていた!」
「ふふふ、お優しい救世主職」
「真性魔王を殺さない、優しい優しい救世主職」
天竺に私を招き入れたのは悪手だった。なにせ、入った時点で神殺しの矢の気配を感じ取っていたのよね。私達を殺害可能な唯一のトラウマ。これだけが問題だったのよ。
別に、徒人共も妖怪共も母様も、まったくこれっぽっちも気にしていないけど、矢だけはどうにかしなければいけなかった。
「矢が無くなれば、もう何も怖くない」
「矢が無くなれば、私達はもう誰にも殺されない」
「御影君ありがとう。愚かな貴方のお陰で、私達姉妹は仲良く世界を焼き尽くせるわ!」
昔々のように、恒星核にて十人揃って私達は戯れる。
私達十人以外はどうでもいい。回遊する魚――私達が絶滅させてしまったっけ――のように高温高圧環境を泳いでいる。原子がドロドロに溶け合う極限環境では個別の自我を保つ意味も特にない。童子の頃の姉妹が皆同じ髪型で見分けがつかないなんて、ありきたりなものでしょう。
「……ああ、御影君は特別扱い。伍の子にとっては初恋だったのかもしれないし、貴賓席に招いてから……大事に大事に骨の髄までしゃぶって、ガリガリ喰ってあげましょう」
「えぇー、やめてよ。あんな顔のない不細工かどうかも分からない徒人」
「優しい救世主職? ああ、救世主職でもなかったっけ」
「笑える。御影君ってば、人身御供職だって自分で気づいていない」
「こんな終わった世界の生贄になりに来てくれたのだもの。しっかり全部食べてあげないと」
「私は右薬指がいい」
「だったら私は左大腿骨」
「Sランクにしてから食べきりましょう。きっとそっちの方が美味しいわ」
『クゥを含めた姉妹全員。説教してやるから、かかって来いやっ!』
私達を殺さなかった餌が何か喚いている。
餌ごときが説教とは、法師気取りで笑ってしまう。
『お前ら全員救ってやるから覚悟しろッ』
救う。姉妹がすべて揃ってしまった私達を、今更、救うと言ったか?
……馬鹿馬鹿しい。餌ごときが、惑星表面に生きる程度のタカが一生物ごときが、よくぞほざく。
救えるというのであれば、救ってみよ。
「あはっ。既に私は黄昏ちゃっているのに、呑気な事。何千年遅いのよ」
「もはや全てが手遅れだって分かってないの?」
「いいじゃない。それでも挑むなら姉妹全員で相手をしてあげましょう。その果てに絶望しながらの踊り喰いってのも味わい深いわよ」
餌ごときに本気になるのも馬鹿馬鹿しいものの、お遊びは本気で楽しんでこそでもある。
「惑星系の中心にせっかく飛び込んできてくれたもの。軽く、“フュージョン・イグニッション”一千万回で出迎えてあげましょう」
恒星の中心は惑星系の中心。
どの神話体系にも存在する方陣を組むにはベストなポイントであり、惑星を含めた巨大図形の起点となる。姉妹が規則正しく並ぶだけでも図形は完成し、宇宙規模の神罰を執行可能になるのだ。
『……地球では昔、天動説が信じられていた。地球が世界の中心であり、地球の周りを太陽や星が巡っているという間違った説だ』
餌が命乞いにしては恥ずかしい、徒人の自己中心的な説を呟いている。
『天文学の発達により天動説は否定されて、地動説、太陽が世界の中心であるという正しい説が世の中に広まった』
そうだ。世界の中心は私達姉妹である。言われるまでもない。
『……あ、ちなみに、地動説の太陽が世界の中心って説も間違いだからな。惑星系の惑星の分布を考えてみろよ。太陽と比較すれば質量は蚊ほどと言っても星の位置には確かな偏りがある。質量に偏りがあるならば、惑星系の中心は太陽の中心とはズレる。コマの中心は移動する』
「……はっ?」
「……どゆこと??」
「ッ?! ダメよ、姉妹達! 御影君の口車を聞いたら――」
これまで私達を中心に巡っていた恒星内のエネルギーの流れがズレていく。
私達の中心から少しだけズレた位置が惑星系の中心に変化した事で、私達さえも惑星系の中心に対して回り始めてしまう。
『つまり、恒星も公転している。さながら遊園地の高速コーヒーカップだ。目を回せ』
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▼十姉妹
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“スキル詳細(抜粋)
●実績達成ボーナススキル『乗り物酔い(強制)』 → 『乗り物酔い(極)(公転強制)』”
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“『乗り物酔い(極)(公転強制)』、己が世界の中心と勘違いしていた愚か者のスキル。
スキル所持者が惑星系全体の質量の偏りによって公転している最中、ステータス異常『乗り物酔い(極)』状態となり、行動全体に重大かつ致命的な支障が出る”
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