20-1 神殺しの船
「――最悪の事態の中では、最良の結果に落ち着いてくれたか」
SFチックな玉座で深い溜息をつきつつも、胸を撫で下ろす嫦娥。
窓というかスクリーンから宇宙空間が見えるここは天竺の頭頂部。
クゥ達、十姉妹が惑星から飛び立ってしばらく。灼熱宮殿攻略隊は月の女神が遣わした回収班によって天竺に帰還していた。衛星軌道から地上へ、地上から衛星軌道へ、と忙しい限りであるが、黄昏世界の危機は惑星系レベルまで拡大している。数百キロごときは誤差でしかない。
「問題は大きいが、まずは労おう。黄昏た女をよくぞ排除してくれた。正直に言って達成できるとは思っていなかったぞ。此方に体を貸し出している女の妄言も、時には信じてみるものだ」
「トドメを刺したのはクゥだけどな」
「娘に喰われるとは、あの女らしい最後であった。……あったが、どうにも心は晴れないものだな」
誰かの顔を思い出しているのか、嫦娥は天井付近を見上げている。
「そうか……あんな女でも、此方の友だったのだな」
人気のほとんどない玉座に、子も友も失った女の声が寂しく響く。
回収は主戦力の俺達パーティーを優先して行われたものの、玉座にいるのは俺と嫦娥の二人だけだ。他のメンバーは強い頭痛に今も襲われているため歩くのもままならない。
「十姉妹が反魂して世界に引導を渡すか。宿命なのだろう。終わった世界の長い終幕がついに終わる」
「待て待て。まだ終わらすな」
黄昏世界の住民は長引いたエンドロールの間に覚悟を決めているのかもしれないが、俺はまだ若い大学生。きっと地球で優太郎が休学届を提出してくれているので在学は続いている。大学生活を諦めるには早過ぎるのだ。
「クゥ達を、十姉妹を止めてやらないといけないだろ」
何よりもクゥを諦める訳にはいかない。どれだけ破綻した世界だろうと、あのお人好しのクゥに世界を滅ぼさせるのは酷である。
「十姉妹は黄昏世界において災悪の象徴である。人はもちろんの事、仏神であろうとも手出しはできん」
「……けれども、昔は全員討伐してしまったのだろ?」
「専用の武器を創造神が用意していた」
「神殺しの矢だったか」
「そうだ。弓の救世主職たる后羿が使うに相応しい、対太陽神に特化した矢を十本下賜された」
十の矢の内、天竺は未使用の一本を密かに所持している。その秘密を金角銀角に暴かれたために決戦となった。
「最悪の事態の中では最良と言ったであろう。十姉妹は恒星と一つになって其方を待ち構えているが、逆に言えば、惑星系の中心に居座って動けない状態になっておる。弓の技量がなくとも、矢を当てるのは容易かろう」
かつて十姉妹を射殺した矢を使って再び十姉妹を討つ。
かつての救世主職が手元を狂わせ世界を破綻させてしまった大罪を、今度は俺に犯せという嫦娥に非難の目線を送るが、無視された。
「恒星を殺すだけの威力も発揮できるはずだ。矢は惑星系のバウショックを弓とする。恒星の力が強ければ強まる程に弦は強く引かれて、恒星を確殺するのだ」
「俺にクゥを殺せと?」
「殺してやらなかったとしても、結果は変わらんぞ」
クゥを殺すのを拒んだとしても、恒星はいつか膨張を止めて冷えて縮小、黒い死んだ星になる。矢で射殺した場合は、その瞬間から収縮を開始して黒い死んだ星になる。嫦娥の言う通り結果だけは変わらない。
俺達が焼死するか、恒星を失って凍死するか、その差はあるだろう。
「討ってやれ、仮面の救世主職。十姉妹を想うのであれば、どうせ滅びる世界を滅ぼさせるな。これ以上、手を汚させるな」
クゥを殺すなど考えたくはない。
けれども、クゥに人を殺させる事も考えたくはない。
どちらも選べないのであれば、せめてクゥの意思を尊重するべきなのだろう。
クゥは……俺に来いと言っていた。あの言葉がクゥの望みに違いない。
「――矢はどこにある?」
「十姉妹の討伐、任せられるのだな?」
「行ってやる。それがクゥの望みだ」
「……すまぬな。此方は謝罪しかできぬ。今はできる事がない。すべて終わった後ならば、此方にできる事なら何でも叶えよう」
ん、今何でもって?
「――言質を取りましたわ」
一瞬、嫦娥の姿が桂さんに戻ってニチャりと笑った気もするが、気のせいだろう。聞き逃して見逃そう。
「……ごほんっ。いや、できる事はあるぞ。俺一人で恒星まで行く事はできないから、きちんと足は用意してもらう」
とてもじゃないが俺一人で恒星までは到達できない。現代科学でも、探査機を恒星に向かわせるのはかなり難しいと聞く。宇宙船を有する天竺の協力が必要である。
「矢も足も、既に見えておろう」
「……どういう意味だ??」
「簡単な話だ。天竺の脱出船こそが矢であり、仮面の救世主職を恒星へと届ける船となる」
嫦娥は靴底でコツコツと床をタップする。
矢と聞いていたために完全に騙された。黄昏世界は嘘つきが多いが、嫦娥もかなりの詐欺師である。神殺しの矢を改造して宇宙船とする事で長年、妖怪共の目を欺いていたのだ。
思い出せば、天竺の船体形状は鏃型だった。
「船を恒星にぶつける必要がある。避難民、船員のすべてを下船させるがよいな。此方は残る……と言いたいが、それは十姉妹が許さまい」
「問題ない。恒星に殴り込みをかけるんだ。俺以外は全員下りてもらった方が気が楽になる」
「いや、其方だけでは船を動かせまい。帰還にも支障があろう。一人助手をつける」
帰りの便はないものと覚悟していたが、そこは慈悲深き月の女神。帰還手段も準備してくれるようだ。
一人の方が気楽であるが、軌道計算や重力ターンは分からない。危険な旅路である事を了承してくれる人物ならば、ぜひ協力を願いたい。
「一人。いや、一機というべきか」
「機?」
一日後。
脱出船あらため神殺し船は総員退艦となり、俺と助手一人を除いて全員が地上へと降り立った。
時間をかけ過ぎてクゥが痺れを切らす可能性を危惧したものの、恒星に変化はない。ゆっくりと肥大化を続けるのみである。
もっとも、消耗した『魔』が回復できるくらいの時間は待ってもらわねば困ったが。恒星までは二日――地球の科学水準から言うと爆速――なので、丁度、『魔』は満タンになるだろう。
「頭痛が酷くなるのに、黒曜と紅が密航しようとして困ったが。ユウタロウに任せておけば大丈夫だろう」
船の先端近くにある操舵室に初めて入る。
助手が操舵室にいると聞いてやってきたのだが、人の気配はない。はて、妙だな。
“……ここにいる”
「うわぁ、モニターが喋った?!」
誰もいないのにモニターみたいなフラットな板が発光している。
発光に合わせて聞こえてきたのは女性の声だ。どこかで聞いた事があるような気もするが、板の友達なんていただろうか。
“私だ。私”
「私、私詐欺?」
“ナターシャF999999”
「…………おぉ」
“私が死んでいたと思っていただろ。いや、それどころか、すっかり忘れていただろっ!”




