19-7 儀式、十姉妹
天から降り注ぐ炎の濁流は次第に細くなって、そう時間をかけずに消えていく。
傍にいる俺にすら熱さを感じさせない吸引力で、プロミネンスのエネルギーを吸収し切ったクゥ。
「きゃは、あはは」
「お菓子にすらならないけど、味はまぁまぁだったわね」
「あはは、キャハ」
……訂正する。炎が消えた後に現れたのはクゥ達。
女神、義和と同じ装いに早着替えを終えたクゥの周りを、体を透かした類似する姿の女が九人、浮かんでいる。
「クゥ?」
「伍の空と名乗ったのに、もう。私達は十姉妹だって言ったでしょう」
今更、問うまでもない。黄昏世界において十姉妹と名乗れる者達は、過去において世界を灼熱地獄に変えた魔王のみ。
全員討伐されてしまった義和の娘達がどうして復活を果たしたのか、今それを聞くのはナンセンスだ。こうして目の前に十姉妹が復活している。それ以上の脅威があるだろうか。
「まあ、一緒に旅をした御影君だもの。特別に、私をクゥと呼ぶのを許してあげる」
金色の目という特徴は変わっていない。
相手に安心感を覚えさせる親しみある小顔も変わっていない。
後ろでクルクルとまとめたギブソンタックは解いてしまっているが、それでも、壁村で初めて出逢った頃のクゥと変わらない。
……だというのに、クゥを見ていると、どうしてこんなに鳥肌が立つのか。対面しているだけだというのに一秒後には自然発火で体を炎上させて死んでしまうのではないかという恐怖を覚えてしまう。
「ありがとう、御影君。貴方のお陰で姉妹が揃う事ができました。これで無惨に殺されなければならなかった私達の復讐が行えるわ」
「復讐、か。俺もそれなりの専門家だから、言ってくれれば手伝えたかもしれないのに」
「ごめんなさい。別に御影君を信用していなかった訳ではないの。ただ……徒人全員を信用していなかっただけだから、特別、御影君を信じていなかったというのは誤解ね」
クゥはこめかみ付近を指先で小突く。
すると、クゥの頭から光る輪がすり出し、完全に出ると落ちた先にあった指に引っかかった。
「無害な村娘の演技を続けるのも大変だったわ。頭が痛くて痛くて、本当に割れそうだったけど、『緊箍児』を使って自分で自分を村娘に縛りつけていないと、野蛮な徒人ってすぐに私達を殺しにかかるから」
本当に無垢な村娘だったでしょう、とクゥは仲間だった頃のようにフランクに聞いてくる。俺の知るクゥそのままな仕草が逆に不穏だ。
「十姉妹が討伐された理由は、仕事を適当にしてヤンチャしたからだって聞いたぞ」
「そうね。私達は確かに言いつけを守らなかった。姉妹全員で遊んだ。遊んだ。遊んだだけだったのに……どうして殺されなくちゃいけなかったのよッ!!」
突然、怒りの沸点に到達したクゥが片腕を振るう。
たったそれだけの動作で宮殿の壁が一直線に溶解切断されて崩れていく。壁の向こう側にあった山脈も同じように一閃されたのか、時間差でズレ始めた。
岩石が崩落するバックサウンドに負けない怒号で、クゥは声を続ける。
「微生物に等しい徒人共がッ。キサマ達は普段、遊ぶ時に足元の微生物を踏まないようにしているのか? 自分達の行いを省みないでさも自分達が正しいかのように! あの時の私達の恐怖を絶対に味わわせてやる。一人ずつ殺されていった恐怖を植えつけてやる。誰一人逃がしはしない。私達がそうなったように全員殺戮してやる!!」
俺の知るクゥがここまで怒りを露わにしたのは、虎の妖怪に殺意を向けた時だけだ。そういう意味では中身も変わっていない。外見も同じで中身も同じなら、それはもうクゥそのものではないのか。
「皆殺しにしてやる。黄昏世界の生きとし生ける者すべてを殺害して、絶滅させてやらなければ気が済まない!!」
クゥはクゥのままに、どうしようもなく悪性へと変異していた。思考や行動が完全に人類の敵へと堕ちている。
まくし立てたために長距離走の後のごとき酸欠になったクゥが大きく息を吸う。浮遊する姉妹達は優しげにクゥを介抱しており、多少は落ち着きを取り戻したようだ。
「……ふぅ。でも、安心して。この場ではまだ殺さない。すぐに絶滅させたら勿体ないから、ジリジリ熱して恐怖を覚えさせてあげる」
「どうして、そうなるんだ、クゥ?」
「えー? だって仕方がないじゃない。私達姉妹は揃えば揃う程に、どうしようもなく行動のすべてが災いとなるのだから」
意味が分からず、目線でクゥに聞き返す。
姉妹が揃う事と、クゥの変異に何の関係があるというのか。
「だから、そういう存在として創られたんだって」
誰がクゥをそう創ったのか。母親である女神義和が、ではない事は分かる。義和は娘を見殺しにした他の仏神を滅ぼしている。娘を大事に思っていた義和の仕業ではないのは確かだ。
「きゃは、あはは」
「十人揃うと世界を滅ぼしかねない姉妹なのよ。ずっと生かしておく事はできない。生まれながらの世界の敵。そんな娘達が善良な存在だと、可哀相じゃない?」
「ふふ、ふふっ」
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“『十姉妹』、次代の太陽を生み出す儀式。
十の太陽の子の内、一を残す。これにより残った一を次代の太陽とし、燃焼時間を十倍に伸ばす事が可能になる。
通常よりも寿命の長い太陽が世界を長く繁栄させる。オリエンタルシナリオを採用する最大のメリットである。
なお、太陽の子等は心置きなく生贄とできるように、一か所に子が揃えば揃う程に性質が悪へと変化する。逆に孤立する事により精神が善へと変化するため、一となる太陽の性質は必ず善となる副次効果もあり、これ程に心に優しい儀式はない”
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「くすくす」
「創造神に仕組まれた悪性だからこその真性魔王。御影君、理由なんていらないの。私達はどうしようもなく世界を滅亡させたい。分かってくれた?」
「キャハっ、うふふ」
神性を操作できる存在なんて、より上位の存在、つまり創造神以外にありえない訳であるが。
つまるところ、クゥ達姉妹は少し長持ちする電球としか見られていなかったのだ。
「私達を直接殺した救世主職を輩出した徒人共。私達を見殺しにした仏神共。私達をこんな風に創った創造神。世界を滅ぼして全員に復讐してやれる。期待された通り、私達は真性魔王として世界を滅ぼすの」
周囲の姉妹達と同じように浮遊し始めるクゥ。
天井なんてとっくの昔に崩落しているので、赤く肥大化した恒星が席巻する空へと向かってそのまま浮かんでいく。この場で俺達を殺さないというのは本当の事らしい。
「恒星肥大化が極まった時、髪の毛の先から燃えていく。己の体が燃えていく恐怖が世界の最後って訳――」
どこに去ろうとしているかは問うまでもない。義和より奪った恒星の権能を百パーセント発揮できる場所、惑星系の中心へと飛び立つつもりである。
惑星上に留まっていては生前のごとく全滅させられるかもしれない。義和を追い詰めた俺達を多少なりとも警戒はするだろう。
「――ああ、でも世界が滅びる余興に、御影君。貴方は私達の所に来るように。后羿は残念ながらいないから、御影君が代わりになってくれない? 本気の私達の雪辱戦に付き合って欲しいの。もちろんだけど、逃げたらその時点で世界を滅ぼすから、そのつもりで」
引き留める事はできず、かといって、手を振って見送る事もできない。
何もできない俺を置いて、十姉妹は惑星から宇宙へと飛び去った。高度を上げるまでは人の姿を保ち、その後は球状の炎となって一気に加速してすぐに見えなくなった。
真なる決戦の地は惑星上にはあらず。決戦の地は惑星系の中心、恒星。
恒星そのものと俺は戦わなければならない。




