19-6 真の魔王の顕現
コツコツと足音が長い玉座に響く。足音は意識して響かせている。
一人の村娘の、嫌に発光する金目が目立って仕方がない。
「……徒人? いいえ、その目はっ!」
読めない状況に対し、肯定的な反応を示したのはミイラとなった義和だ。
「母様、反魂が遅くなり申し訳ありません。お寂しくありませんでしたでしょうか?」
「まぁ、まぁまぁまぁっ! どの子かしら? お姉さんだった壱? それとも一番家族愛のあった肆?」
「伍です。伍の空であります」
顎に黒曜のナイフを刺されたままだというのに、義和が酷く喜んでいる。黄昏世界すべてを道連れとする復讐の最中だとは思えない。
近づくと共に村娘の顔が見えてくる。遠ければ見間違いを言い張れたというのに、どうして彼女は近づいてくるのか。
「……クゥか?」
「母様。感動の再開に徒人共は邪魔ですわ。排除いたします」
「おい、クゥ!」
俺の呼びかけに一切答えず、代わりに頬に衝撃が走る。飛び込んできた黒八卦炉の宝玉により頬が砕かれた。
他の仲間達も宝玉に襲撃されている。ユウタロウも俺と同じく壁際まで吹き飛んだ。『暗影』で避けている黒曜は流石であるが、義和を放置して退避するしかなかった。
「まぁ、他の子達もいるのですね」
「皆、揃っています。すべては愛する母様との再会のためです」
「なんて母親想いな娘達! さあ、早く近くで顔を見せて」
クゥから異様な気配を感じる。
妖気、と言い表すべき悪しき気配である。そんなものがクゥから発せられるはずがないというのにおかしい。天竺で行方不明になって以降、風呂に入りそびれて臭うだけとか、そいうオチなのだろう、きっとそうだ。
打たれた頬が酷く痛むのに、勝手に出てくる笑い声が乾いてしまう。
「母様。私達のいない間、ご苦労はありませんでしたか?」
「苦労など、今、吹き飛びました」
階段を上ってくるクゥ。
「母様。少しお窶れになったのでは? やはり、心配させてしまいましたのでしょうか?」
「娘が蘇ったのです。それだけで癒されました」
階段を上り切ったクゥ。仲間である俺達を完全に無視して、ソワソワと首だけ動く義和の元へと歩んだ。
クゥは、義和を優しく抱え上げるために片膝をつく。確かに、シーンだけを切り取れば長く離れ離れになっていた母娘の感動の再開だ。ミイラとなった義和が目の洞から涙さえ流している。
「母様。母様」
「伍、ああ、なんて母想いな子。母のために蘇ってくれるなんて」
「母様。お会いしたくございました。お疲れでございました」
抱え上げた義和とクゥは至近距離で見つめ合い、奇跡の再会を喜んだ。
母側はもちろん、娘側も喜びに顔をほころばせている。目尻も頬も緩んで下がり、喜びを祝う言葉を紡ぐ口は大きく開かれて……娘は母の首筋に噛みついた。
「――ぇ?」
義和へと噛みついたクゥは血を啜るように、などという上品な喰い方をせず、ガリボリと骨を咀嚼していく。
「お疲れ様でした、母様。老いた神性はただ去るのみ」
「ど、どうし……て?」
「ご安心ください、母様。母様の復讐も呪いも、娘である私が、私達が受け継ぎましょう。黄昏世界唯一の真性たる、この私達が。ふふ、フフフフっ」
咀嚼を続けるクゥを止めるべきだと分かっているのに、周囲を飛び交う黒八卦炉の宝玉によって邪魔されてしまう。
ミイラとなって体積は減っていたとはいえ、母親を簡単に食べ終えたクゥは最後に喉を鳴らした。
「フフフフ、ハハハハハ! ……権能のない残りカスだった所為で、腹の足しにもならないわね」
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▼クゥ
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“●レベル:43”
“ステータス詳細
●力:15 ●守:10 ●速:7
●魔:43/43
●運:0
●陽:1”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●妖怪固有スキル『擬態(怪)』(New)
●実績達成ボーナススキル『耐日射(小)』
●実績達成ボーナススキル『調理(環形動物門貧毛綱限定)』
●実績達成ボーナススキル『乗り物酔い(強制)』”
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目の前にいる女は、本当にクゥなのだろうか。どこかの妖怪が化けていなければおかしい。あのクゥが母親を喰うなどという狂気を実行できるはずがない。いや、そもそも人間であるはずのクゥの母親は既に、妖怪に喰われて死んでしまっている。義和とはまったくの赤の他人のはずで――。
「母様に蘇りを実感させるのに役立ちましたよ、金角。このためだけに生かしておいてあげましたが、お前はもう用済み」
「……何が、どういう??」
「自分以外の嘘だけが成立するスキルでも使わないと、あの女、私を娘と認知してくれなかったでしょう? お前はそれだけの道具です」
金角ごとき存在、完全に失念していた。
いまさら気にする程ではないというのに……クゥは指先を向けると、そこから発せられたスピキュールによって金角の首を貫通する。体液を水蒸気爆発させて即死させてしまった。
次は自分達の番。こう覚悟させるだけの雑な殺し方だった。
「お前はクゥなのか?」
「私が何者なのかだって? 馬鹿な質問ね、御影君。もう分かっている癖に、生娘みたいにカマトトぶっちゃって。ふふっ」
雰囲気が明らかに異なるが容姿はクゥそのものだ。目の色も特徴的な金色。
「母様と同じ、金色ね」
だからこそ混乱しているのだが……動かない俺に代わって動いたのは黒曜と紅の二人だ。
「合わせろ、闘牛女! コイツは、ヤバいッ」
「分かってらッ。コイツは敵だ!」
「邪魔な女共。私が御影君と話しているのに割り込まないで」
紅の目から発せられた三昧真火、スピキュールを手で掃うクゥ。ただ、その隙に背後に回り込んだ黒曜により背中から心臓を串刺しにされてしまう。
「クゥッ!!」
「よっと。伸びて、“如意棒”」
心臓を刺されたというのに一切気にしないクゥは、二メートルまで伸ばした如意棒で黒曜の頭を打つ。
正面から迫る紅は自律飛行する黒八卦炉の宝玉に腹を打たれ――一度は耐えたが、二度、三度と続いて足が止まる――た後、如意棒の押し倒された。
「――小娘、そこまでだ。そこで止まれ。人間族に留まれ」
背中から炎を噴出するユウタロウ。倒れた体勢から一気に飛び出すと、黒曜と紅を迎撃して満足していたクゥへと迫る。
パワーを活かしてクゥを羽交い絞めにするつもりだ。
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▼ユウタロウ
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“ステータス詳細
●力:4224(2^七戒)”
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『八斎戒』スキルにより殺害は行えなくとも動きは封じれる。圧倒的な『力』を誇るユウタロウに掴まれては村娘が脱出する事など不可能である。
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▼クゥ
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“ステータス詳細
●力:15 → 576650390625(15^十姉妹)”
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……だというのに、クゥは平然とユウタロウの拘束を解いた。それどころが、逆にユウタロウの顔面を片手で鷲掴みにして動きを封じる。指が食い込む程のクゥの『力』にあのユウタロウが膝を折った。
「皆、邪魔。……そうだ、緊箍児のルール変更。皆、私と御影君の会話を邪魔すると頭が割れるわよ」
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“宝貝『緊箍児』。
教育用の宝貝。
聞き分けの悪い幼い神性を教育するための物。ルールを一つ課し、ルールを違反しようとした際には頭を万力で潰す苦痛を与える。それでも、違反しようとすれば頭が潰れてしまうが、神性なので頭の一つや二つは気にしない”
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クゥが手を離したというのに、いや、むしろより表情を歪めて、ユウタロウは頭のこめかみを押さえて苦しんでいる。
よく見れば黒曜と紅も同様だ。ズシンと建物が倒壊したかのような振動は牛魔王と扶桑樹が倒れ込んだものであり、二大妖怪も頭を押さえて苦しんでいた。
「さて、邪魔者達は封じた事だし、御影君。私の正体、言ってくれる?」
一仕事終えたかのようなすっきりした表情でクゥは、ただ一人頭痛のない俺を促してくる。
「クゥは……ただの村娘で」
「御影君さえも信じていない嘘はいいから、さあ」
「それでもクゥはっ!」
「もう無理なんだって。たとえ、御影君が言ってくれなくてもこの世界の結末は変わらないよ?」
これまで散々、嘘吐きな妖怪と戦って嘘を暴いてきたはずの俺が、嘘を吐くなとクゥに追い込まれているのは因果応報か。
仮面の裏からドバっと噴き出した汗が頬を伝って落ちていく。
表情だけは優しげなクゥは何もしてこないというのに、酷く緊張して呼吸が苦しい。どうしてか、今のクゥは怖くて怖くて仕方がない。
……違う。
俺が怖いのは、黄昏世界で俺を支えてくれたクゥとの敵対だ。
「それとも……御影君は、私を止めてくれないの?」
やはり、クゥは俺を支えてくれる。彼女がほんの一瞬だけ、聞こえるか聞こえないかの声量でポロっと出てしまった本音が、うじうじとして動けない俺を決断させた。
「『暗器』解放」
来て欲しくない破局であろうとも対策はしていた。
クゥの嘘を暴く証拠を、ずっと隠し持っていた。
「木簡?」
「……ああ、懐かしいな。クゥと二人で、虎の妖怪の所に行っただろう」
「そうね。そんなに昔って訳でもないのに、もう、懐かしくなっちゃったわね。……それで、あの虎の妖怪が持っていた宝貝を広げてどうしたの?」
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“宝貝『傲慢離職、山月の詩』。
自らの怠惰、傲慢によって職を辞め、詩人を目指した者の末路が書いた詩。最終的に詩人は虎となり姿を消した。
詩人の人生を追体験させる詩であり、この詩を目にした人間は最も上位の職業を一つ離職する事になる”
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「村娘を離職させて、正体を暴くつもり?」
「これは対人間用の宝貝であって、クゥには通じない」
「…………アハっ、私って徒人じゃないんだ。で、その正体は?」
地方官の虎人が所持していた宝貝を取り出したが、宝貝そのものに用はない。
俺がクゥに見せたかったのは、木簡に書かれている名簿の方だ。
「あの虎の妖怪は律儀だった。己の嘘を信用させるため、本物の名簿、壁村から徒人税を徴収するための住民台帳を俺に手渡した」
「御影君は黄昏世界の文字、読めない癖に」
「クゥの名前だけは分かる。クゥが教えてくれただろ」
「そう、ね」
木簡のすべてを確認したが、クゥの名前はどこにも書かれていない。
「古いんでしょ、その名簿」
「本物の名簿まで用意しておいてか?」
「それはないわね。……私の徒人としての義父と義母が首途されたってきちんと書いてあるし」
クゥの出身の壁村の住民台帳にクゥの名前が書かれていない。出生届が提出されていないのだ。
クゥは壁村で生まれていない。
では、クゥという娘は一体、どこから現れた。
「少なくとも、クゥは……村娘では、ない」
「煮え切らない答えね。まあ、御影君にしては頑張ったんじゃない」
クゥの周囲に黒八卦炉の宝玉が集まる。
「丁度、来ちゃったか。もう、何もかも時間切れ」
頭上を見上げたクゥは、ふと、天から降り注いだ炎の濁流によって掻き消えた。
それどころでなくて忘れていたが黄昏世界はプロミネンスの炎で滅亡する寸前だったのだ。その世界滅亡の炎がクゥを焼いている。
あるいは、クゥへと流れ込んでいる。
「――御影君。西を目指すお遊びはもう終わり。これまで嘘をついていたお詫びに、本当の自己紹介をしてあげる。ふふっ」
炎の中からクゥと、クゥ以外の複数の少女の微笑が響く。
「ふふ、ふふ」
「私の名前は、伍の空、伍空。そして、私達の名前は……真性魔王、十姉妹。またの名を、THE・日時計座」
「ふふふ、あはっ」
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“●カウントダウン:残り一週間……、十日……、千秒……、五秒”
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「あははっ」
「姉妹が揃う事により悪性変異する宿命を背負わされた、創造神によって仕組まれた姉妹の魔王」
「きゃは、ふふっ」




