19-4 女神羲和4
「此方のすべてを奪う。また奪う。それが救世主職のやり口なのです!! 此方はいつも被害者で!」
稀代の名画たるヒマワリによって太陽神の権能は衰える。攻撃手段たるスピキュールやプロミネンスが萎んで消えたのがその証明だ。
そして、同じように防御手段たるダークフィラメントも動作停止した事だろう。
対女神、義和の切り札たるかつての混世魔王は、今この瞬間だけ本物の太陽以上に輝くのだ。
「絵ごときがッ!! 真火に耐え切れるとは思わぬ事です」
されど、大輪は既に燃え始めている。太陽よりも太陽に近似する奇跡を見せるヒマワリであるが、いつまでも輝き続けられるものではない。太陽に匹敵する芸術作品であろうとも、空襲によって焼失するのがこの世界の非情さだ。
太陽の権能を内包した瞬間からヒマワリの炎上は始まっていた。もって一分。最悪の場合は数秒。
「『太陽を象徴する花』、輝け! 輝くんだっ」
「不敬な絵は今すぐに燃えてしまえ!」
恒星が発する総エネルギーに数秒さえも耐えてしまうなんて、やはり、ヒマワリは人類最高の作品で間違いない。
ヒマワリがくれた義和討伐のチャンスは何としてでもモノにする。そのために階段を駆け上がる。
「『暗澹』!」
「また、それですかッ」
ヒマワリが咲いている間だけが好機なのだ。失敗は許されないため、闇雲に突撃するだけではなく搦め手も駆使する。
『暗澹』を展開したのは、内部で『分身』を二体生成し、どれが分身体なのかを悟らせないための小技だ。
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▼御影
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“ステータス詳細
●魔:75/122 → 49/122”
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『暗澹』を解除した後、三人になった俺は三方に別れて義和へと迫る。
最初に近付けたのは直進していた俺。
「徒人ごとき、権能がなかろうと関係ないのですッ」
ただ腕を横に振るという技などない義和の動作によって迎撃された。『速』のパラメーターに差があり過ぎて、腕を動かした際に発生する風だけでハリケーンが発生する。
身がひしゃげるような一撃を受けた俺はダメージ限界によって……消滅しない。
「馬鹿めっ。俺が本体だっ」
本体は分身体よりも丈夫なのだ。階段から空中へと飛ばされる程度の衝撃――ちょっと肉や骨がズタズタになったくらいのダメージ――では死にはしない。
本命たる分身体は右と左から義和へと迫り手を伸ばす。
もう少しで触れられるという所まで到達できたが……腕を振って広がった義和の服の袖が突如広がって、分身体を捕食した。
「徒人にできる事程度、神性にできないはずがありません!」
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“宝貝『袖裏乾坤』。
着衣型の宝貝。
天地さえも格納するというどこぞのアサシン職の反則技のような機能を有する。護身用として義和は使用しているが、本来は神性が使う袖のなんでも収納”
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太陽神の権能はまだヒマワリが奪っている。護身具の宝貝か何かだろう。
片方の分身体は袖の中へと消えてしまったが、もう片方は『暗影』で回避できた。義和の頭上へと跳び、自由落下していく。ヴォイドバイドまで残り五センチ。
「祭起、哮天犬!」
どこからか現れたボルゾイ似の大型犬、というには大き過ぎる犬に上半身ごと喰われなければ届いていたというのに残念だ。分身を喰うだけ喰った犬は透けるように姿を消したため、追撃は不可能か。
権能を封じられておきながら抵抗する手段をふんだんに有すると評価してやりたい。が、黄昏世界の最上位神がワザワザ小技に頼っている。追い詰めているのは間違いない。
分身体を作り出せる数は残り三回。
追い詰める手段はまだあるものの時間制限がある分、俺の方が不利か。早めに次の手札を切るとしよう。
吹っ飛ばされて空中に投げ出されている最中なので、まずは義和の傍へと戻るために『暗影』を使用する。
「そのスキル。いい加減、目が慣れたものです。此方の火眼金晴はすべてを見通すと知らなかったようですね」
「その煮詰め過ぎた砂糖みたいな目がどうかしたって?」
「黙るがいい!」
『暗影』の跳躍地点を予測された。義和の手刀が胸の中心を抉るように伸ばされる。
『暗影』はどうせクールタイムに入ったので見破られても問題ない。手刀の方も狙い通りだ。
「誰かある。赤く膨れし太陽に異端の烙印を押す時間だぞ」
呼びかけに応じて肩へと現れた動物裁判の力を借りて、義和に対して世界を破滅させる者に相応しき烙印を押す。
『Squeak.』
「義和、お前に罪あり! 俺はお前を『破門』する!」
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“『破門判決』、敵対認定、異端者の烙印を押すスキル。
ステータスを改訂し、敵対する者に相応しい職を与える”
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「汝は魔王なり!」
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“『魔王殺し』、魔界の厄介者を倒した偉業を証明するスキル。
相手が魔王の場合、攻撃で与えられる苦痛と恐怖が百倍に補正される。
また、攻撃しなくとも、魔王はスキル保持者を知覚しただけで言い知れぬ感覚に怯えて竦み、パラメーター全体が九十九パーセント減の補正を受ける”
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▼羲和
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“ステータス詳細
●力:65535 → 655
●守:65535 → 655
●速:65535 → 655
●魔:18446744073709551615/9223372036854775807(黄昏) → 184467440737095516/92233720368547758(黄昏)
●運:0
●陽:0”
“職業詳細
●仏神(Cランク)(無効化)
●太陽神(Aランク)
●管理神(Cランク)
●妖怪(初心者)
●魔王(初心者) New”
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羲和の手刀が大きく方向を見誤った。パラメーターはまだ十分にあれど、機能が一パーセントまで激減した体を制御できなくなるのは必定だ。俺の体感では、病気で体調不良になるよりも手足が動かなくなる。
意表を突かれ、表情筋を底引き網漁のごとく引きつらせた女神の顔が目の前にあった。確殺距離に入ったので『分身』作成。
分身の手の平が、義和のまだ残っている方の腕に触れる。
「ヴォイドバイド発動!」
「ひィっ、哮天犬?!」
今度こそすべての権能を奪うはずだった。
……そのはずだったが、義和の使役する犬が再び姿を現したかと思うと、主の腕を噛み千切る。すべてを奪われる前に自切されてしまった。
「痛い! 痛い痛い痛いっ!? どうして此方ばかりこのような仕打ちを。誰か、此方を助けるのですっ。そうです、嫦娥はいないのですか。どうしていないのですか!」
「クソ。『分身』追加」
ヴォイドバイド発動のたびに分身を使い潰して残数は残り少ない。今、作った分身体を合わせて残り二。これで決めたいところであるが……パラメーターが十分の一の分身体は脆い。義和が後ろに転ぶまで追い詰めたというのに、護衛の犬に突撃されて壁に埋まってしまう。
確実に追い詰めているというのに犬が邪魔だ。
ヒマワリがもう少しで燃え尽きてしまう。時間がない。
牙を剝いて威嚇する犬を迂回するか倒すかを検討していると、ふと、左右の壁が大きく膨らむ。瓦礫を突き破って現れた者達が犬を強襲する。
「グズグズするな。行けッ」
「ぱぱ、早く!」
ユウタロウと黒曜の二人だ。気を窺っていた仲間が最高のタイミングで現れてくれた。
得物に突かれて動けなくなった犬を跳び越えて義和を追い詰める。
「女神義和、終わりだ!!」




