4-5 命の重さに違いのない村
仮面の正体不明男が襲われる異常事態が起きるくらいなので、普通の顔をしたクゥが襲われるのは当然だった。
「ア? 普通の顔?」
「いえ、村人とは思えない、とても美しい金の瞳の女性です」
クゥを襲っていた男を力尽くで排除する。といっても、相手は妖怪ではなく人間。しかも痩せた老体。ちょっと力加減が難しい。腕を握って放っただけでも、ポキっと骨を鳴らして悲鳴を上げるぐらいには弱いのだ。
妖怪に襲われた事は何度もあるが、黄昏世界の人間に襲われたのは今回が初である。
人間を喰う妖怪が悪で、虐げられる人間が善。こう個人の人間性を平たく見下げた勘違いをしていた訳ではないが、村人に襲われるとは気を緩め過ぎていたな。
薬で体が痺れて動けないクゥを抱えている間も、他の村人が背後で包丁を振り下ろしてくる。バレバレだが。
後ろを見ずに蹴って村人を倒す。心臓部分を踏んで拘束しながら問い掛けた。
「泊めた人間の金品を奪うのがこの村のもてなしか? 残念だが、貴重品は虎人から奪った木簡だけだ。金目の物は持っていないぞ」
「ぜ、税を払うためだ!」
「税?」
「徒人税だ! 何も命まで奪うつもりはなかった。次の徴税までに子供を作ってもらえれば、それでいい!」
俺に踏まれている村人は何を言っているのだろうか。
ただただ困惑していたが、ぽつり、とクゥが答えを口にする。
「もしかしてこの壁村は、子供を妖怪に差し出していた?」
「そうだっ! 妖怪共は数さえあっていれば子供も大人も気にしない。だったら、子供を作って増やせる大人が村に残って村の維持に努めるのが当然だろう!」
「それを何年も続けていたから、村の中で老人なんて珍しい徒人ばかりしか見かけなかったの……」
絶句する。
この壁村は、自分達が生き残るために自分の子供を犠牲にしていた。
地球の歴史でも、飢饉が起きた際には口減らしとして子供を山に捨てたという話は多く残っている。珍しい危機対策ではなく、この壁村が特別異端な訳ではない。
そもそも、人間を喰う妖怪が悪い。
そもそも、人の命は平等であるべきだ。大人も子供も、命の天秤の上では釣り合うべきである。
だから、誰を犠牲にしようと誰も非難する事はできない。
非難できるとすれば、後先考えず子供を優先的に差し出した結果、壁村の高齢化を促進した愚策に対してだが……そんな賢い話はどうでもいいだろう。
「もう、何年も子供が生まれていない。若いんだろ? この村を助けてくれ!」
「反吐が出るッ!」
いっその事、俺が壁村に引導を渡してやろうかとも思ったが、魂の薄汚れた奴等に向き合うだけでも吐き気がする。
早急に外の空気を吸いたくなった。荷物の回収だけ済ませて、垂直跳びで天井を突き破る。
家の屋根に着地して、大きく深呼吸する。
「ふう、落ち着いた」
視界の下方では老いた村人共が走っている姿が見える。どうやら、騒ぎになっているらしい。村人の多くが出歩いている。村全体がかかわっているのは間違いなさそうだ。
「村の中心にある水を生む簡易宝貝を奪えば、この村を干からびらせられるか」
「止めてあげて。同情はできないけど、水は大切なものだから」
「……冗談だ。誰が何をしなくても遠からず、この村は滅びる」
たった一晩も休む事はできなかったが、こんな村、早々に出発するに限る。
もう二度と訪れる事はないだろう。
屋根伝いに壁へと近づき、壁を一気に跳び越える。村人共の気配はそれだけでかなり軽減された。
「外まで探しに出てくるとは思えないが、このまま遠ざかるぞ」
「上下の揺れが気持ち悪いィ。なるべく近場でお願い」
抱えたクゥはもう酔ったのか、青い顔をし始めていた。
壁村の人々は、御影とクゥが逃げ去っていると知らず、村の中を探し回っている。
若い徒人を補充するべく、外界との交易手段たる行商さえも時に襲っており――妖怪公認の行商を襲うなど首を絞める行為だが――、最近ではその行商さえ寄り付かなくなった壁村に現れた貴重な若人だ。村の存続のために何としてでも協力してもらわなければならない。村人達も自分達視点では必死なのである。
ただ、静かに寝静まるべき夜中に騒がしくしているのはいただけない。
黄昏世界の夜中は夜中にあらず。夕方の後半ぐらいの明るさで、山脈の尾根は赤々としているが、それでも深夜だ。
静かに寝静まるべき時刻に騒がしくしていると、あまり良くないものに気取られてしまう。
改めて警告する程ではないのだが……妖怪に対して注意が必要だ。
「ヒャハハ! 夜まで起きている悪い徒人はここかぁ? 食っちまうぜ!!」
住所不定の在野妖怪共は、官吏の目を盗むために深夜に動く。多少の村人を摘まみ食いするだけの大人しい奴等ならまだマシであるが、将来の収穫を気にしない無法者共の場合は悲惨だ。奴等は根こそぎ村人を食べてしまう。
「黄風怪様率いる愚連隊NEETの糧になっちまえよ!」
「なんだァ? 年寄りばかりか。シけた壁村だぜ、ここ」
「干物にする手間が省けていいじゃねえかっ。ギャハハ」
壁村の門を破壊して押し入ってくる雑鬼の集団。武器も鎧も不揃いで欠けた粗悪品ばかりと、分かり易い在野妖怪共である。
たまたま門の近くを通りかかっていた村人が偃月刀で肩口からバッサリ裂かれて死んだ。悲鳴さえ上げる暇がなかった。
物音を聞き、家から出てきた村人は首を矛で突かれて首から上を無くす。当然、悲鳴は上げられないが家の中にいた家族が代理で叫ぶ。そう長くは続かなかった。
村を襲撃した妖怪集団――額にNの文字を刻んでいるので識別し易い――は発見するたび村人を斬っていった。生餌を残す小利口な考えはないのだろうか。
壁村が滅びるのは確実として、崩壊と太陽が昇るのと、どちらが早いかは分からない。




