4-4 夜這い
劣悪な気候と妖怪共に支配された世界での束の間の休息だ。布団の綿は固く体育マットのようであるが、外套を羽織って寝るだけの野宿とは比較にならない。
十分に熟睡できる。
「――の割には、妙に体が火照るな」
眠りに落ちてからおそらく一時間も経っていないのに、目が覚めた。
あまり他人様に言いたくないのだが、人間の三大欲求の内の一つが無駄に主張している。黄昏世界に迷い込んで今まで始末する暇がなかったとはいえ、隣部屋にクゥがいる状況でどうしろと。
淫魔王の呪いと比較すれば軽い。耐えるのはそう難しくない。睡眠欲求を優先したいので、馬鹿になっている下半身は忘れて布団を頭まで被って必死に寝る。
……布団を被ったというのに、ゾワっと、背筋が冷たく震えた。
人の気配を感じ取ったのだ。何者かが外から侵入してきたので、『暗視』スキルで目を凝らす。すると見えてくる、半裸の女。
いや、決して間違っていない表現なのだが間違っているので訂正しよう。
…………俺の二倍から三倍くらい先輩の女が半裸でいる。しかも複数。
「薬が効いた頃かしら」
「いーひひ。今夜は楽しみましょう」
「ギャーーーーッ?!」
不気味な笑顔の女性達を見て、情けなくも叫び上げた。
服をはだけた女性が部屋にいるだけでホラーハウスで上げるような奇声を上げるなど失礼極まる行為だ。が、よく考えて欲しい。時が逆戻って女性達が四十代になったなら俺も若返って赤ん坊だ。見ず知らずの人間を見たら泣き喚くのが普通の反応である。つまり、年を戻して今、俺が泣くのも相対的には自然な反応である。
いや、年の差だけの問題ではない。ゼナとかもっと年齢上だし。
妖怪みたいな人相が受け入れられないだけである。
「どこのどなたですか! 家を間違えていますよ!!」
「やかましいね。天井の染みを数えている間に終わるから静かにしていな」
「久しぶりの若い男さ。私も楽しませてもらうよ、いーヒヒ」
「ひぃッ!」
かつてない悪寒に肌が粟立つ。下手な魔王よりも恐ろしい女共が、俺へと被さってくるのを『暗影』スキルを使用して全力で回避した。
「どこに逃げた?! 薬が効いていないのかい」
「精力剤と痺れ薬を、貴重な食事に混ぜてやったのに」
「若い男の精だよ。逃がしゃしないよ!」
ムカデ尽くしのゲテモノ料理を食わせただけに飽き足らず、痺れ薬まで混ぜ込んでいただと。食っている時に味覚が痺れて欲しかった。
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“『耐毒』、毒物に耐えるスキル。
耐毒スキルはポピュラーかつ分かり易い効果で重宝される。
毒によって怪物となったスキュラ由来のスキルならば、薬草で神となったグラウコスの『神格化』と同程度には強力な効果を発揮するだろう”
“実績達成条件。
本来はスキュラ職のDランクスキルだが、本スキル所持者の体に混じっている”
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夕食時、このオニババア共は見かけなかった。犯行にかかわっている村人は多いのだろうか。
「村で寝床を借りただけなのに、どうしてこんな恐ろしい体験をしてしまう」
まさか自分が夜這いされかけたなどと信じたくない。命を狙われるのとは別次元の恐怖に、体の芯が冷え切ってしまう。
「……あっ、しまった。クゥがまだ残っている!」
あまりにも強い恐怖の所為で、隣部屋にいる同行者の存在を忘れるところだった。
性的なオニババアが巣食う室内を見回す。アサシン職の気配を察知できるはずがないというのに、ギラギラ光る目が一斉にこちらへと向いてくる。
やばい、ヤられる。そう悟った瞬間に『吊橋効果(極)』スキルを発動させる。
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“『吊橋効果(極)』、ドキドキする胸のときめきに恋も危機もないというスキル。
元々は死亡率の高い戦闘下で、共に戦う異性の好感度を上昇させるパッシブスキルであった。スキルが極まった今では、魔王の魅了の呪いに等しいアクティブスキルへと変貌している。
好感度0であっても異性であれば惚れさせる程度は造作もない。パラメーターの最大五割減、スキル発動失敗、破壊的欲情等の強力なデバフ効果を付与可能。
これ以上はなかなか望めない異性特効スキルだが、その分、刃傷沙汰を避けるためにも扱いには細心の注意が必要となる”
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▼オニババア(村人)
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“●レベル:60”
“ステータス詳細
●力:2 → 1
●守:2 → 1
●速:1 → 0
●魔:50/60 → 25/30
●運:0 → 0
●陽:1”
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いや、まさか『吊橋効果(極)』スキルを魔王どころかモンスターですらない人間に向けて使うとは俺も思っていなかった。それほどの危機なのは確かだが。
パラメーターの五割減による突然の筋力低下で転げるオニババア共。打ちどころがきっと悪かったのだろう。ビクビク震えている様子は正視するに耐えない。
下を見ないようにしてクゥがいる隣部屋へ急ぐ。
隣部屋までにはドアも廊下もなく、木製の間仕切りのみがある。
その間仕切りを蹴り倒した先では、布団の上で痺れているクゥと、そのクゥへと跨っている男が一人。男は決して若くない風貌であるが、それでも男。うら若いクゥへと襲い掛かっているのは間違いなかった。
「クゥッ! クソ、遅かっ――ん?」
なお、男の鼻には、痺れながらも唯一動いたと思しきクゥの口が強く噛み付いている。
「ギャアアッ、痛い。痛いいィィ。千切れる、痛いィ」
「クゥ! そんなばっちい鼻を食べるのは止めておけ。ミミズと比較すれば美味いのだろうけど」
「私の壁村の特産を悪く言うなッ」




