4-3 ジャンケン伝来
一時的優太郎を発症してしまったが、現実逃避も続けていれば飽きる。カレーライスがどれだけ美味くても三日目からはカレーうどんに変えたい。
「さてと、クゥ。俺の親友の優太郎がまた現れる前に村を探そうか。カレーがあるといいな」
「御影君がいつもに増して不憫。私がきちんとしないと、うん」
戦闘続きで体が辛い。人間が休める場所を目指して、俺とクゥは赤い砂塵が吹く荒野を歩く。
壁村はまだ発見できていないが、そろそろ辿り着く頃ではないかと思われる。存在感が薄い訳ではないのに忘れかけているが、四足獣の混世魔王に襲撃される前にNEETなる妖怪集団に出くわしている。
遺憾だが、妖怪が集団を組めるぐらいには襲撃する村が多いという事なのだろう。動物は餌場に集まるものである。
「あの山の麓が怪しいな」
「私はこっちの平野部だと思うけど」
方向についてクゥと意見が割れてしまった。
どちらも直感オンリーで根拠がない。そこまで拘りを持っていないので棄権してもいいのだが、それで壁村を発見できなかった場合に角が立つ。
ここは公平を期すため、俺は黄昏世界にジャンケンという文化を伝来させよう。紙と石とハサミさえ存在する文化圏ならイメージし易い。
「手の形で勝敗を決するという単純なルールだ。勝者が示す方向に進むとしよう」
「質問。これって動体視力がお化けな御影君に私が勝てる遊戯なの?」
「不正を働くつもりはないが、疑うというのなら手と同時に声も一緒に出すというのはどうだ」
唇の動きを読んだらどうなる、という質問までは出なかった。読心スキルはあっても読唇スキルはないので実際、無理なのだが。
「掛け声はジャンケンポンかチッケッタで」
「どっちも意味不明な掛け声だけど、ジャンケンポンで」
パーティー内ローカルルールの選定を終えた。
たかが道を決めるだけだというのに、妙に真剣な顔付きとなる俺とクゥ。口をきつく噤むクゥは勝ちを狙っている。
だが、この勝負は始まる前から俺の勝ちがほぼ決まっている。『運』を必要とする勝負で俺に勝てる人類はそうそういない。村娘ごときならばまず不可能だ。
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▼御影
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“ステータス詳細
●運:130”
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▼クゥ
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“ステータス詳細
●運:0”
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ジャンケンポン、と二人で同時に掛け声を発す。続けて手の形を言い合う。
「パー! ……あれ?」
「チョキ! ……やったっ」
手を広げた俺に、クゥは二本の指で対抗している。ま、負けただと。
満面の笑みを浮かべるクゥに対して、項垂れる俺。『運』130が負けるなど。この世界、俺に厳しくないか。
それから三十分でクゥの直感が正しかった事が証明された。彼女が選んだ方向には、四方の壁という規格通りの壁村があったのである。
これまで見てきた壁村と変わらない、薄い壁で囲まれただけの百人前後の小さな村だ。活気に乏しく細々と村民が暮らしているだけ、というのは村民に対して悪いか。
「たのもーっ!」
門を叩いて中に呼びかける。
やや間を置いて、恐る恐るといった感じに顔を出してきたのはやや老け込んだ男性だ。
「――ちょ、徴税官様で?」
「いいや、旅人だ。一晩、休ませて欲しい」
「旅人?? 若い徒人の二人組っ。ささ、どうぞ」
村人のおじさんは扉を開いてくれる。俺の仮面を見てぎょっとしていたが、クゥを見て頷いていた。まあ、ミス村娘があったなら予選をクリアできそうな子だからね。
「私がいると役立つでしょ」
「へいへい、助かっているよ」
村の内部も今まで見てきた壁村とそう変わりない。農具を持った四十代の男性が歩き、水瓶を担いだ五十代の女性が歩き、村中央にある井戸の傍では六十代の村人が井戸端会議に勤しんでいる。平和な村だ。
俺の姿を見た全員が驚いたような視線を向けてくる。仮面に驚かれるのは仕方がない。
「……変な村ね」
特に妙なところのない村だというのに、クゥは違和感を覚えたらしい。
どこに違和感を覚えたのか気になって周囲を観察し、気が付く。村の中心にある井戸から水が溢れているではないか。
「干ばつでどこも水不足なのに、どうして村は水が豊富なんだ?」
「それは壁村には必ず一つ、水を生み出す簡易宝貝が設置されているから。水を生むのに『魔』を消費するから無制限にとはいかないけど、『魔』に余裕がある大人なら贅沢に使えるんじゃない?」
「なるほど」
妖怪を倒してもレベルアップしない黄昏世界でも、経年によるレベルアップは可能らしい。
魔族のレベルアップ手段が限定されるウィズ・アニッシュ・ワールドもそうだった。長く生きた魔族ほどレベルが高く強いのではなく、長く生きて経年によるレベルアップを重ねた魔族が結果的に強くなる。その法則がこの世界の村人にも適用される。
簡易宝貝という一種の魔術具は『魔』を1消費して、手で持ち運び可能な瓶一つ分の水を生む。周りの水分を集めているのか、無から有を生み出しているのか。そのあたりは魔法と同じくファジーだ。
クゥに実践してもらう。
井戸に埋め込まれている青い玉に向けてクゥが手をかざすと、どこからともなく水が生まれた。
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▼クゥ
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“ステータス詳細
●魔:16/16 → 15/16”
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「一度で瓶一つ、ペットボトル一本あるかないか微妙だな。この暑さなら一度や二度では足りない。飲料水として以外にも生活全般で使うはずだろ」
「農業水でも使うかな。一日に回復する『魔』は全体の半分くらいだから、私の『魔』程度だとあまり余裕がない」
「……クゥは一日で『魔』が半分回復するのか。まぁ、全体量の差があるから単純比較は難しいか」
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▼御影
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“ステータス詳細
●魔:43/122”
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ウィズ・アニッシュ・ワールドでは一日もあれば満タンまで回復していたと記憶している。けれども、黄昏世界では良くて一日三割だ。
回復量の差は世界の差。枯れた大地だから、土地のマナが少なく『魔』の回復が遅いのだろう。こうファンタジー的に解釈するしかない。
「体調が悪いと回復が遅いって聞いた事がある。御影君、あなたは疲れているのよ」
クゥの言う通り、俺の体が黄昏世界の気候になれていないというのもあるな。実際、クゥと会う前の遭難時は飲まず食わずで『魔』が枯渇したのだった。
「アジサイがいたなら、氷で涼しむ事もできただろうな」
「そのアジサイって誰?」
「……義理の妹?」
「どうして御影君って義理の家族ばかりなの??」
どうしてだろうね、不思議だね。
その後、俺達は壁村の村長から正式に滞在許可をもらった。人が好い顔をした老村長さんで、気前良く家を貸してくれただけでなく夕食まで提供してくれた。ムカデがメインディッシュとして皿に乗っけられていた光景には目を疑ったが、クゥが普通に頭から食っていたので食うしかなかった。
夕食に胃をやられながら貸してくれた家に向かう。
準備のいい事に、到着した時点で布団は敷かれた状態だった。
同じ部屋に二つ並んでいた布団の一式を目撃したクゥが、「んー」とか言いつつワザワザ隣の部屋へと運んでいく。
「外では並んで眠っているのに今更」
「野外は一人でいると命にかかわりますから。でも、家の中は別。御影君が私に手を出してくるか否かに限らず、節度って大切だと思う」
節度は確かに大切である。世界を移動するたび、誰かとそういう仲になるのは刃傷沙汰的に心臓に悪い。
「御影君が女の子にモテる? ハハ、お姉さんに見栄を張らなくても笑ったりしないよ」
「鼻で笑っていながらよく言ったな。『吊橋効果(極)』を使うぞ、コラァ」
「私は御影君に惚れる世界最後の女でーす」
The Last Person To Do. の英文を直訳したみたいな言葉である。異世界言語の自動翻訳が壊れているのか、黄昏世界の構文なのか判別できそうにない。
「……節度と言えば、御影君の顔の穴って、実はあまり使ったら駄目な奴?」
布団一式を持って隣部屋に消えようとしていたクゥが、真面目なトーンで訊ねてきた。
「どうしてそう思う?」
「豚面のユウタロウ? と戦う時も最初から仮面を外そうとしなかったから。外せないというよりも外さない感じだから。明らかに呪われていそうな顔の穴だったから、使うたび大量の『陽』を使うとかいうリスクがありそう」
サンなる単語の意味は分からない。ただ、クゥの予想はほぼ的中している。仮面の裏側を暴くのは墓を暴く以上のリスクがある。頼れば頼る程に己の自制心は黒い海へと引き込まれて、最終的には悪霊を率いる魔王の出来上がりだ。
それでも頼るしかない場面は残念ながら多い。
「うーん、理解できないけど、やっぱり不安はあるんだ。だったら、私が枷になってあげようか?」
「どういう意味だ?」
「私がいいと言った時だけ、御影君はその仮面を外していい。御影君が自分の自制心に自信がないのなら、普通の村娘の私が自制心の代役になってあげる。そういう事」
ありがた迷惑な提案である。俺の自制心も崩壊も俺のものだ。他人任せにするつもりはない。そもそも、口約束などに意味があるものではない。クゥの許可がなかろうと俺は仮面を外す。
「まあ、クゥの顔を思い浮かべて『ヘイ、クゥ。仮面外していい?』とぐらい聞いてやろう」
「ぞんざいな扱い。もっとお姉さんを頼ってもいいのよ」
仮面を使わなければならない瀬戸際で、村娘の何に頼ればいいという。
頬を膨らませたクゥが隣部屋へと消えていき、俺も布団の中だ。眠気はすぐに訪れる。




