15-4 不定形の混世魔王2
前々作「魔法少女を助けたい」
コミックポルカ様でコミカライズ化しました。ぜひ、ご覧あれ!
優太郎の指示を受けたアジサイは手の平を地上に向けて照準する。
「――零下、凝固、八寒、凍結世界、命の灯火さえ凍り付く永遠の白き世界が訪れるであろう」
お試しで行使された五節魔法が、不定形型のモンスターを白く染め上げて静止させた。
結果はマズマズだった。不純物が多いため水のように氷点下ですぐに凍る程ではないが、マイナス二十度ほどから動きが鈍り始めて、五十度まで周辺温度を下げればほぼ動きが止まる。アジサイの氷魔法で実現可能な冷却範囲だ。
五節魔法の効果範囲内にいた不定形モンスターは不気味な氷像となった。それでも無理に動こうとする個体は足首から割れ落ちて、粉々な破片となっていく。
百体は動きを封じたものの、広範囲に散らばり数も多い敵群は氷結範囲を迂回して進行を続ける。五節では制圧できそうにない。
地上の様子を確認し終えたアジサイは、アクセサリーのように身に着けている氷の結晶、氷封された魔法を一つ割った。
「氷封六節魔法“フロストフラワー”」
人間の域を超えた魔導の力が五節魔法の二十倍近い範囲を、それも瞬間的に凍結させてしまった。凍った不定形モンスターの姿はトゲトゲしい花の形に整えられており美しさでも五節を超越している。
「オーダー通りだ、アジサイ。自然現象レベルの威力なのは頼もしい。その分、『魔』も消費も激しそうだが」
「氷封する時にある程度の『魔』もパッケージしてる。発動速度も継戦能力も私の魔法は優秀」
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▼アジサイ
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“●レベル:116”
“ステータス詳細
●力:37 守:57 速:95
●魔:368/505
●運:21”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●魔法使い固有スキル『魔・良成長』
●魔法使い固有スキル『三節呪文』
●魔法使い固有スキル『魔・回復速度上昇』
●魔法使い固有スキル『四節呪文』
●魔法使い固有スキル『五節呪文』
●魔導師固有スキル『魔・消費半減』
●実績達成ボーナススキル『耐幻術』
●実績達成ボーナススキル『氷魔法研鑽』
●実績達成ボーナススキル『インファイト・マジシャン』
●実績達成ボーナススキル『姉の愛』
●実績達成ボーナススキル『成金』
●実績達成ボーナススキル『破産』
●実績達成ボーナススキル『一発逆転』
●実績達成ボーナススキル『野宿』
×実績達成ボーナススキル『不運なる宿命』(非表示)(無効化)
●実績達成ボーナススキル『呪文一節省略』
●実績達成ボーナススキル『氷封魔法』”
“職業詳細
●魔導師(初心者)”
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アジサイが胸を張って誇るだけの事はある。地上流出している不定形型のおよそ三割がたった一つの魔法によって行動不能となっていた。
氷封の備蓄にも余裕がある事を示すために、氷のアクセサリーを見せびらかせている。
一方、明確な脅威を感じ取った不定形型の混世魔王は地下より増援を増やす速度を上げた。噴出拠点の奇怪な形をした木々の森は広がりを見せる。
「……発動速度については、ラベンダーに劣るけど」
「そうかな。――“プレートテクトニクス”」
不定形型の思惑を大陸移動魔法で即時潰したのは、土の魔法使いラベンダーだ。彼女はたった一言の呪文で七節に相当する魔法を発動させてしまい、視界全域の地盤を圧し潰して流出口を無理やり塞ぐ。震度五に相当する地震はただの余波に過ぎない。
呪文はラベンダーの口から発せられた。が、声質がいつのも彼女のものとは異なった。
いや、人間の声帯が発する音とは異なったというべきか。ボイスチェンジャーによる加工ともまた異なる。情報が濃縮された音であり、人語に聞こえる何かだろう。
「私の氷封魔法の欠点は事前に氷封が必要な事、維持コストがかかる事、ストックが尽きれば発動できなくなる事。だけど、ラベンダーにはそれがない」
「私は一回の消費が皆よりも多いし、加減が効かない」
「ラベンダーの『悪魔の発声法』は、そもそも人間が真似できるはずがない」
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“『悪魔の発声法』、真性悪魔が用いる独特の発声スキル。
根源的、魔法的な存在たる真性悪魔の声帯に備わる機能。真性悪魔であれば当たり前に有する器官であり、人間が肺で酸素を吸うくらいに当たり前なもの。ゆえに本来はスキル化されない平々凡々な発声法である。
スキル効果としては、八節までの呪文をたった一言に圧縮して発音し、魔法を発動できるようになる。九節も唱えられる可能性があるが、代わりに声帯が回復不能なレベルで破損する。それ以前に九節魔法は惑星が耐えられない”
”《追記》
どうして人間が覚えちゃっているの、怖”
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「あと、喉が枯れて翌日痛くなるからのど飴がいる」
「そんな代償で七節を唱えるラベンダーは異常。おかしい」
「そうかな。ちょっと練習すれば、アジサイも何となくできるって」
「無茶言うな。常人は声を出そうとしただけで喉が潰れるか発狂する」
「ちょっと待て。歩く自然災害発生機のお前達が常人の枠なら、大学生の俺はミジンコか何かか?」
会話する余裕を見せる三人。それだけ不定形型を圧倒できてしまっている。
御影や黒曜が敗退させられた混世魔王を手玉に取っている理由は、彼女達、天竜川の魔法使い達が一対多の戦闘に慣れ親しんでいるからだろう。遠距離からの広域破壊も得意だ。アサシン職型救世主が決して弱い訳ではない。
何より、地球の管理神、ウィズ・アニッシュ・ワールドの管理神の二柱のサポートが強大だ。人類の枠組みを超えるパワーアップも管理神が職業ルールに手を加えたからである。
パワーアップが過ぎた感はあるが。文明を破壊しかねない力を手にした個人は危険だろう。本当であれば座付きの魔王認定を受けて討伐を促されるべきなのだが、えこひいきにも魔法使い達は見逃されている。
……それでも、複数世界の管理神のサポートを受けた結果、生まれた怪物であればまだ納得感はあっただろう。
「敵は動きを止めた。これで、小心者なただの大学生でも落ち着いて考察できる」
一般人でありながら戦場を俯瞰して思案にふけっている紙屋優太郎は、どう捉えるべきだろうか。
命を奪う化物の群れが近くにいるという状況で恐ろしく冷静だ。突然、別世界から召喚されたばかりとは決して思えない。
「混世魔王は地球産の悪霊で、人類に強烈な恨みを抱いているんだったな。地下から現れる液体状という特徴が大きなヒントだ。液体の形状も様々。動物裁判の時と同じく悪霊の集合体と仮定される。アジサイの魔法で氷結した温度も特定のヒントか」
左右の手の平を合わせた拝むみたいな形を作り、額を時々こずいて脳内からアイディアを取り出している。
「事前に人類を恨みそうな絶滅動物は調べていたが、人類が絶滅させた生物はかなり多い。ある意味、生存競争だ。人類の業は深いが絶滅の恨みだけではありきたりで混世魔王に選出され辛いのか? ヒマワリ、パンジャ……、動物裁判という前例がその証拠だ。俺の偽者は何だろな」
召喚されてものの数分で混世魔王の正体に迫っていく。早くしないと他二人が先にタイムアップで帰ってしまうので優太郎としては切実なのだ。
ただし、『正体不明』をインスタントラーメンを作る間に突破しようとする男を目撃中の隣の村娘は、ただただ絶句だ。
「混世魔王の数は職業ランクと同じ。俺が知らないのはSランクだけか。ランクは強さに依存しているが、混世魔王の強さは人類への恨みの強さだ。屈辱を感じている期間の長さとも言える。動物裁判よりも長い歴史を持つ人類と関わりある液体。……まあ、確定でいいだろう」
優太郎は不定形型の正体をある程度早い段階で気付きつつも、慎重に否定する要素がないかを検討していた。
顔を正面に向けたので結論は出たらしい。
「人類が直接手を下していない部分は弱いが、死後の死体損壊による祟りというのはむしろ霊的にポピュラーだ。墓を荒らした盗掘者が呪い殺されたなんて話はありふれている。そして、決定的なのは膨大な産出量。大量生産、大量消費による件数だけで他を圧倒する」
地上で動いている不定形型モンスターはもういない。アジサイがすべて氷漬けにしてしまった。
地下より新たな噴出もない。ラベンダーが地面を固めて亀裂すら走らない。
「混世魔王。お前の正体は……石油だな?」
最後に優太郎が不定形型の混世魔王の正体を言い当てた。これで混世魔王は終わりだ。
『――ふ、ふ、ふはは、終わった。終わったぞ、人類! 我等を混世魔王ごとき域に留めておけばよいものを。迂闊にも我等を暴いてしまったぞ』
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▼不定形の混世魔王 偽名、九嬰 → 石油
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“●レベル:???”
“ステータス詳細
●力:??? 守:??? 速:???
●魔:???/???
●運:???”
●人類復讐者固有スキル『人類萎縮権』
●人類復讐者固有スキル『人類断罪権』
●人類復讐者固有スキル『人類平伏権』
●人類復讐者固有スキル『人類搾取権』
●人類復讐者固有スキル『人類報復権』
●人類復讐者固有スキル『人類抹殺権』
×実績達成スキル『正体不明』(無効)
◎実績達成スキル『正体不明(?)』(発動中)
●実績達成スキル『億年の??』
●実績達成スキル『猛毒』
●実績達成スキル『粘着性』
●実績達成スキル『文明の燃料』
●実績達成スキル『????説』
●実績達成スキル『????説』”
“職業詳細
●人類復讐者(Sランク)”
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“『文明の燃料』、人類の文明を燈す燃料が冠するスキル。
二千二十年末時点で一兆七千億バレルが埋蔵されている。
電気やガソリンというエネルギーとして、服や家財の素材として、様々に石油は活用されている。石油の活用範囲は広い。今後も浪費は続くであろう”
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『――暴いてくれた礼だ。全力で殺してくれよう』
正体を暴かれた瞬間、石油と判明した不定形型の総量が一兆バレル以上に膨れ上がる。ラベンダーは地面を固めていたものの一兆バレルは想定外だ。地面のあちこちが破裂して黒い水しぶきが立ち昇る。一部は、空に浮かぶ魔法使い二人を明らかに狙っていた。
即座の退避が求められた。アジサイとラベンダーはともかく、優太郎は自力で逃れられない。
二人は優太郎を抱えて逃げようとして、目を見開く。
「――かァッ」
石油由来の服が、着ている優太郎の首を締め付けて窒息させているところを目撃してしまった。
……コミカライズ化でイケメン化したから、優太郎の首を絞めた訳ではありません。




