15-3 四足獣の混世魔王4
クゥが黒八卦炉の宝玉を使い、召喚を実施する。
黒八卦炉の膨大な『魔』があれば別世界よりの人の召喚も自由である。が、クゥが代行して地球から人材を召喚するのはやり過ぎだ。願いを叶える宝玉だからどんな願いも自由だというのだろうか。
「そんな訳がない。黒八卦炉の宝玉に叶える事ができる願いは、黒八卦炉が叶える事ができる願いだけ。所詮は有限の力よ」
次代の管理神の幼体だった者が使う機会なく残留した『魔』だ。人間が願う程度の願いであれば苦も無く叶える。
「――全然、足りない。恒星の核融合を支えて延命するだけのエネルギーには、全然足りないの」
クゥの呟きは、三つの宝玉より吹き荒れる黒い炎に掻き消えて、俺の耳に届かなかった。
三か所に開かれた炎のゲートそれぞれより、人の上半身が現れる。
一人は、氷の魔法使い、アジサイ。
一人は、土の魔法使い、ラベンダー。
一人は、ただの大学生、紙屋優太郎。
「兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん」
「あれ、私でよかったの?」
「ええい、非戦闘員の俺を呼ぶなっ!」
何だか珍しい組み合わせだ。実力は一人を除いて問題ないとはいえ、どういった基準で選ばれたかは黒八卦炉の宝玉に一任されている。
今回のオーダーは混世魔王への対抗だ。不定形型をどうにかできる要素が三人にはあるのだろう。
「って、空中かよ? どうして浮いているかはともかく、今回の出張理由は地上にいる奴等か」
「優太郎。待て、逸るな。不定形型の混世魔王の正体を暴いてはダ――ッ」
警告を言い終わる前に、ようやく追ってきた四足獣型の襲撃に動くしかなかった。大陸弾道弾の勢いで飛んでくる四足獣型に反応できるのは俺一人だ。
炎を噴出しながら急速接近する鼻頭をエルフナイフで弾く。軌道は多少逸らせたものの、伸ばされた爪先が首を狙ってくる。
「こいつッ!」
“GAッ、GAFFッ!!”
慌てて盾にしたナイフが爪を受け止めたが、衝撃はそのまま体を押す。四足獣型の上昇に引っ張られて上空へと飛んでいく。
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“先駆者(惑星周回軌道)、惑星周回軌道へと一早く生存したまま到達した証のスキル。
惑星周回軌道への到達を実現する”
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強制的に引っ張られていく。逃れようとする体を前脚が掴んで離さない。
「どこまでいくつもりだ、お前!」
“GAAAAッ”
「このまま成層圏突破するつもりかッ!」
生身のまま宇宙に向かって無事でいられる自信があるはずもなく、必死の抵抗だ。
前脚をエルフナイフで斬って攻撃し、突き刺して抉る。それでも四足獣型は俺を離さず、更に肩口に噛みついて絶対に逃がさない意思表示だ。
絶対に殺害する。
お前も同じ悲惨な末路を味わわせてやる。
そういった覚悟を持った復讐者に対して、ただの生存本能では足りないらしい。痛覚を刺激しても無視される。『暗澹』を発動してからの前脚切断でも、切断したはずの前脚が動いて俺を離しはしない。
「酸素がっ」
周囲が暗くなる高度まで上昇してしまった。惑星が円盤などではなく球体であると目視できる高度だ。エベレストは既に過ぎ去った。
酸素が希薄で息苦しい。
大気摩擦による熱も問題だ。130の『守』は装甲厚で何ミリ相当で、スペースシャトルの外壁よりも耐熱性能はあるのだろうか。分からないので対処しよう。
「『既知スキル習得』発動。対象は蟲星怪生物の『環境適応』だ」
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“『既知スキル習得(A級以下)』、スキルは体で覚えるスキル。
他人の固有スキルをラーニングできる”
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“『環境適応』、極限環境に適応し反映するためのスキル。
生物の環境適応能力を象徴するスキルであり、地下の無酸素高温地域、海の熱水噴出孔にさえ適応する驚異的な適応性を発揮する。
蟲星生物ならばマグマ溜まりから真空宇宙にさえ適応するだろう”
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スキル持続中は深宇宙に放り投げられても窒息する事はなくなった。が、それはそれとして窮地は続く。
体にかかっていた加速度が消え失せて、万有引力も感じられなくなって、周囲一帯は深々とした藍色だ。正確な高度は不明なので学者に笑われてしまうかもしれないが、きっと、ここは宇宙なのだろう。
ようやく解放された体はベクトル方向へと等速移動を開始する。
足をバタつかせたところで水泳ではないので四足獣型から遠ざかるベクトルを打ち消せない。放出された俺は、惑星方向とは真逆に遠ざかっていく。
「ッ! ッ!!」
混世魔王への罵倒を発音できない。空気がないのだから当然である。
ちなみに、喋った言葉は「俺を宇宙に不法投棄するつもりか! ゴミじゃねぇぞ!」だ。直接対決での敗北により力量差を悟った四足獣型は、どうすれば俺と戦わずに勝利できるかを考えたらしい。
獣でありながら工夫も行う知能を有している四足獣。
宇宙に到達している状況。
ぼんやりとであるが四足獣型の混世魔王の正体が見えてきた。
「ッ!!」
いやまあ、声も出せないのに正体を暴いている余裕はないのだが。
これ以上、距離が開くのはマズい。地球に帰れなくなってしまう。
蟲星の怪生物のスキルが続くが、こういう時に役立つのは『マジックハンド』だ。消費『魔』も優秀ながらに、対象を掴むというシンプルな機能が使い易い。
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“『マジックハンド』、手の届かない遠方のものを掴める便利なスキル。
一回に『魔』を1消費して、遠隔地のものを引き寄せるスキル”
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四足獣型の背中の毛を掴んで宇宙放流刑を阻止した。
すぐさま四肢より火を噴いてアクロバティックな飛行を行う四足獣型。俺を振り払おうとして必死になっている。
億万長者が大枚をはたく貴重な宇宙旅行だというのに、上下の感覚のない気色悪さにただただゲロりそうになるだけだ。
「……まあ、あいつなら大丈夫だろう。たぶん」
地球周回軌道まで飛んでいってしまった御影を見上げていた優太郎は、首が痛いので見上げるのを止めた。
「紙屋先輩、本当に大丈夫でしょうか?」
「心配したところで何もできないだろ。俺達は召喚のタイムリミットがくる前に、下の奴等をどうにかするべきだ」
「そうです。概念ユウタロウ。地上のヤバげな呪詛をどうにかしてください」
「そこの娘っ子は村娘ロールプレイを止めたのか?」
「し、失礼なっ。わ、わた、私は村娘です」
「あー、はいはい」
力のない優太郎は指揮役に徹して、不定形型の混世魔王の討伐に挑むらしい。
「地面から湧き出しているように見えるな。動物の形状を作って動いているが、本質は液体。……なるほど、妥当な人選だ」
優太郎は二人の魔法使いに指示を出す。
「アジサイは氷魔法で凍らせて動きを封じろ。ラベンダーは土魔法で出現する亀裂を埋めて増援を止めろ」




