15-2 パンジャンど……
巨体がもたらす剛力が巨大な車輪を振りかぶる。
距離はかなり遠い。普通に考えれば届くはずはないというのに、あの黒い巨大オークであれば確実に俺の所まで届かせられるという信頼感があった。
「ユウ……なんとか。お前、そんな不良品を投擲するなんて危ないぞ!」
同時に、投擲されようとしている車輪の行動は何もかも失敗するという信頼感もあったが。
ミシンで使用するボビンのごとき形状の車輪も混世魔王の一種であり人類に対する恨みは強い。巨体に詰め込んだ炸裂力も本物だ。けれども、車輪にポン付けされたロケットがすべてを台無しにしてしまっている。
巨人の混世魔王のコントロールがどれだけ巧みであっても、ロケットで回転する車輪はあらぬ方向にカーブする。俺を狙ったとしても到達する事は決してないのだ。
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“『フォーティテュード作戦』、失敗前提、いや、失敗を目的とした作戦が元となったスキル。
本スキル所持者の行動は――失敗する”
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混世魔王の増援が増援にならない事を察して安堵する。
巨人は体を回転させる砲丸投げのモーションで、車輪を振り回した後に手を離した。
『嘲笑を止めない愚かな人類よ。ロケット出力を二倍に増した我が身と共に炸裂せよ――』
『コレの性質は把握している。ようするに、命中させたい相手を狙わなければいいのだろう』
『――んっ? 豚面よ。なにゆえ、我等が盟主目掛けて我を投擲したのか?』
空中に放られた後だった。車輪に等間隔に並んだロケットが火を噴く。それにより高速回転する車輪型の混世魔王。歪ながらにUFOのようである。投げられた先たる不定形型の混世魔王が噴出する森に向かって加速していく。
まさか、巨人型の混世魔王が裏切って俺を援護してくれたのか。やっぱりお前はユウタロウだったのか。
……あれ、車輪同士が同期して回っていない所為かカーブしてしまったぞ。
狙った先たる不定形型を迂回していき、どこに飛んでいくかと思えば何故か扶桑樹の幹へと楕円軌道で迫ってきて――。
『――爆散!!』
「また私ですかッ?!」
大爆発が足元より響いた。体が浮かんで天井に衝突する。その後もピンボールみたいに跳ね続けて体を打ちまくる。
頭から突っ込んで首を折らないように体を丸めるのが精一杯だ。レベルアップで『守』が上昇していなければ鶏つくねと化していたに違いない。
「扶桑樹に直撃したのか」
「やられました。倒れます!」
ブチブチと植物に亀裂が走る音が響いたかと思えば、落ちた先の床が傾斜していく。滑り落ちていこうとする俺の体を、扶桑樹の人間体が被さって支えてくれた。
下方に見えたのは赤い砂の地面だ。
扶桑樹の幹の半分から上が折れてしまったのか。洞の入口が下方向に変わっているのだから間違いない。
「あっ」
俺が落ちないようにしてくれていた扶桑樹が、ふと、切ない声と共に片手を伸ばした。
扶桑樹の手の先で、十姉妹の祭壇が滑り落ちていく。
最初の衝撃で壊れて原形の分からなくなった木片も多かったが扶桑樹にとっては大事なものばかりだった。俺などに構っていないで拾いにいけばよいものを、扶桑樹は奥歯を噛んで回収を断念する。
「扶桑樹、大丈夫か?」
「問題ありません。今は、問題ありません」
「あ、いや……。そうだ、ぽっきり折れてしまって体は大丈夫なのか!」
「回復は可能ですが、被害が蓄積してしまっていてすぐには無理です」
身体が分離しても死なないのは万能ねぎみたいで流石である。が、根と胴体が分離してしまっているために根を操れない。
不定形型の群への対抗手段が失われた。
こうなれば、数の多い敵は苦手などと言っていられない。扶桑樹の回復にどれだけ時間がかかるか分からないが、迎撃に動こう。
“GAFFFFFFFFFFFFFF!!”
……いや、混世魔王が一手早く動いた。
幹を無理やり破って登場した四足獣の咆哮に体が揺らされた。頭部が侵入してきただけであったが、隙間から炎が吹き込んできて洞の中を眩く照らしている。
炭化して脆くなった侵入口を広げて四足獣はもがき、獰猛に噛みついてきた。
「四足獣型の混世魔王までか!」
“GAFFッ!!”
混世魔王共は本気だ。これまで遭遇した内、未討伐だった混世魔王をすべて動員して襲撃を仕掛けてきた。職業ランクと同じだけの混世魔王がいるとすれば全戦力。パーティーを組んで攻撃してくるなど真っ当な魔王のやる事ではない。
回復中の扶桑樹をやらせる訳にはいかないので押し退ける。
エルフナイフを構えて四足獣の顔の迎撃に移る。立地は悪いが向こうも体を半分、埋めていて動きは悪い。
牙を避けてからのカウンターを狙う……と見せかけてのスキル誘発が本命だ。
“GAFFFFFFFFFFFFFF!!”
「平伏強制スキルは面倒だからな、早めに使わせる」
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“『人類平伏権』、復讐するべき人類に形だけの謝罪を強制するスキル。
視界内にいる人の類に平伏を強いる事ができる。一度平伏させた相手に対しては一時間のインターバルが必要となる”
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獣は単純だ。隙を見せれば安易に殺しにくる。
ほぼ九十角に傾斜している環境で土下座をさせられると落下するしかないのだが、そこは月桂花に丸投げである。
「桂さん、このまま外に。混世魔王の近くにいると『魔』を吸われます」
「承知しましたわ」
落下先で待ち構えていた月桂花にキャッチされた。人類ではない扶桑樹よりも人類の俺達を狙うという想定のもと、四足獣型を置いてそのまま扶桑樹の洞から出ていく。
“G、GAFF??”
何故か一瞬、四足獣型が追うべきかどうか悩む素振りを見せた。顔がないだけで俺は人間だし、浮かんでいるだけで月桂花も人間だぞ。失敬な。
外に出てからようやく気付いた。
爆発の余波で着火した不定形型の群体が、燃えながらも歩いている。さながら地獄の光景であるが、あながち間違っていない。混世魔王は人類に復讐心を抱いた悪霊だったもの。地獄が実在したなら、燃える亡者が列を成す灼熱地獄くらいはあるのだろう。
「不定形型の性質に可燃性も追加か。やっぱり正体は――」
それはそうと、こんな地獄の光景が広がっているのにクゥ達は無事なのだろうか。奇跡の生還で再会したばかりだというのにまた大爆発で逸れてしまうなんてワンパターンな村娘である。
「爆発オチを担当したつもりはないから!」
浮遊する俺達を発見したのだろう。クゥ達の方から飛んできた。
どうやら無傷のようであるが、その理由はクゥ達を囲む薄赤い球状の膜というかバリアというか。よく分からないモノに守られた状態で尻尾馬に騎乗しており……何だそれ。
「無事だったの、御影君!」
「そっちこそ無事だったのか、クゥ。そのバリアは何だ??」
「ただの村娘バリア」
なるほど、ただの村娘バリアか。……あの、そろそろ、深く考えたくなくて思考停止する側の身にもなって欲しいのですが。
ただの村娘バリアを解除したクゥが、特に事前告知なく馬の背より躊躇なく跳ぶ。
月桂花の傍から俺も跳び、慌てて彼女の体を抱えてキャッチした。
「危ないぞ!」
「空からの落下くらい危険にもならない。それより、混世魔王をどうにかしないと。特に黒い不定形型は放置できない。御影君ならどうにかできそうな方法か人を、知っているわよね?」
「不定形型は手出しできないんだって」
「億年単位で熟成されたとしか思えない呪詛の塊よ、あれ! 混世魔王の反魂術は『正体不明』で正体を偽装して受肉しているだけの紛い物。だから、『正体不明』を解除すれば倒せるはず」
「その『正体不明』が手出しできないって言っているんだ」
「概念ユウタロウならどう? 試してみましょう」
至近距離で訴えてきたクゥ。彼女に追随して自律飛行する黒八卦炉の宝玉が三つ、くるくる回っている。
ただの村人浮遊で自由落下速度が緩やかになる中、クゥが黒八卦炉の宝玉に懇願した。
「お、おい。クゥ、どうするつもりだ?!」
「黒八卦炉の宝玉よ。混世魔王への対抗手段を、御影君が願ったと仮定して叶えなさい」




