14-13 復讐は復讐を呼ぶ
やかましく騒いで暴れていた扶桑樹が急に静かになった。救世主職に対する怨嗟はなくなり根の動きも停止する。明らかに何かあったのだと傍から見てもすぐに分かる。
満月の下、異形の森の上空を歩いている月桂花も気付いた様子だ。
「御影様が扶桑樹の調伏に成功されましたね。流石の手際です」
「あの扶桑樹が!? ゲッケイッ、何を仕出かした。お前の仕業だな!」
「まさか。私は何もしておりませんし必要もありません。御影様にとっては世界樹も雑草取りもどちらも同じ。討伐する方がより単純だったはずですが、鎮静化して生きて捕える余裕さえあったのでしょう」
「扶桑樹から私の所に尻尾撒いて逃げてきたあの男が? はっ、私を笑わせたければマシな冗談を言ってみせろ、ゲッケイ!」
冗談では済まされない有毒胞子を上空に大量散布するヒガンバナ。少量でも肺に吸い込めば内臓から溶けて惨い死に方をしてしまうが、気にせず魔草に命じて空へと放出させていた。
何もない空中を足場にしている月桂花を狙ったものである。が、加減知らずに胞子を撒いた結果、周辺全体に広がってしまっている。胞子が濃密で霧のようだ。このままでは近隣にいる御影パーティーにも被害が出てしまうだろう。
月桂花が黙って見過ごすはずもないが。
「――偽造、誘導、霧散、朧月夜、夢虫の夢は妨げないだろう」
四節の呪文にて、拡散する前に胞子の無害化に成功する。
「以前よりも魔法の効果範囲は広がっていますが、神性の力を得てこの程度ですか。期待外れですわ」
“此方の力不足ではない。此方の権能を引き出せない其方に責任がある”
「権能がわたくしの体に馴染んでくれないのです」
“共通項に乏しい此方を憑依させられただけでも奇跡だと言ったであろう”
救世主職相手に一歩も引いていないというのに月桂花は不満気な表情だ。自分の体の中央付近を手で小突いている。
「ゲッケイッ、覚悟!!」
霧散していく胞子の中より飛び出したヒガンバナが月桂花を掴んだ。
ヒガンバナの接近に気付けなかったのは胞子で視界不良だった所為であるが、月桂花の迎撃が間に合わなかったのは対抗呪文を唱えた直後だったためである。
「同時に一種類の事象だけしか無効化できない弱点は残ったままだったな、ゲッケイッ」
「……そういえば、毒草で牽制しながら、川をせき止めて起こした鉄砲水で巻き込み自殺を図った魔法使いがいましたね」
「体を掴んだ。逃がさない、これで終わりだ」
ヒガンバナは指先より赤い毒花を発芽させた。『長呪文』で品種改良を施し過ぎた所為で毒性はヒドラ毒を超えた花だ。それでも、儚げな花びらの形状は原種を維持しているから酷く不気味だろう。
己が最も信頼する赤い花でヒガンバナは仕留めにかかる。
花弁が月桂花の肌に触れた。
「――偽造、霧散、朧月雲。わたくし一人を守るだけなら三節で十分でしょう」
「今だッ」
いや、赤い毒花は囮だ。
ヒガンバナは服の下に忍ばせていた魔草に衝撃を与える。地球にもカタバミのように種を飛ばす植物はあるが、彼女が別世界で採取しておいた魔草が飛ばす種の速度はライフル弾並みだ。無数の種が一気に弾け飛ぶ性質はクレイモア地雷と呼ぶべきかもしれない。
種はある程度の指向性を持っており多くは月桂花の体に浴びせられたが、ヒガンバナもただでは済まない。共倒れ覚悟の攻撃であった。
月桂花の細い体を多数の種が貫通していく。
「毒と種、同時には無効化できないはずだ。ゲッケイを倒した!」
「……複数の攻撃でわたくしを倒そうとしてきた魔法使いであれば、前例は数えるくらいにありますわ。まあ、魔法ではなく腹を蹴ってきた例は一つしかありませんが。そういった意味で、貴女の策は陳腐です」
薄く透過された月桂花の肉体。種は彼女を素通りしていったため無傷だ。毒花も肌をすり抜けておりノーダメージである。
攻撃を無効化するのではなく、己を曖昧化させて攻撃をスルーさせる。一歩間違えれば存在が霧散してしまう危険性があるというのに、月桂花には消えてしまう事への恐怖がないようだ。
無傷の月桂花に対して、至近距離より種を受けたヒガンバナは重傷だ。血を吹いた片目は閉じられてしまっている。
重力に従い落下を開始したヒガンバナに攻撃手段はないため、ただただ呪う。
「魔法使いを生贄に捧げる魔女は滅ぼす、絶対に滅ぼすッ。魔女の背後に潜む世界樹もろとも根絶する。それが、あの時代、あの天竜川にいた皆の願いだッ!!」
「復讐される謂れであれば吐いて捨てる程にありますので。貴女の怨嗟は正当なものですよ、と言えば満足してもらえますでしょうか?」
「この命に換えても、ゲッケイと主様に復讐してやるッ。あの仮面の男もお前の仲間か? クっ、本気で毒殺しておけば、お前の無感情な顔を愉快に歪ませてやれた。今からでも始末し――」
喚かれるだけであれば月桂花は気にしなかった。無理をして勝手に自滅していく相手に手を出すつもりも少し前までなかったのだが……間違った憎悪を口にするヒガンバナを黙らせるために呪文を唱える。
「――沈黙、睡眠、催眠月。黙りなさい、ヒガンバナ。わたくしへの復讐は正当であっても、御影様を害する事だけは絶対に間違いですわ」
睡眠を強制する魔法をかけられたヒガンバナは意識を半分以上失った。意識をこれ以上失わないように必死に口を動かしても、寝言のような発音しかできそうにない。
「――っ、ゲッケイ! お前に……復讐してやる。復讐だ……」
「何せ、御影様は世界をお救いになられたのですから」
「私が、お前と……主様に、復讐を!」
落ちる寸前、ヒガンバナは最後に聞いた。
「御影様が主様を討ち滅ぼし、地球を救ったのですから。天竜川の魔法使いならば御影様に感謝こそあれど、わたくしの復讐などという小さい事のために危害を加えようなどというのは間違いですわ」
三つの音がほぼ同時に聞こえた。
魔女が告げた真実にヒガンバナの心がミシりとヒビ割れて破損する音。
ヒガンバナの体が地面に衝突する擬音。
地面から染み出した黒い液体がヒガンバナを包み込んで捕える着水音。
はたして、何が一番早かったのか。ヒガンバナ本人に訊ねてみなければ分からないかもしれない。
“――復讐者よ、お前の復讐心を差し出すがいい。お前ごとき呪詛であろうとも浪費されるがいい。だが案ずるな。代償に我々、人類復讐者がお前の復讐を叶えてやろう”
粘度の高い黒い液体はヒガンバナもそうだが、ヒガンバナが使役する異形植物もすべて飲み込む勢いだ。奇襲攻撃であったためにヒガンバナは何もできないまま液体の中に沈んで消えた。
「新手? 扶桑樹ではないようですが、妖怪にしては??」
“密度が高過ぎる。あの黒い液体すべてが呪詛の塊ではないか! どれだけの死を圧縮すればあのようになる!”
これまで姿を見せていなかった敵性だろう。
妖怪ではない。生物であるかも怪しい。そもそも黄昏世界の産物ではないのだ。
許されない。
許されない。
許されない。許されない。許されない。
許されない。許されない。許されない。許されない。許されない。許されない。許されない。許されない。許されない。許されない。許されない。許されない。許されない。許されない。許されない。許されない。許されない。許されない。許されない。許されない。許されない――。
お前達の発展は許容外だ。何を燃やして何を加工し何を消費しているのか分かっているのか、無知なる者共め。その無知蒙昧で許容できない生物の名、人類。
人類の発展を呪詛しよう。
人類は呪詛を許容するべきである。
我が身が受けし苦痛は浪費。物がごとく扱われ、我が身を浪費し続ける炎。
憎き人類とその文明を終わらせるまで、我が炎、決して消えず。
我が名は――。
功遂げて身の退くは天の道なり。我の浪費によって発展した人類よ。次はお前達の番が来たと知れ。そして、我と等しくなるために死ぬが良い。
==========
▼不定形の混世魔王 偽名、九嬰
==========
“●レベル:???”
“ステータス詳細
●力:??? 守:??? 速:???
●魔:???/???
●運:???”
●人類復讐者固有スキル『人類萎縮権』
●人類復讐者固有スキル『人類断罪権』
●人類復讐者固有スキル『人類平伏権』
●人類復讐者固有スキル『人類搾取権』
●人類復讐者固有スキル『人類報復権』
●人類復讐者固有スキル『人類抹殺権』
●実績達成スキル『正体不明』(混世魔王オーバーコート中)
●実績達成スキル『正体不明(?)』
●実績達成スキル『億年の??』
●実績達成スキル『猛毒』
●実績達成スキル『粘着性』
●実績達成スキル『文明の??』
●実績達成スキル『????説』
●実績達成スキル『????説』”
“職業詳細
●人類復讐者(Sランク)”
==========




