14-12 責任の取り方
回復手段を有する世界樹が葉をすべて落として枯れている。
黄昏世界の炎天下にやられたのだろう。世界樹さえも枯らすくらいにいよいよ温暖化も極まったか。これが第一印象だったのだが、扶桑樹と十姉妹の関係性を知れば見方は変わる。
扶桑樹は過剰なストレスによって枯れたのではないかと。
「よく考えれば壁村で人間もミミズもまだ生きているのに、扶桑樹が先に暑さに参るというのもおかしな話だからな」
ストレスで枯れたとすれば、一体何が扶桑樹を追い詰めたのか。悪逆非道な妖怪がストレスを抱え込むというのも違和感がある。俺を散々、サンドバッグにしておいて精神的には満足していないなど自分勝手が過ぎる。
「俺を折檻する時も、お前の所為、と責任追及ばかりだった。救世主職を殴るのに理由も責任も必要ないだろうに」
黄昏世界の諸悪を救世主職に擦りつけているだけであれば、どうしてお前は枯れたのか。責任を他者に押し付ける奴が何故、枯れたのか。
答えを訊ねるより先に、腹を貫いていた枝が下がっていく。
ドバっと血が吹いた。酷く痛むのは当然として、貧血というか出血死の気配が匍匐前進してきている。文句を言ってやりたいものの、向こうは話を聞ける程の余裕はなさそうだ。
「……私の所為だった。私の所為だった。私の、所為だった」
変形してしまいそうなくらいに両の手で顔を押さえつけながら、扶桑樹はブツブツと細かく独り言を吐いている。
「この数千年、ただただ他人を恨んで責任から目を逸らして私は何をしていた? 何もしていない。……違う。違う違うっ、憎い救世主職と同じ徒人を突いて潰して食っていた? 悔いる事もなく? 世界樹たる私が? これが私? こんな私、姉妹様達に、娘達に、合わせる顔がないッ」
そんなに手に力を込めて顔を曲げていると首の骨が折れてしまいそうだが、きっと、扶桑樹はそれを望んでいるのだろうな。
明らかに変化した行動だけでも答え合わせは十分だろう。
扶桑樹は『斉東野語』をかけられていた。『斉東野語』によって責任転換を余儀なくされた世界樹が堕落した結果、誕生したのが扶桑樹という妖怪だった。異様な言動と枯れ具合からある程度は予想していたが。
なお、本題から逸れてしまうが、『斉東野語』による『斉東野語』の上書きが可能な事も証明された。効果を聞く限り唯一の対処法が同スキルを使った嘘による嘘の否定だった訳で、無事、嘘の上塗りに成功したらしい。厄介なスキルだったので、扶桑樹からラーニングでき対処できるようになったのは僥倖である。
「妖怪にまで堕ちた私なんてッ。こんな事になるなら、もっと早く。姉妹様達が死んだあの日に、殉死しておくべきだったのにッ!!」
己の責任を取り戻した扶桑樹は即断する。
俺を逃がさないように配置していた枝のすべてを自身に向け直す。と、自分で自分の人間体を次々と貫いて自殺を開始した。
「私なんて、死んでしまえッ」
「まあ、そうなるだろうし、そう追い込んだのも俺だが――」
策が嵌り過ぎた。正気に戻って最初の行動が自殺というのも極端である。それだけ今の状況が許せないのだろう。
妖怪が勝手に自滅する分には構わない。ほっといても扶桑樹は自我を殺して物言わぬ大樹と化すだろうが、これまでの暴力の数々と腹の激痛がエルフナイフの柄を握らせた。
「――扶桑樹、これまでの八つ当たりを謝りもしないで、その態度は何だ?」
責任を取り戻した途端に投げ捨てようとする扶桑樹が我慢ならずに駆け出した。
臓器が傷付いたくらいで走れなくなるようでは魔王と戦っていられない。血反吐を吐きつつ洞の奥へと突撃だ。
「私なんて死んでしまえッ」
「お前なァっ。『斉東野語』が解けた後でも、対象が違うだけでやっている事は変わってねぇ。嘘があろうとなかろうと本性は変わらない!」
「死んでしまえッ!!」
救世主、后羿の代弁は十分に済ませた。これからは俺の言葉だ。
「責任から逃げるなッ、扶桑樹!」
せっかく強敵が自滅しようとしているのに何をしているかというと、黒曜から借りたエルフナイフで枝を切っている。さすがは森の種族のナイフだ。植物を断つのに便利なくの字をしている。
敵だろうと妖怪であろうと扶桑樹の自滅は気に入らない。無責任な態度に怒りを覚えた。
同情もなくはないが、それは扶桑樹以外に向けられるべき感情だろう。
「世界が黄昏た責任が私にあると言ったのはアナタでしょうッ。言われた通り責任を取って私は死にます!」
「責任とは、十姉妹が魔王になった事か? それとも十姉妹が他の姉妹を庇って全滅した事か?」
「もう死ぬのだから、責めないでくださいッ」
「魔王化した事については完全な失態だ。弁明のしようがない。が、姉妹が他の姉妹を庇った責任から逃げているのだとすれば、俺は十姉妹に同情を禁じ得ない。自分達を誉めてもくれない女が乳母だったなんて、なんて可哀相な」
扶桑樹に向かう鋭利な枝を切って切って、切りまくる。『暗澹』『暗影』、他にも温存しておいたスキルの数々を使って扶桑樹の自滅を妨害する。
「分かったような事を言わないでくださいッ」
「十姉妹が浮かばれないと言っているんだ」
扶桑樹の自責は正しい。
それでも、十姉妹の最後が家族愛であったのであれば、たとえそれが世界滅亡を決定した要因だとしても、その一点に限って扶桑樹は誇るべきなのだ。十姉妹を我が子のように想っている扶桑樹以外に、もう誰も十姉妹を誉めてあげられる者はいないのだから。
「こんなどうしようもなくなった私に、何ができるっていうのですかッ!!」
どうしても責任逃れを止めない扶桑樹は枝を生やし続けた。一本ずつであれば対応できるが数が多くすべてを排除し切れない。このままでは扶桑樹はただ死ぬ。
生きる事に必死にならなければならない黄昏世界で、ただ死のうとする扶桑樹は罪深い。決して許されなかった。
……ゆえに発動条件は整う。ネズミが小さく鳴いた。
「罪あり! 扶桑樹、俺はお前を『破門』する!」
優太郎より預かって以降、ずっと憑りついているネズミの悪霊を肩に乗せながら扶桑樹のステータスに魔王職を添加する。
そして、条件を満たして発動する『魔王殺し』が、扶桑樹のパラメーターを激減させた。
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▼扶桑樹
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“ステータス詳細
●HP:10100294799/1099511627775(毒状態) → 101002947/1099511627775(毒状態)(魔王殺し)
●力:141 → 1(魔王殺し)
●守:100 → 1(魔王殺し)
●速:1 → 0(魔王殺し)
●魔:1589/65535 → 15/65535(魔王殺し)
●運:0 → 0(魔王殺し)
●陽:4 → 0(魔王殺し)”
“職業詳細
●世界樹(Cランク)
●妖怪(Aランク)
●魔王(初心者)(破門) New”
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“『魔王殺し』、魔界の厄介者を倒した偉業を証明するスキル。
相手が魔王の場合、攻撃で与えられる苦痛と恐怖が百倍に補正される。
また、攻撃しなくとも、魔王はスキル保持者を知覚しただけで言い知れぬ感覚に怯えて竦み、パラメーター全体が九十九パーセント減の補正を受ける”
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パラメーターの激減により『力』と『守』がほぼ拮抗し、枝は柔らかく折れ曲がるだけで体を貫通しなくなった。自力での自殺が不可能になった扶桑樹はへたり込む事しかできない。
酷く恨めしそうに扶桑樹は問う。
「仮面の救世主職。堕ちた私に、どうしろと……」
「何ができるか。親切心で教えてやる。十姉妹を子供のように愛していたのなら、我が子の責任を取れ。黄昏世界はまもなく焼却されて滅びる。ただ死ぬ事さえできない命を一つでも多く救え」
『暗器』で隠し続けていた優太郎ファイルを取り出して、最重要ページに書かれている赤色巨星化した太陽が地球を滅ぼすプロセスを見せつけた。
核融合反応の進捗により水素を消費し切ってヘリウムが中心部に蓄積された太陽は、膨張を開始する。黄昏世界の空にある巨大太陽がそれだ。
太陽の膨張は二百倍にもなると試算されており、計算通りなら地球の公転軌道よりも広がるとされる。公転軌道以上という事は当然ながら地球も巻き込まれて、何もかも燃え上がるのだ。
扶桑樹は終末がどのように進むのかを……知らなかった。上級妖怪さえも知らないのか。さすがに全員知らないとは思わない。けれども、紅が黄昏世界を夕暮れ、寿命を迎えた太陽が消える間近としか語らず、特に脱出を急いでいなかったため一般的には知られていないと想像できていた。
「恒星は燃え尽きる前に異常膨張する?! これでは徒人どころか、妖怪さえもッ」
「全滅だ。文字通り、黄昏世界の生命はすべて燃えて死ぬ。それももうすぐだ」
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“●カウントダウン:残り一か月……、半年……、十秒……、五日”
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「『カウントダウン』の振れ幅が、かなり小さくなっている」




