14-11 嘘に嘘を重ねるのか
見てきたかのように語る。ただの想像を事実かのごとく喋る。
詐欺師か妖怪にしか行えない悪行であるが、ほぼ同じ行動でありながら真逆に称賛される場合も世の中にはあるのだ。
そう、推理だ。犯行現場を見てもいない癖に安楽椅子に座ったまま真実を言い当てる怪物的な思考力である。
たかが救世主職崩れのアサシン職が巷を騒がせる探偵の真似事とは片腹痛い。が、事が救世主職であれば、魔王討伐であれば話は別だ。そこにいなくても又聞きであろうとも当時の状況は手に取るかのように分かった。
俺の想像は、間違いなく真実だ。
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“『嘘成功率上昇』、怪しげなる存在の姑息なるスキル。
嘘の成功確率が上昇する。言葉巧みささえ不要となる。
本スキルを突破するならば、確信を持って打ち破る他ない”
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……話は百八十度変わるが、『既知スキル習得』で使えるようになった妖怪職のスキルが増えている。まあ、妖怪との対戦も増えているからな。
「扶桑樹、俺は救世主職として間違いなく最強だった。十姉妹ごとき簡単に射殺せるくらいにな」
「お前ごときが粋がるなッ。神々が神殺しの矢を用意しなければお前ごときに娘達が!」
世界を滅亡させる恒星級の大魔王、十姉妹。
そんな大魔王さえも巧みなる弓捌きで撃ち落とす究極の救世主、后羿。確実に俺を上回り、黒曜さえも超える救世主職だったに違いない。黄昏世界の神仏の大多数が太鼓判を押したのだから当然ではある。
「なるほど、その通りだ。だからこそ……姉妹が俺を出し抜く事は当然ありえるな?」
いや、恒星の娘の化身が十もいたのであれば、后羿であっても実力のみでは打ち勝てない。神性たる姉妹の素のスペックは人類を圧倒している。縮尺比で言えば人間とバクテリアよりも悲惨だというのに、勝負に持ち込めただけでも奇跡的だったはずである。
「姉妹が本当に他の姉妹を庇おうと動いたとすれば、たとえ、俺の手元が狂っていなかったとしても矢は重なった姉妹を一緒に貫いてしまっただろう。さあ、扶桑樹、これが真実だ」
「なっ、そんな嘘をよくもぬけぬけとッ」
「扶桑樹、お前だけには否定させないぞ。お前が大事に育てた姉妹は誰一人、他の姉妹の命を助けようと動かなかったなど、お前だけには絶対に言わせない!」
後ろを振り向かせるように扶桑樹の背後を指差した。
扶桑樹が振り返った先にあるのは十姉妹の墓である。大事な十姉妹が見ている事を強調してやる。
「姉妹、様っ」
「お前の育児責任の所為で姉妹は魔王化したと罪を断じたが、もう一つ付け足そう。黄昏世界が破滅に向かった責任は、扶桑樹の育児にある。姉妹に他人を思いやる優しさと勇気を教え込んだ扶桑樹の慈悲深さが、世界を狂わせた」
「私の所為……であるはずがないのに、私の所為でなければ姉妹様の優しさを否定してしまう?? 救世主職の所為のはず……なのに、救世主職の所為にしてしまって姉妹様を否定なんてできない??」
すべての原因を押し付けた暴論であるが、扶桑樹には否定できない。育ての親が娘達の優しさをどうして否定できようか。
「違う……違わない……違う……違わない……違う」
「十姉妹全員殺害の真実はこうだ」
子供の殺害を八度も繰り返して正常性を失い、いつも通りの実力を発揮できない状態で放たれた矢は精彩を欠いていた。そんな矢だから九柱目の前に残しておくべき十柱目が両手を広げながら射線に出てくるのが間に合ってしまい、二柱同時に射貫いてしまった。
「それでも、一度目の失敗は『コントロールZ』で取り消せた。そして、同じ失敗を繰り返さないように、二度目の際には一度目に庇った側を残してもう片方を狙った」
同じ状況に陥った場合、俺ならば間違いなく庇った方に狙いを変更する。
狙いを変更せず失敗したとなれば目も当てられない。何よりも、より慈悲深い方が次の世代の管理神として相応しいと考えるからである。
だが、この変更は実に安易だった。
「狙いを変更したというのに、今度は、一度目に庇われた側が動いて矢の射線上に身を投げ出した」
「姉妹様、姉妹様っ」
后羿の思惑を上回った姉妹の最後を語ってみせたところで、ついに扶桑樹の感情は決壊した。
墓標の一つに泣き縋る扶桑樹は弱々しい。今以上の『陽』の使いどころはないと思われるが、二度も同じ轍を踏む気はない。
『既知スキル習得』で使用可能になった妖怪職のスキルは『嘘成功率上昇』ではなく、『斉東野語』だ。自身で受けたスキルほどにラーニングし易いものはない。
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“『斉東野語』、信用などあるはずもない怪しげなる存在のスキル。
本スキル所持者の言葉を確実に信じさせない事が可能。
同じ対象に対しては、二度と本スキルを使用できなくなるため、使いどころが大切である”
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「『妖怪は嘘をつかない』。扶桑樹、過去に妖怪から、十姉妹についての責任はお前にあると告げられていたな。そうだろう」
狙ったのは『斉東野語』による『斉東野語』の競合だ。スキル同士が干渉し合った結果の効果打ち消しを目論んだ。
もっと単純な嘘で騙してしまう手段もあるだろう。けれども、嘘によって責任と向き合えなくなった扶桑樹があまりにも不憫だった。……いや、むしろ、責任と向き合わせる事の方がえげつない行為かもしれないな。
――数千年前。十姉妹、全討伐による混乱期
十姉妹討伐に加担、あるいは黙認した仏神、仙人の懲罰が落ち着き、悪いながらに情勢が安定した黄昏世界。
しかし、問題はまだまだ多い。
「――死なせてください。お願いします。死なせてください」
十姉妹の悪行により大量絶滅は発生済みだったものの、太陽の赤色巨星化が始まるのはもう少し先である。青々とした植物も多少は生き残っている。
だというのに、世界最大の植物の化身たる扶桑樹は葉をすべて落として枯れていた。死相すら伺える容態だ。
「私の責任です。私の所為で姉妹様が皆……うぅ」
「扶桑樹、御母様もお前に責任はないと断言されている。あの日も真っ先に姉妹様を助けに動いたのはお前だと皆が知っている」
「違うのです。私の責任です。お願いします。死なせてください」
環境的な要因で枯れた訳ではない。精神的な衰弱によって扶桑樹は枯れ落ちようとしているのだ。膨大な『HP』があるために未だ生き恥を晒していたが、生きる事を放棄した世界樹の倒壊はそう遠くない。
「私の責任でした。私が娘達をうまく導けなかった所為で、姉妹様を殺させてしまった。お願いします。元凶の私を死なせてください」
「ならん。お前の治癒能力に増殖能力。この後の世界で必ず必要とされる」
「必要かどうかではないのです。お願いします。私を死なせてください」
世界樹の衰弱を知った牛魔王は説得を試みていたものの、まったくうまくいかない。
恒星の寿命が近づいている。今後予想される気候変動を耐える意味でも世界樹は有用である。本人が望んでいたとしても死なせる訳にはいかない。そんな実用面を無視したとしても、姉妹を思って心を痛める扶桑樹に牛魔王は強い共感を覚えていた。
姉妹を魔王にしてしまった責任は天界全体にあり牛魔王もその一人だ。正直に言って、姉妹の人柄を知る牛魔王自身、今でも信じ難い。無垢だったとはいえ無学ではない姉妹が約束を破って全員で空を飛んだなど訳が分からない。
「死なせてください」
明確な原因がない事が扶桑樹をより追い詰めてしまったのだろう。彼女は乳母役たる己が間違ったのだと結論を下していた。そのために牛魔王の説得は聞き受けられない。
葉をすべて落として光合成を取り止めて、根による栄養吸収も停止した。食事を断った扶桑樹はもうすぐ望み通りに死を迎えてしまうだろう。
……嘘が、扶桑樹を救わない限り。
「『貴女の責任です』、扶桑樹」
真昼間だというのに太陽が地平に消えた直後、衰弱し切った扶桑樹を芯ある女性の声が責めた。扶桑樹を更に追い詰める物言いであったというのに、何故か、扶桑樹は悲嘆と程遠い無表情を作っている。何も分からなくなってしまった迷子の顔とも言えるかもしれない。
「私の責任、ではない? 私の責任は、どこに消えてしまった、の?」
困惑した扶桑樹は状況を分かっていない。
ただ、牛魔王だけが現れた女性が何をしたのか理解していた。
「御母様。まさか、妖怪職のスキルを扶桑樹にお使いに?」
「使う以外にこの者を救う手立てはあるまい。嘘も方便……いや詭弁であるな。此方の我儘で扶桑樹の意思を無視して、生かそうとしているだけだ」
「御母様……」
復讐の炎を滾らせ天界の粛清を実行する神性、羲和。血色の悪さは疲労によるもの。同族を滅ぼすために寿命を削る勢いで権能を使った反動が大きかったのだろう。義和は昨日も封じられていた親友、嫦娥の救出に動いていたはずだ。
けれども、女神の目の奥には狂気は映り込んでいない。
「これ以上、神性の目減りは許容できん。……此方の娘達のために悲しむ者を死なせたくもないのだ。牛魔王、其方も手を貸せ。扶桑樹を枯らすでない」
「御意にございます」
牛魔王は羲和の命を受けて、責任の所在を失って呆然とする扶桑樹へと向き直す。
天界を混乱に落とし、妖怪に堕ちた事により発現したスキルを使用する。妖怪となった今、心にもない嘘を吐くくらい造作もない。
「『救世主職、后羿に責任はない。扶桑樹の責任で姉妹様は死んだのだ』」




