14-6 合流するただの村娘
壊れた体で人間であり続ける方法はたった一つ、気合だ。気合があれば何でもできる。
「クソ痛てぇ。ちょっと発狂していいか、クゥ」
「我慢だ。我慢」
複雑骨折の上にヒガンバナの毒で苦しむ俺をクゥは応援してくれる。逆に言うと応援する事しかしないのだが。
ただ、耐え難い苦痛を受けている中、クゥの激励だけが俺の精神を維持してくれている。天使の羽のように優しく撫でるようにとはいかないが、心の支えとしては十分……いや、なんだ、この万力を使って強引に魂を人間サイズに留めようとする感じの荒技は。
“――禁則なり。禁則なり。禁を守るべし。行動を悔い改めよ”
「頭が痛てぇッ?! あガァ、何も考えられねぇ!」
「良かったじゃない。体の痛みを一時的に忘れられる」
「そんな生易しい問題じゃ、アガガ」
仮面を外そうとした時に発生する突発性頭痛だ。脳みそをミキサーされているみたいで何も考えられない。確かにこの状態なら人間から踏み外そうなどと血迷わないで済むが、まったく嬉しくないぞ、これ。
誰でもいいから俺の体を回復してくれ。
「黒八卦炉の宝玉を早く使え!」
白馬とはいえ、ペガサスでもない癖に飛行する謎の馬が降り立ってきた。花に触れないようにホバリングしているが、どういう仕組みだ。
尻尾が生えているのも変である。馬だから尻尾はあって当然とはいえ、毛のない代わりに鱗に覆われたドラゴンのような尾が動いている。新手のキメラである。
「そうか。宝玉で御影君の知り合いを召喚すれば、薬を持ってきてもらえる」
「回りくどいっ。宝玉の願いを叶える力を使って、ぱぱを回復させればいいだろ!」
馬が奇妙だからというよりも頭痛の所為で気付いていなかった。
馬の背に乗っているダークエルフが手を伸ばして、俺を花の中から救出してくれる。抱え上げられて密着し、至近距離から顔を見合わせてようやく気付く体たらくだ。
「こ、黒曜?」
「目を離しているとすぐにピンチになって! ぱぱは俺を心配させるのが趣味か!」
黒曜とクゥは合流していたのか。気を失っている状態で荒野に一人放置してしまったというのに、俺が妖怪に捕まった所為でどうする事もできなかった。俺が心配していたように、黒曜も俺を心配していた。
居場所を探し出すだけでも困難だっただろうに、こうして助けに現れてくれた。
「いや、面目なぃ」
「肺が潰れている癖に喋るなッ。おい、クゥ! 早く!」
「分かっているってばっ。壱姉、お願い。御影君の体を治癒させて! 急急如律令で!」
地面に突き立てた如意棒にぶら下がって、器用に馬の背の高さまで上昇してきたクゥ。
巾着の中から取り出した――あれ、勝手に飛び出した?――黒い宝玉に願いを込める。
圧倒的な『魔』の総量によって力ずくで願いを叶える玉は、黒い炎を噴出させる。炎は俺の体に纏わり火力を増す。火葬状態であるが苦痛はない。むしろ、体中の傷が癒えていく。潰されて挽肉となっていた部位も細胞レベルで修復。ヒガンバナの毒は炎により燃やされて浄化された。
「おお、黒八卦炉の宝玉って召喚用アイテムって訳ではなかったのか」
「御影君の願いが人恋しさに寄り過ぎていたんじゃない?」
クゥよ、その考察は俺に効く。
「ぱぱ!」
治った俺をさっそく全力で抱きしめてくる黒曜。扶桑にいい感じの服屋がない所為でワイルドなファッションになっているがお構いなしである。
せっかくなので抱擁を存分に味わいたいところであるが、どうしてだろう、頭痛が酷くて吐きそう。
「痛たたたた」
「……あんた等、私が治した直後にいちゃついてんじゃないわよ。ここは戦場なのに気を抜かない」
「てめぇ等、全員が気を抜くな! 扶桑樹が迫ってんだぞ!!」
遠くから紅が警告した通り、扶桑樹の根が大量に接近中だ。花園の防衛圏は失われてしまったのか、波のように根がうねって近づく。
俺も黒曜も紅さえも、広範囲攻撃に対する対抗手段を持たない。早急に退避しなければならない。
「玖妹。防御、急急如律令で!」
クゥが命じた瞬間、二つ目の黒八卦炉の宝玉が動いた。
怒涛の勢いで地平を蹂躙する根に単身飛び込んでいく黒い球体。一瞬の静寂の後、大量の根を巻き込んで爆炎が発生した。
炎は左右に伸びる。地殻を破壊しながら範囲を広げていく炎の壁が俺達を守る安全圏を形成してくれる。無限再生して突撃してくる扶桑樹の根が、再生する暇を与えず燃やされて侵入を阻まれた。
「クゥが黒八卦炉の宝玉を使いこなしている。ただの村娘なのにすごい」
「そう、私はちょっと黒八卦炉の宝玉を使いこなしているだけの、どこにでもいるただの村娘」
「……はぁ、頭が痛い」
急に頭痛がひいてようやくまともな思考が行えるようになってきた。代わりに何故か黒曜が頭を抱えている。
扶桑樹の脅威も炎の壁のお陰で一息つける。
「……どういう集団なのでしょうか??」
ヒガンバナも動きを止めていた。
攻撃するべきか悩んでいる段階を超えて、攻撃する隙を伺っているように思えるが。敵ではないと誤解を解きたいものの、傍から見て俺達ってどういう集団に見えるのだろうか。
「あっちの徒人は誰?」
「ヒガンバナ。ナターシャと同じ過去に召喚された救世主職の生き残り。敵じゃない」
「の割に、呪文唱えていない? 救世主職って一度は敵にならないと駄目な訳?」
「俺を見るなッ」
「――弱体、毒花、繁乱、百花繚乱、咲き誇る毒の園に酔いて弱りて朽ちて土となりて」
五節の魔法が来る。
五節を凌駕する超呪文を聞き慣れてしまった昨今、今更な五節など恐れるに足りない……なんて事はない。あんな人間を屠るにはオーバーキルな呪文なんてものは対怪物、対魔王用の戦略兵器である。対人用であれば三節でも十分だ。
赤いヒガンバナとはまた異なる毒花が地面から生えてきた。近くにいるだけでも花粉で影響があるかもしれない。
騎乗している白馬は空を飛べるみたいなので、紅を回収して上空に離れるべきだろう。
「救世主、后羿ッ! 罪を償え!!」
影が差してきた。
炎の壁を根が超えられないからだろう。扶桑樹は巨大な本体から枝を伸ばして上空から襲いかかろうとしている。主様ですら動かなかったというのに扶桑樹の奴、動物気取りで本体も動いている。
意図した訳ではないだろうが、ヒガンバナと扶桑樹の挟み撃ちだ。
片方だけでも対応に苦慮するというのに、二方向からの同時攻撃は厳しいぞ。
「――では、魔法使いの方はお任せくださいませ。御影様」
俺が困っていたからだろう。ふと、誰かに耳元で囁かれる。
灼熱の太陽が輝く世界が暗転し、夜空に怪しげな月が昇る。




