14-5 毒の園に降り立つ
ついに頭上に迫った扶桑樹の巨大根。
「おりゃッ」
下手なブラキオサウルスの首よりも太い根を、紅は飛び蹴りで跳ねのけた。
「おおっ! すげぇ」
「すごくねぇよ。ここに来るまでにかなり弱っている」
紅の一蹴りを受けた根は彼岸花の群生地に落下する。と、溶鉱炉に落ちたエイリアンみたいにのたうってからボロボロと崩れていった。
「毒花の所為で動きは鈍くなっている。とはいえ、外周付近の花はもうかなり荒らされている。後続の根が元気なままここまで来るのも時間の問題だぜ、御影。お前、いい加減、封印を解きやがれ」
「宝貝を破壊したくても、ヒガンバナには協力を断られた」
「協力なんているかよ。そこらへんの赤い花に顔から突っ込め!」
言うが早い。紅は俺の体を持ち上げていき、投擲体勢に入る。そのまま花の群生地帯へと投げ込むつもりだ。
強引にも程がある。
いや、俺だって一瞬、彼岸花へと飛び込めば宝貝を壊せるのでは、と考えた。
ただし、一瞬だけだ。そんな安易な解決策をどうしてヒガンバナは見過ごしていたのか。そこが酷く気になる。
「そーら、飛んでけ」
「もう少し考えさせろ!」
「んな余裕ねぇっての、ほらよっ!」
馬鹿力によって問答無用に投擲されてしまった俺。
四十五度の角度で空を飛んでいき、初速を失った後は自由落下を開始する。
そうして、綺麗ではあるがどこか怪しげな雰囲気のある赤い彼岸花の密集地帯の中央へと落下した。数えきれない数の花と触れてしまう。
「毒に対する強い耐性がある。その程度の慢心で私の花に触れたのであれば御覚悟を。敵対していないからと私が見逃すと考えていたのであれば、なおの事、御覚悟を。扶桑樹を抹殺可能な状況で不確定要素を増やすつもりはありませんので」
『耐毒』スキルを保有する俺はこれまで様々な毒に耐えてきた。巨大スライムの酸や融合魔王の放射線まで、幅広い毒に体は耐えられた。
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“『耐毒』、毒物に耐えるスキル。
耐毒スキルはポピュラーかつ分かり易い効果で重宝される。
毒によって怪物となったスキュラ由来のスキルならば、薬草で神となったグラウコスの『神格化』と同程度には強力な効果を発揮するだろう”
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「万物にはすべて致死量があります。人間が普段から口にする塩や砂糖にも致死量があります。生きる上で必要な水にさえ致死量があるのです。……こういった前提を語った上で改めて名乗り上げましょう」
たかが魔法使いのヒガンバナが作り出す毒花にだって耐えられて当然だ。俺に毒は効かない。
だから、花が触れた部位の皮膚が裂けてしまい、鋭利な刃物でなます切りにされたかのごとく大量出血してしまっている状況は、きっと何かの間違いなのだろう。
「万物すべてに致死性があるのであれば、毒を操りし私の魔法は万物すべてを操るに等しい。それが私、毒花の魔法使い、ヒガンバナ。さあ、万物を毒しましょう」
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“『猛毒魔法固執』、毒魔法ばかり用いた堅物に与えられるスキル。
毒に関係する魔法を執拗に熟達させた結果、毒魔法の効果が劇的に上昇した。
対象にとっては本来毒ではない成分さえも毒性を増やし、致死性を増大させる事さえ実現可能な熟達具合である”
“実績達成条件。
『耐毒』スキルを有するはずの魔王を毒殺する”
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花に含まれる成分が皮膚に浸透した結果の重傷ではない。その程度であれば『耐毒』スキルで耐えられる。
花と触れた肌自体が毒に変化させられて体を蝕んでいる。そんな異常事態が起きている。
「軽くメラニンを強毒化しました。今は汗に含まれる尿素を強毒化しています」
「おいッ。や、やめるんだ!」
「人体に本来備わっている物質ですが、遠慮せずどうぞ『耐毒』スキルで耐えてください。その瞬間、『耐毒』スキルが人体に本来備わっている物質を毒と見なして、体から不純物を取り除こうと働きます」
「『耐毒』を暴走?! あ、アア、ああああッ!!」
ヒガンバナの魔法に侵された俺の体は、『耐毒』スキルの防衛作用によって破壊されていた。まるで免疫の暴走だ。外から人体に侵入してくる病原菌と立ち向かうべき免疫細胞が、己の体を外敵と誤認識して自傷していく。
「痛みに苦しんで暴れれば暴れる程、私の花に触れてしまいます。ビタミンCの毒性強化もそろそろ可能ですね。私の毒に触れている時間が長い程に症状は重くなるため仕方ありません。THE・ヘルクレス座を討伐した私の毒ですから」
「御影! しっかりしろッ。今、助けてやる!」
「それはよした方がよろしいかと。『耐毒』スキルがないならないで、花に備わる毒だけで死んでしまいますよ。命を賭ければ、などという甘い考えも捨てるべきです。何せ、扶桑樹さえも枯らす毒なのですから」
「このッ」
ヒガンバナ自身は当然ながら毒が効かないらしい。転げまわる俺を上から見下ろす影がいつの間にか現れている。
そして、俺とヒガンバナの二人が揃っていれば、強く誘引されて花園を突破してくる巨大な根。
「おっと危ない」
「御影ッ!!」
ヒガンバナは一人で避けてしまった。紅は近寄れないために名前を叫ぶ事しかできない。痛みに転げ回る俺の体は無抵抗だ。
扶桑樹の根は重量を活かした振り下ろし攻撃で、動けない俺を無慈悲に潰す。
グチャリ、と変形する体が嫌な感じだった。人間らしい形を喪失してしまったのは間違いない。
頼りにしたくはないが唯一の頼りたる鎖の宝貝は花の毒でボロボロだった。根に体が粉砕されると同時についにヒビ割れてしまい、俺を人間に留める機能を失ってしまう。
願った通りの展開であるが、人体がひしゃげた状態で宝貝から解放されるのは酷くマズい。
俺から人間性を失わせる行為は悪霊魔王というリスクに直結している。早く体を回復させて、人間らしくならなければ非常にマズい――。
「――せっかく見つけたのに、死んでんじゃないーっ!!」
――遠く上の方からの声。
天の助けの声なのだろうか。いや、黄昏世界の神様は御母様であり助けどころか敵なのだが。では、上空からの声は誰のものなのか。
ふと、俺を圧し潰していた扶桑樹の根が強引に取り払われる。
障害物が消えて見えたのは赤色巨星が陣取る異世界の空と、空を駆ける尻尾のある馬だ。
……ついでに言うと、その謎の馬の背には村娘が乗っている。ちょっと絵面が妙だな。どうやら頭もかなり損傷してしまっているな、俺。
「そこの死にかけの傍まで“伸びて”! よっこらせっ」
「うぉっ」
村娘っぽい幻覚が持つ棒が伸びて俺の近くの地面に突き刺さる。と、彼女が棒を即席のエレベーターにして空から降りてくるではないか。
花が危ないと伝えようとしたが、その前に村娘は俺を頭突きしてきやがった。こいつ、トドメを刺すつもりだな。
「死ぬな、馬鹿! 私も死んでないから」
「嘘だろ。いや、あの状況でまさかっ」
「御影君は死なない。真っ当な人間のままでいるの。分かった?! 返事っ!」
「あ、はい。……クゥ」
髪型は後ろをクルクルとまとめたギブソンタック。
どんな黄金よりも純度の高い金色の瞳。
間違いない。妖怪の都で行方不明になったはずのクゥが、でこをぶつけた痛みで涙を浮かべながら俺の肩を掴んでいた。
俺も頭突きされた所為で、頭が痛い。




