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黄昏の私はもう救われない  作者: クンスト
第十三章 扶桑樹はいつまでも
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13-9 園からの脱出

 掘っていたトンネルは一本だけではない。先の見えない状態で掘っているのだ。根の密集地帯や岩盤が邪魔して進めなくなるかもしれない。そういった危険を考慮すれば、無駄になる可能性があっても複数本を掘るべきだと強く推した。

 ただし、複数本を掘る事にもデメリットはある。

 労働力たる土人形を分散させなければならなかった分、掘る速度は減る。それゆえ、別方向に掘らせているトンネル・トムとトンネル・ハリーは残念ながらまだ外に届いていない。


「遅い、欠伸あくびがでちゃうっ!」


 南方向に掘っているトンネル・トムが狙われた。

 扶桑樹が呼び寄せた根が四方八方よりからみつく。そして、ゆっくりと、ゆっくりと恐怖をあおるためだけに遅く潰すのだ。遺跡にある吊り天井トラップが妙に遅く落下してくるのは盗掘者を後悔させるため。扶桑樹の根が遅々としているのはパワーが不足しているからではなく、あえて、ギリギリの力で潰しているため。

 全方向からの圧力により、トンネル内部で作業中だった土人形が中心に押されて密集していく。スペースを失い、それでもわずかな隙間を求める体が変形していく。結末は握り潰された粘土の状態だ。

 トンネル・トムは道半ばにして崩壊した。

 生き残りは、東を掘っていたトンネル・ハリーだけだ。


「そりゃぁ、トムとハリーならハリーが残るよな。グリフィンドールに百点だ」

「もう後がないんだぞ。どうするんだ、御影っ?!」


 紅が焦る気持ちは分かる。トンネル・ハリーが残ると踏んでいた俺だって、決して余裕がある訳ではないのだ。

 目指している南西から見ると逆方向に掘り進んでいた東の一本が残ったのは必然か。遠くても警戒の薄い方角だったので脱出路としては本命であった。壁の外に唯一、到達する可能性があったトンネルだったが、可能性は可能性のままついえようとしている。

 トンネル・ハリーの土壁の一部が血管のごとく盛り上がる。根が巻き付いた証左だ。


「焦っちゃって、大変そうね! でも、大丈夫。救世主職は殺さない程度にしておいてあげる。ちょっと肉がはみ出して窒息するかもしれないけど。……ああ、牛魔王の娘、お前はやり過ぎた。地下を掘ったのはキサマだな?」


 地響きと共にトンネルが締まる。袋の口を絞るように出口を真っ先に潰されたため、逃げる事は叶わない。


「何もしなければもう少し放置してあげたのに。無残に死になさい!」


 扶桑樹は楽しそうな雰囲気だ。アリを潰して遊ぶ無邪気で残忍な声質で宣言した後、三度トンネルを潰していく。

 俺と紅はトンネルの先端にいた。土人形を押し退けて、自分達で先を掘り進めている。光源のない真っ暗なトンネル内部での行動のため、言葉通りの闇雲だ。


「御影ッ!」

「……もう少しだ、もう少し!」


 健気に最後まで先を目指して、根による圧殺が始まると動けなくなり、最後は土と混ざって見分けがつかなくなる。

 生き物はすべて土に還るというが、これ程にも急ぎ土にされてしまうなど呆気あっけない最後である。



「――今だッ!!」



 三本のトンネルは潰されてしまった。

 俺と紅も最後のトンネルでペチャンコだ。脱出路を掘っていたつもりで墓穴を掘っていたとしたなら笑い話にもならないが、事実、笑い話ではない。

 ……何せ、誰もトンネルから脱出しようとは言っていないのである。


「走れッ。南西の壁の向こう側に!」


 地下を掘って逃げようとする姑息こそくな救世主職を圧倒する。そんな愉悦に酔わされた扶桑樹は迂闊うかつにも、南西の根の壁へと走る土人形を見逃してしまう。

 土人形に気付いてはいただろう。ただ、最初のチャチな陽動で使われた土人形が、何かの拍子に動き始めただけ。術者を殺したのが理由かもしれない、と考えているかもしれない。

 姿形を似せて塗装を忘れた未熟なデコイ。

 根による殴打でヒビ割れた体。

 疾走により剥げていく赤土色の外装。

 そして、その中から現れる本人。



「頂上。届いたぞッ!!」



 壁への跳躍の前に邪魔な偽装が外れてくれたのは幸いだった。お陰で全力で踏み込めて、一気に壁の屋上付近に到達できた。


「…………ハっ?」

「壁の向こう側も根の密林かよ。思っていたよりも広く続いている」

「ちょっ、待て。どういう、事だ??」

「だが、御影。見てみろ。根の密集地帯の向こう側は、赤い花園だ。そう遠くはない」

「お前達二人は地下にいたのでは。それなのに、どうして壁を越えているッ!?」


 黄昏世界は騙し合い、かし合いの世界だというのに思考が遅いな、扶桑樹。分かり易くネタバレしてやると、トンネル・ハリーで潰した俺達は土人形の偽者である。

 空は飛べない、地上は足音を検知されるから無理、ならば消去法で地下しかない。だから地下を掘っていたのではないかという疑問に対してはこう答えよう。



「いや、大脱走って、脱走者がかなり死んでいるからな。何か嫌だろ?」

「もう少しまともな理由を言えッ」



 縁起が悪かったので地下トンネルから逃げなかった、では黄昏世界人は納得しないのでもう少し理論的に。

 トンネルで脱出するにも根の密集具合が問題だった。壁の高さと同じくらい掘る必要があり相応に時間がかかる。余裕をもって潜り抜けるならもっと深く、掘らないと駄目だろうし、深く掘るなら酸素を供給するための空気穴も必要になる。

 俺の病み具合から言って、そんな壮大な工事計画は待っていられない。これ以上の折檻は耐えられないため、今日、逃げたかった。だから、地上を走って逃げるすきを作るためだけにトンネルを掘っていた。


「扶桑樹が地下に集中していた所為で、地上の警戒は低下。結果、俺達は壁の上に立っている」

「馬鹿がッ。誰を踏んでいるのか分かっているのか。叩き落して串刺しに――」

「そうくると分かっていたから温存しておいた。紅、とっておきだ」

「三昧真火、堕ちた神性を罰せよ。――神罰執行“スピキュール”!!」


 今ある手札の中で、唯一、扶桑樹に打撃を与えられるスピキュール。

 大事な大技で狙う先は今にも襲いかかってきそうな足元の根……ではなく、遠くにそびえている扶桑樹の本体だ。本体以外ありえない。

 無数にある根を焼き払ったところで深爪を抜いたくらいのダメージしか与えられない。けれども、幹を両断されたなら、そうも言っていられない。

 紅の目より投射されるレーザー光は、目線の動きに沿って斜めに巨木を分断した。


「うグアァ。キサマ等ァアアッ」

「扶桑樹が回復するか、壁を突破できるか。後は賭けだ!」


 スライドしかけた扶桑樹の幹であったが、多少ズレただけで停止してしまう。圧倒的な回復力をもって再生を開始したのだろう。

 だが、巨体を一瞬で回復する程ではない。淡い回復光は三秒経過しても続いている。

 そして、回復が終わるまで胴体から下は分断されたままであり、神経断絶によって扶桑樹からの命令は届かない。


「走れッ。振り返るなッ。進めッ!」

「いちいち言われなくても、止まらねぇよッ」


 ここからはもう作戦はない。頭を潰されたタコの足のごとく動く根の上をただ走る。

 壁の外へと到達できるかなんて知らない。扶桑樹の回復速度は予想できない。五秒経過してもまだ逃げていられる。案外、回復が遅い。

 赤い花園まではもう少しだが、到達したからどうなるなんて知らない。逃げる事しか考えていない。到達後に扶桑樹が追撃してきた場合の対策なんてありはしない。七秒経過。平地なら楽だったというのに、根が動く所為でまだ端に届かない。

 それでも、太い根を足場にして跳べばその先がゴールテープだ。ここまで九秒。たったの九秒逃げるだけだというのに、長かった。



「――逃がすッ、ものかアア!!」



 駄目だった。無理だった。

 残り一秒あれば逃げられたというのに、扶桑樹の回復の方が早かった。

 不規則に動いていた根が一瞬止まったかと思うと、一斉に俺達へと先を向けて照準する。串刺し攻撃の前兆。ここまで到達できたというのに、これまでなのか――。



“――勝ってうれしい花いちもんめ――”



 ――幻聴が、聞こえた。

 幻聴なので所在は分からない。幻聴なので当たり前かもしれないが、聞いた事のない女性の歌声だった。


“――負けて悔しい花いちもんめ――”


 幻聴が聞こえてきたかと思えば幻覚も見えてくるではないか。

 赤い花が何枚も何枚も周囲にただよっているのだ。不思議であるが不気味さは感じない。赤い花が俺達を避けているからだろう。


“――毒花、繚乱、赤風、花屋敷、一面の赤に心は毒されてただれてちゆく運命であろう”


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 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
 ◆コミカライズ「魔法少女を助けたい」 1~4巻発売中!!◆   
 ◆画像クリックで移動できます◆ 
 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない


― 新着の感想 ―
[一言] 信じてたお前なら絶対相手を虚仮にするって信じてた
[一言] まさかトンネル内にも居なかったとは……完全に騙されました。 さすが御影、汚い。 ついに新魔法少女と対面ですね。 どのような子なのか楽しみです。
[一言] キター! 魔法少女だ!!
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