13-8 大脱走
巨大な朝日が昇る。
扶桑樹がそろそろ活性化し始める頃合いであり、同時に、俺の不在にも気付く頃だろう。
「どうした、仮面の救世主職。ついに臆したか!」
毎日定時に挑んでいた俺が出勤拒否していれば、嫌でも気付く。今の所は臆病風に吹かれただけだと思われているようであるが、それもいつまで続く勘違いか。
脅しのつもりだろう。巨大な根が一本、超重量の鞭として振られた。
重い振動がズシンと伝わる。砂埃が頭を汚す。
「時間切れだ。欲張り過ぎたな、御影。残念だが……今日は諦めて明日に託すしかない」
「駄目だ。明日は今日よりも警戒が強まる。掘っている穴にも気付かれる。今しかない」
準備も何もかも足りないが、これ以上の手札は望めない。ベットするなら今だ。
焦れた扶桑樹による再度の地面ドン。せっかく掘った坑道が崩落しかねない衝撃だ。
「仮面の救世主職め、隠れても無駄だ!! お前の体に繋がれている鎖が、誰の幹から作られていると? くくっ、どこにいるかはすぐに分か……分か……んんっ?!」
作戦を強行する。
といっても、まずは穴を掘り進めるだけの土木作業。妖術で作り出した土人形達、およそ百体で掘り進めているが進捗は多く見積もって四割。壁まではまだ遠い。
目立つのを避けて静かに掘っていたからというのもあるが、ここからはピッチを上げる。
ただし、掘る速度を上げてしまうと自ずと高まる根との遭遇率。
先端部で作業している土人形が一本の根と遭遇した。危機的な状況で見合う土人形と水道ホース並みの根。
(……お、お疲れ様っす)
(……御安全に)
口のない者同士で、そんなやり取りが行われたはずもないが根は土人形をスルーして壁に潜っていく。危機は去った。
「なぁ。どうして地上と違って地下だと襲ってこねぇんだよ??」
「同士討ち、いや、自傷を避けるために地下は自動防衛をオフにしているのだろうよ」
振動検知式の簡易な自動防御を採用している根っこ共だ。高級な敵味方識別装置を積んでいるとは思っていなかったが予想通りである。
予想でしかなかったが可能性は高かった。扶桑樹は地上に見えているだけでも数えきれない根を生やしている。地下の根は更に多い。植物の癖して動いているような根なので、地下で発生する振動も数が知れない。
もし、俺が扶桑樹だったならば、いちいち地下の振動を検出したりせず、すべてスルーする。
「いや、楽観過ぎるだろ! 地下がガラ空きじゃねぇかよ」
「黄昏世界に迷宮魔王のような地下の脅威生物がいれば別だろうが、妖怪共は敵対者を抹殺し過ぎたからな。不必要な方向への警戒は解かれていくものだ」
世の中、オフライン環境でもゼロトラスト。セキュリティ的な脅威はどこでも起こりえるという考え方が主流になっている。が、いざ実践するとなると費用は割高だ。企業にとっては頭の痛い問題である。発生頻度の低い脅威にリソースを投じ続けるには胆力が必要だ。
生物も企業と類似する。使用頻度の低い機能は退化させていき、エネルギー消費を抑えるのだ。光のない洞窟に住む魚は視力を退化させて、敵のいない扶桑樹は地下を見ないようになる。
「とはいえ、いつまでもバレないものではないだろうが――」
「どういう事だ!? 宝貝の反応が消えている。馬鹿なッ」
「――騒がしいな、扶桑樹のやつ」
予定よりも扶桑樹は焦っており地上で声を荒らげている。策を披露するのはこれからなのだが、何だろう。
「どういう事だ。位置が分からない。まさか、宝貝の拘束を解いたのか?!」
「……いや、解いていない。解けていない」
「クソッ、腐っても救世主職か。甘く見過ぎていた」
扶桑樹にとって予想外の事が起きているらしい。
いちおう、四肢と首に繋がれている鎖型の宝貝を見てみるが、特に破損は見当たらない。自動回復とスキル封じ機能は今も作用している。
唯一の例外は多少の焦げ跡だ。たった一枚の赤い花びらをあてた痕跡。塗装が少し剥げたくらいのダメージでしかなく、偶然、何かの重要部位を破壊していたなんて事はないだろう。
「宝貝が壊れている。位置がやはり分からん! どこだッ。どこに行った!」
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▼御影
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“ステータス詳細
●運:130 → 1130”
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「少し前まで壁の近くにいた事は分かっている。まだ外には出ていないはずだ。だったら、圏内すべてを貫くだけだ!!」
焦る扶桑樹は荒技を繰り出した。
鋭く尖らせた己の根を地上に向けて跳び出させたのだ。
やっている事は扶桑樹が多様する代わり映えのない攻撃手段であるが、規模が破格だった。己の根という根をすべて使っている。数センチ程度のひげ根から鉄塔クラスの巨大根まで。ありとあらゆる根を使って地上を針山地獄へと作り替えた。
似た攻撃はウィズ・アニッシュ・ワールドの真性悪魔の魔法で経験があった。隙間を小さな根が埋めているため扶桑樹の技の方が逃げ場がないか。
……安全地帯となっている穴の中にいなければ、俺も紅も貫かれていたに違いないだろう。
「血の味はなし。クソッ!! どこにもいない」
根一本でも刺さっていれば血の味で居場所を特定されていたらしい。怖い相手だ。
安全な穴の中に引き籠っていたい欲望は強まるが、何もしなければいい加減バレる。
「地上にはいないのか。だったら、もしや――」
「穴の開通は、まだかっ」
「まだかかるっ。御影、どうにかして時間を稼ぎやがれ!」
バレる前に策を披露する。
南西の壁にできるだけ近付けた地点に設けた縦穴。その偽装蓋を吹き飛ばして二体の土人形を出撃させた。
俺と紅の二人に可能な限り似せた土人形である。とはいえ、本職の土の魔法使いのゴーレムと比較すれば再現度は低い。色が原材料の赤土色のままというのも、技術力不足ゆえだ。
針山を跳びながら進ませる性能だけはどうにか確保していた。足場の悪い剣山地形を進んで、南西の壁へと向かっている。
扶桑樹の根が飛び出す三百メートル付近にまで到達。すでに根が飛び出た状況でなら安全……なはずもなく、扶桑樹が直接操る土管サイズの根に弾き飛ばされて土人形は破損した。
「こんな偽物でどうしたいと」
単一の命令を実行しようとする土人形はヒビ割れて倒れたまま走ろうとしている。扶桑樹が困惑してしまうのも無理はない。
「いや! 別の方角にもっ、小癪な」
別地点にも潜ませておいた土人形が起動する。それぞれ、その場から最も近い壁へと向かって逃走を開始した。
「たかがそれだけの数で、見逃すなどと思っていたか!」
十体は用意した土人形が、全然足りなかった。壁に到達できたものはゼロ。すべて元の砂や土へと戻ってしまった。
せっかく用意しておいたデコイであるが、たった一分も時間を稼げない。
「土の人形。妖術によるものだとして……なるほど、土を操れるのか。つまり、仮面の救世主職。お前は地中に隠れているな?」
土人形を使ったのは悪手だった。ついに、扶桑樹に気付かれてしまう。
地中にいると知られてからは早い。地上に出していた根をすべて地中に戻していく。壁を形成する根も地中に投入する徹底ぶりである。
「そこかッ」
土人形の発掘音を察知された。
地下トンネルの周囲に集められた無数の根。扶桑樹の号令と共に一気に引き絞られて、トンネルを外部から潰した。作業中だった土人形達はボンレスハムよろしく絡まれて、絞られて、粉々となってしまう。
「……いない、だとっ?! 別方向にも発掘音?? 複数、掘っていたなッ」
トンネル・ディックが潰されてしまった。残念であるが、俺達はそこにはいない。
脱出の可能性を高めるために、トンネルは最初から複数掘っていた。
残りはあと、二本――。




