13-3 血飲まされて地固まる
あの、そろそろ泣き止んでもらえないでしょうか。まるで悪い事をしたみたいで居たたまれないので。俺の方が殺されかけた被害者のはずなのに、おかしい。
「ひどい、ひどい!」
「正当防衛を主張したい」
「違うって言った。言ったの!」
「言ったの、って言われても」
のって、涙ながらに訴えられても。殴り殺す宣言していた女がどうしたというのか。可愛らしい語尾で話すキャラへと崩壊するくらいに精神が壊れてしまったというのか。正気度の大減少による一時的な発狂状態か。
「違う、違うの!」
「何が違う。本気で俺を殺そうとしていた癖に。殺意をバリバリってオーラみたいに体から立ち昇らせていただろ」
「違うの! これが、私の『擬態(怪)』なの!」
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“『擬態(怪)』、怪しげなる存在が有するスキル。
他人の油断を誘う怪しげなる擬態スキル。
人間の姿形を真似する程度であれば、どの妖怪にも可能。スキル発動中は『鑑定』や『読心』といったスキルでの看破が難しくなる”
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まるで別人と話をしているような感覚だ。外見は紅孩児そのままだというのに中身がごっそり入れ替わっている。具体例を挙げるなら、自信の塊みたいに肌面積の多いチューブトップを好んでいた女が、面積的にはそう変わらないビリビリとなったドレスを両腕で必死に隠している。
可愛げが増した? 幼くなった? うーん、清楚になったというのがしっくりくるのか。
「う、ううう」
「『陽』を使って手早く正気に戻るのは……いえ、何でもありません」
泣いている所為で事情聴取にかなり時間を要してしまったものの、紅孩児の供述を信じるならば今の口調や仕草が素なのだと判明した。粗暴な言動や行動は外出用の化粧のようなもの。いや、どんな厚化粧だ。
「今まではキャラを『擬態』して不良ぶっていた、と。せっかくのスキルをただのキャラ付けのためだけに使用した理由は?」
「そうでもしないと、私程度が御母様に歯向かうなんて、できっこないです」
「本当は臆病だから、正反対な自分を演じていた、ね」
臆病でありながら性格を偽って管理神に挑むのは、むしろ度胸があるというのではなかろうか。
紅孩児いわく、父親の牛魔王に対しての反抗心でもあったらしい。両親に大事に育てられた箱入り娘が描いた理想の反抗期が、粗暴ながらに面倒見の良い姉貴分な紅孩児なのだという。
「名前も紅が本物で、『擬態』中は紅孩児って名乗っていました」
「ほとんど別人格だな」
「自分の性格は紅孩児の方が本当なんだって、自分に対しても偽っていました」
「紅孩児あらためて紅。『擬態(怪)』を使用しているか、と訊かれたら、はい、と答えるか?」
「いいえ、ですの」
紅直伝の『擬態(怪)』看破術を試した。今スキルを使用していないのは本当である。
まあ、本当に『擬態』していたのか、降参した結果しおらしくしているだけなのかは判断できないが。
「ヒィッ」
手を伸ばすと、ビクりと体を縮こませてしまうのはどうにかならないか。悪い事をしようとしているみたいではないか。
地べたに座っている紅に手を差し伸べて立たせる……前に服をどうにかしないと駄目そうだ。俺が着ている服も穴だらけとなっておりサッカーゴールの網の方がマシ状態であるが、これしか譲渡できるものがない。
「とりあえず、これを着ていろよ」
「ほへ?」
「ちょっと、目のやり場に困る」
「ほへっ?!」
望みは薄いだろうが廃墟を探して服を発見するか。水や食料ももしかしたら、いや、無いだろうな。
「徒人が妖怪の体を見て困るの?? いえ。まさか、そんなの。でも、白娘子は毎晩大変だったって――」
「おーい、紅。あっち行っているから着替えたら来い。周囲を探索するぞ」
「――え、穴だらけで丸見えなのにです。え、えええっ」
粗暴な紅孩児も困るが、箱入り娘な紅も困る。暢気にしているが、俺達がいるのは扶桑樹の縄張りの真っ只中だという事を忘れてはいないだろうか。
やはり目ぼしい品は一つも発見できなかった。かなり昔に放棄された場所のため多くが地面に埋まっている。『運』任せで一部を掘ったところで、得られるのは使い道のない宝玉くらいなものだ。いらない。
元々、期待はしていなかったため落胆してはいない。が、それはそれとして喉が渇く。脱水症状により頭が痛い。瀕死の重傷ともなれば宝貝による回復が行われるだろうが、それまで待っていられるか。
手首の動脈を噛み千切って、ドバドバ流れた血を飲む。
傷が自動回復する事を前提とした行動であり、突然、吸血衝動に駆られた訳ではない。
「……マズ」
とても飲めた味ではなかった。のど越しが悪くて全然潤わない。紅もこんなものを無理やり飲まされて可哀相に。
鎖の自動回復により、血が止まって傷口が塞がる。
同時に脱水症状の改善も行われたようだ。今後は血を飲むのは止めよう。
「紅は喉、乾いていないか」
「てめぇがあんだけ飲ませて……ごほん。妖怪の体はタフだからな。数年は飲まず食わずでも耐えられる」
「んん、てめぇ??」
ボロ布で偽造したザ・初期装備みたいなチューブトップ姿の紅が、不機嫌そうに頬を赤くしながら立っていた。口調が荒くなって堂々としている。『擬態(怪)』を再開したのか。
「……なぁ。本性を知られている俺の前で『擬態』する方が恥ずかしくないか?」
「てめぇッ。言うなよ。他の奴に絶対言うなよッ」
「ガクンガクン揺らすなっ」
紅から両肩を掴まれて揺らされる説得を受けた。他の知人と再会できるかどうかも分からないのに気が早い――そもそも、俺達以外が無事かどうかも分からないな。クゥも結局行方不明……いや、気落ちするだけなので今は考えるのはよそう。
「それで、紅とはこれからも協力関係にあると考えて問題ないな」
「ああ、仕方ねぇからな。だが、もう俺に喰わせるなよ。二度目は許さねぇ」
「殺される事態になってもか?」
「そうだ。スイランは一人で十分だろ」
俺はその後、紅の根底を作り上げた過去を聞く。彼女のトラウマを聞いた事によって俺達はようやく真に協力できるようになったのだろう。
「……徒人だけじゃねぇ。肉全般、受けつけねぇんだよ」
「だから桃源郷ではモモばかり食べていたのか」
「それでいいと俺は思っている。肉を喰えなくなったからこそ、俺はまともでいられる」
紅の意思は尊重したい。御母様に無理強いされても、次は俺を喰わせる以外の方法で対応するとしよう。
「……喰えねぇはずなんだが。御影の血肉は妙に美味かっ――」
「ん?」
「――いや、何でもねぇよ」




