12-5 刑執行
「オぇェェ、美味ぇ、オェェ」
吐かれながら喰われた腕が皮だけで繋がって、ぶらぶらしている。
紅孩児は苦しそうだが、喰われている側の俺ほどではない。脂汗で溺れて死んでしまいそうなくらいに痛い。以前にも腹を刺されたり首を斬られたりしているが、だからといって慣れるものではないな。人間に近い状態ならなおさらだ。
鎖の所為で倒れる事もできない地獄を味わっていたが……変化はすぐに起きる。千切れ落ちる寸前だった腕の再生が始まったのだ。
逆再生ボタンを押されたかのように骨が繋がり、腱が張り、筋肉が膨れて、最後に皮膚で覆われていく。体を拘束している鎖の効果だろう。俺の特異性を肉体に封じ込めて、人間からの乖離を防ぐ。なるほど、実に面倒だ。
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“宝貝『楽獄の鎖』。
人間として活動する神仏の分霊を顕現させないために、常時肉体回復の処置を施す拘束具。人間の肉体を炸裂させて変身するタイプの化物にも有効。
また、人間状態の対象に対し、スキル封じの拘束効果も有する。
金属質であるが、原材料は東の外れにある島の大樹”
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『奇跡の葉』の類似現象か。
ただ、腕が治ったからといって、すぐに痛みまで引いてくれない。脳みそが急激な復調についていけていないのだ。
「……旨味成分が増しましたか。宝貝で封じていながら『正体不明』も続いている。確かに、これは神性すら誘引する毒のようです。娘達を惨殺した徒人の味などに此方は興味ありませんが。そういう意味では、食しながら吐いた其処な娘の行動は痛快で楽しめました」
御母様の奴、口で言う程に楽しめた様子のない口調で、扶桑樹の女に命じる。
「『暗き乳母』、扶桑樹。貴女であれば毒の誘引にも耐えられましょう?」
「もちろんです、御母様。私は何も感じておりません」
「では、仮面の救世主職は扶桑に廃棄、永久刑とします。其処な娘も扶桑に島流し。これにて、妖怪聴訟は閉廷です」
勅令は下った。
俺と紅孩児の身柄は共々、扶桑樹の女の預かりとなる。扶桑なる場所へと連れていかれて永遠に閉じ込められるらしい。再審もなく終身刑が決まるとは、さすがは黄昏世界だな。
「我が娘が扶桑に、廃棄処分場に。何という事か」
「――クソ親父。スイランを喰わせたてめぇだけは! どこに行っても、てめぇだけは。てめぇだけは、許さねぇ……オえぇぇェ」
紅孩児は最後まで悪態をつきつつ、俺の肉片を胃袋から吐き出していた。……そこまでして吐かれるのは回り回って俺に対して失礼ではなかろうか。
日の出のごとく階段の上が眩く光ると、御母様の気配が消え去る。
「御母様―御母様―。御退隠―。伏してお見送りー」
ドラのやかましい音と妖怪共の平伏により、聴訟は終わる。
聴訟会が終わると、すぐに輸送は始まった。
袋を被せるタイプの目隠しをされてしまい、どう移動したのか分からない。が、基本的には徒歩輸送だったはずだ。長距離を移動できたとは思えない。時間的にも新横浜と名古屋の間の方がよほど長い。
疲労で眠りこけたいのに拘束の所為でなかなか眠れず、それでもようやく気絶できそうなくらいな時だった。
「ようこそ、私の領域に! 仮面の救世主」
外に出たのか風を感じる。
空気の臭いも変わった。渇いた土煙と砂。黄昏世界としてはありふれた荒廃具合か。
「さっそく歓迎してあげるから。この程度では死なないわよねぇッ」
拘束されて目隠しもされた無防備な俺にどんな歓迎をしてくれたかというと、地面から現れた巨大質量によるフルスイングだった。
一発ぶたれただけでも全身打撲。空へと打ち上げられたために、その後の自由落下と地面衝突で背骨を含めた全身骨折。トラックと正面衝突した方がまだ軽傷と思われる衝撃だった。いきなり容赦がない。
「がはァ。歓迎なら、ウェルカムドリンクに、しろッ」
「ごめんなさいね。歓迎が足りなくて。ここの島、私くらいしか存在しないから!」
本当に容赦がなかった。落下地点より生えてきた鋭い根により腹の中央から串刺しにされてしまう。
とはいえ、トドメの一撃にはならない。破損した体は拘束鎖の効果により急速に回復していく。致命傷を負っても死ぬ前に元通りだ。
「おい。腹に、刺さったまま?!」
「あははははッ」
腹部を貫通する根が俺の中で蠢いた。気色悪い感覚がしたかと思えば、体内へとひげ根を伸ばされて内臓をズタズタにされてしまう。
「がはぁ、アア、うギャ」
「いたぶれる救世主職って最高っ! ついうっかり殺意を込めて強打したくらいで死なない所がとっても素敵!」
「うアアア!!」
内臓破壊に早々に飽きられた。根が振られ、ゴミクズみたいに飛ばされる俺。またも地面に衝突して複雑骨折したのに、体は回復。そして、倒れた地面から再度の根でまたも串刺し。
この拷問は何のためなのか。
ようやく破けてくれた目隠しの向こう側に見えた、高層ビルよりも巨大な枯れ木に向けて問いかけたい。
「救世主職は地獄に墜ちるべき輩であり、扶桑の地獄と言えば針山。となれば、僭越ながらにこの扶桑樹が地獄の代行をしてあげましょうというの」
赤い空の高みへと届く巨大樹に、かつての天竜川の決戦を幻視する。乾いて風化した大地に緑のない大木ではシチュエーションに大きな差はあるものの、敵意ある巨大木というだけで十分に似た絶望だろう。
葉っぱ一枚残っていない枝を動かしてカサカサと音を立てているのは、俺を嘲っているからか。
地下茎を通じて荒野全体に大小様々な根を生やすと、疑似的ながらに完成度の高い針の地獄を生み出した。俺だけの針山地獄という舞台は整い、これからが本番である。
「ただの八つ当たりの私刑だろうが!」
「それのどこが悪いッ! お前はこの世界が滅びるまで、報いを受け続けるのよ」
巨大樹の麓にオリエンタルドレスの女が立っていた。御母様の前では慎ましくしていたというのに、今は本性を現して狂暴な顔付きだ。品もなくなり、足を大きく振り上げている。
女の動きに同調した根が俺を地下から吹き飛ばすと、針の密集地帯へと落下させてしまう。
「がァ。目が、目がぁああ」
「あら、ごめんなさい。目なんてあったの、アナタ?」
度重なる責め苦に頭がおかしくなりそうだ。痛みが引く前に新たな痛みに襲われて、無制限に痛覚刺激が重なっていく。
黄昏世界の世界樹。扶桑樹。
かつて、地球で討伐した討伐不能王と同一種族である。恐らくは性質やスキルも同一。高い回復能力を無視する即死攻撃以外に倒す手段がない。
一度でも倒せた実績があるならば二度目も、と言いたいが……討伐不能王と異なり、扶桑樹は手加減も容赦もしてくれない。
スキルは今も鎖で封印されている。
体も鎖でほとんど自由に動かせない。
一方の扶桑樹は、巨大樹を顕現させて地面の四方八方に根を這わした万全状態だ。
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▼扶桑樹
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“●レベル:101”
“ステータス詳細
●HP:11822810374/1099511627775(毒状態)
●力:141 ●守:100 ●速:1
●魔:4651/65535
●運:0”
“スキル詳細
●植物固有スキル『増殖』
●世界樹固有スキル『奇跡の力(残り百万回以上)』
●世界樹固有スキル『隠しステータス表示(HP)』
×世界樹固有スキル『世界を育むゆりかご』(無効化)
●妖怪固有スキル『擬態(怪)』
●妖怪固有スキル『妖術』
●妖怪固有スキル『嘘成功率上昇』
●妖怪固有スキル『魔回復(嘘成功)』
●妖怪固有スキル『斉東野語』”
“職業詳細
●世界樹(Cランク)
●妖怪(Aランク)”
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……こんな反則的な奴に対してハンディキャップを背負っているなんて、無理ゲーである。
「苦痛に悶えなさい。でも、あの子達はもっと苦しかったはずッ。何も分からないまま絶望しなさい。でも、あの子達はもっと理不尽だったはずッ。幼い姉妹を矢で撃ち殺した罪の重さを知りなさい!」
こうしてリンチが始まった。
抵抗らしい抵抗はできないままに肉体を壊され続ける。
「何も知らない姉妹がどれだけ怖かったかッ。矢で一人ずつ殺されてる中でどれだけ泣いたかッ。救世主職ッ、救世主職ッ!!」
人間らしい思考は痛覚で潰された。ただただ痛くて苦しくて分からない。
俺は他人の元同業の所為でこうなってしまっているらしいが、そこにどれだけの罪があるのかもよく分からない。
「世界と姉妹を天秤にかけられる程にお前は偉かったというのかッ。子供を惨殺してまで救う世界に価値があるとでも思っていたのかッ」
分からないため、素朴な感想しか思いつかないのだが……扶桑樹の奴、どうしてそんなに悲しげなのだろう。
――同時刻、天竺、展望エリア
金角、銀角の兄弟妖怪は西の果てに建つ軌道エレベーターに踏み込んでいた。
抵抗は呆れる程に少ない。月の勢力は過去の反乱で減衰しているとはいえ、ほぼ無抵抗で侵入できてしまっている。
「兄ジャ、これは罠か?」
「そうさな、弟よ。……いや、あそこを見よ」
地表を見渡す成層圏まで駆け上がった禁軍兵力を、豪胆にも、たった一人だけで出迎える人物がいる。
太陽の光を避ける影のエリアで、その女性は座していた。
「標的は此方であろう。今更、逃げも隠れもせんよ」
堂々とした態度だ。命を狙われている者の行動としては実に諦めが早い。
「神性、嫦娥とお見受けする」
「くふふ。古き神性よ、ご覚悟を」
「権能の多くを封じられた此方だ。スノーフィールドも不在。討つのは容易かろうが、最後はあの女の手ですらないとはな。……ほとほと疲れた」
天竺を統べる女神、嫦娥は現れた妖怪共の顔を見て溜息だ。金角、銀角は妖怪としては上級であるが若い。差し向けられた妖怪の格から己がどう見積もられているかを察して、嘆息だ。
「月の女神。討つ前に答えてもらおう。世界を抜け出せる手段を俺達に渡せ」
「徒人共を逃がす手段だったようだが、俺達兄弟にこそ相応しい」
金角、銀角は嫦娥に対して要求するが、嫦娥はまた嘆息だ。
「それがお前達の狙いか。残念だが、お前達が望む形のものではない。黄昏た女は外世界への脱出を決して許さん」
「性懲りもなく世界を越えて仮面の救世主職を召喚しておいて」
「管理神の障壁を突破する方法を発見しているのだろう?」
「アレは此方が呼んだ訳ではない、と言っても妖怪は信じまい。というか、アレは結局、どういった救世主職だったのやら」
「妖怪職でもないのに嘘とは、神性嫦娥」
「はぁ。此方を討った後に勝手に調べて、徒労に終わるがいい」
嫦娥の拒絶を、金角、銀角はさして気にしない。元々、勝手に物色する予定である。
「では、遠慮なく」
「神性、嫦娥は醜き姿で生きる事に疲れたと見える」
太陽が傾いたために、窓から映り込む陽光が影に潜む嫦娥の姿を照らす。
現れた嫦娥の姿は、イボだらけのヒキガエルのもの。着飾ってはいても、醜く弛んだ腹までは隠せていない。
「……はぁ、早く終わらせよ」




