12-3 徒人の罰
金角の告発が会場をザワつかせている。
月が何を示す勢力なのかについては、これまで黄昏世界で得られた情報を考察していれば想像がつく。
月は天竺勢力で間違いない。過去には救世主職を大量召喚して体制派に挑んだ武力集団だったらしいが、戦力のほとんどを消耗した今は噂話でしか語られない残存勢力に成り下がっていたはず。スノーフィールドという名のカエル女以外は動きを見せていなかった。
そういえば、桃源郷でナターシャが連絡を試みていたはずである。金角の話と関係しているのだろうか。
「桃源郷より逃れし罪人の一部を、月の者共が匿っております。御母様の温情により助命されている立場を忘れた裏切り行為です」
「確かなのか、金角」
「間違いなく。仏気取りで天より垂らした糸、天竺を伝わせて罪人共を地上より運び出している模様。何という不敬でしょうか。善政の極みたる御母様の律令を破りしは月のカエル共であろうというのに。救世主職を異世界より呼び出して世界に混乱を生じさせた元凶であろうというのに!」
御母様に対する陳情であるが、聞き取りは扶桑樹が擬態するオリエンタルドレスの女が行っている。会場のザワ付きに反して、御母様は階段の上にある赤い御簾の向こう側で沈黙を続けていた。
金角は大袈裟な口ぶりで月を糾弾する言葉を続ける。
「五十年前の救世主職召喚。その罪を不問とした御母様の温情を忘れし月は断罪されるべきでございます! 御母様! どうか、御決断を! 天竺は落ちるべし!」
天竺成敗を進言する金角の声の大きさに対して、小さいが、酷く深い溜息が階段の上から吐かれた。
「あの時は、此方も確かに少しやり過ぎてしまったと反省しています。私と同じ気持ちを体感してもらうためとはいえ、娘息子をすべて絞めてしまったのは嫦娥に対して悪かったのでは、と反省しております。せめて、一人は残してあげるべきでした」
何という温情だろうか、御母様。お前……他人の子供を惨殺しておいて、その程度の反省しかできないのか。
「此方にも非があったと反省したからこそ、嫦娥には醜き姿となってもらう事で反乱を不問としたのです。私と同じ苦しみを味わった母親同士、真の共感によって以前よりも深く友誼を結べるものと信じていたのです」
再びの溜息を御母様はつく。御簾によって直視できないというのに、気だるげに片肘をついて頭を乗せたのが分かった。
「――惑星に建てられし軌道昇降機。月に徒人を導く通行路たる天竺を討つのです」
勅令が下った。
近くにいたので分かったが、礼で顔を伏せていた金角の口元が歪んだのが見えた。
「抵抗する者はいかがいたしましょう、御母様?」
「此方の決定は絶対でなければなりません。それ以上は言う必要がありますか?」
「嫦娥本人が現れた場合であっても、構いませんでしょうか?」
「……友人を失うのは悲しい事です」
金角の策略は通った。天竺成敗の任を拝命すると、さっそく出陣しようとしている。
「ま、待ってください。金角銀角は桃源郷成敗に続けての任となります。この私に命じてください!」
「牛魔王。お前では娘の処遇が気になって仕事にならないでしょう。大人しくしているのです」
牛魔王の異も却下され、金角は天竺に向かうため会場から出て行った。
どうでもいいが、金角は俺がどうなるかが気にならないらしい。
話が脱線したまま俺の事も忘れてくれないものか、などという甘い希望が叶う訳もなく。普通に俺と紅孩児の処遇について審議が始まった。
「仮面の救世主職についての罪は明白。救世主職というだけで極刑以外はありえませんが……白骨夫人の残した情報によればコイツは殺しただけでは死なない特殊個体です。下手に身体を破壊してはどういった災いをもたらすか分かりません」
「害虫の中でも猛毒を有するという訳ですね。太乙真人は……そう言えば見当たりませんね?」
おいおい、主戦力級の太乙真人の不在に今まで気付いていなかったのか。御母様は妖怪をさして重要としていないのかもしれない。
「おそらく、そこの救世主職に敗れたものかと」
「そうですか。不気味な人形でしたがいないとなると不便なものです」
想像通り、御母様の感想は実に希薄だった。幹部殺害の罪を問いもしない。
「褒賞を受け取る者もいない。解析できる者もいない。であれば、方法は一つ。触れられない毒物は、廃棄場たる扶桑に島流しとします。扶桑樹、処分は任せましたよ」
「はっ」
この場で八つ裂きにでもされるかと思えば、島流しとは実に温情だった。喉を鳴らしていた妖怪共も落胆気味に肩を落としている。
「ああっ、勿体ない。扶桑に廃棄処分とは……」
「せめて小指の一欠けらだけでも味わいたかった」
扶桑樹の元というのが少々気になるところではあるが。俺もよくよく、闇落ちした世界樹と縁がある。
俺の今後は早々に決まってしまった。
そうなると問題は……紅孩児だ。彼女に矛先が向く。
「牛魔王の倅についてですが、律令に背いた首謀者です。月は例外になりますが、ここ五百年、前例はありません。……徒人を喰うのに背いたのであれば臓腑引き抜きによる餓死刑が適切かと」
「この平穏安泰な世に、このような反乱を起こした事。多少は気になります。……さて、其処な娘。どうして徒人を食さないのですか?」
御母様直々の問いかけだ。轡を外された紅孩児は左右から首筋に剣の刃を当てられて回答を強要される。
それでも最初は抵抗していたが、太腿を数か所刺された紅孩児は渋々と声を出した。
「徒人は、言葉を喋る。意思疎通可能な相手を喰うのは悪趣味だろ」
「言葉を喋るからどうしたというのです。徒人は此方の愛娘を卑しき矢で射抜いた救世主職を輩出せし罪深き種族。ただ滅ぼすのも癪な故、家畜として永久の罰を受け続ける義務があるのです」
「救世主職の任命は創造神も含めた仏神、仙人の大多数が賛同していたはずだろ。だったら、徒人だけの責任なものか」
「その通りです。愛娘の殺害に関与、静観した神仏共、仙人共をすべてを断罪した結果、今の綺麗な世が生まれたのです。かつての人類は仇人となり、その後に仇が徒に転じ、徒人と呼ばれるようになったのですから」
娘を殺害された御母の恨みは今も続いている。数千年も続く恨みを説得できる言葉も理屈もないだろう。
「徒人に同情するとは学のない娘です。牛魔王は教育に失敗しましたね」
人間は喰われる事自体が罰である。そういう思想の御母様がどういった判決を言い渡すか。
「――罰を決める前に、妖怪の義務を果たさせます。其処な娘、そこの救世主職を食しなさい」




