3-2 四足獣の混世魔王1
赤い天の高みより落ちてきたソイツは正体不明だ。今回の遭遇で二度目となるが、ほとんど情報がない。
輪郭さえ曖昧なのだ。燃えた大地から昇る陽炎によって姿が歪んでしまって詳細不明。四足歩行の獣というのはどうにか分かるものの、陸上生物の特徴しかない奴がどうして空を飛べるのかがまったく理解できない。
「気候がおかしいだけでなく、生物まで狂っているのか黄昏世界!」
「ち、違うッ。私は知らない!?」
「……どういう意味だ、クゥ??」
「こんな生物。この世界にはいない!!」
取り乱しながらクゥは落下地点を指差していた。
空から急降下攻撃してくる化物となれば有名になりそうなものだが、異世界人のクゥは知らないらしい。
「黄昏世界にいないって。こんな異常な生物、地球にも存在しないぞ。物理法則を無視した生物なら、異世界の産物以外にありえな――」
“GAFFFFFFFFFFFFFF!!”
やかましい遠吠えから鼓膜を守るため、耳を塞ぐ。
炎の獣が、まるで俺の言葉を妨げるかのごとく吠えている。炎越しに目線を合わせ、人の類ごときが誤認識するなど許されない、と鋭く糾弾していた。
「ちぃ、何だって言うんだっ」
“GAFFFFFFFFFFFFFFッ!!”
炎の噴出量が増した。
落下地点より炎の獣が飛び上がったのだ。煙の跡が長く続き、高度に比例して曲がっているのは惑星の自転によるものか。あっという間に、獣は成層圏を飛び超えていく。
そして重力を脱した後、獣は再び地上へと戻って来る。惑星上空という馬鹿げた位置から急降下攻撃を仕掛けてくるのだ。
上空からの突撃に防御手段はない。ナイフで隕石を迎撃しろと言われているようなものだ。
クゥを抱えたまま必死に逃げる。それしかできない。
膨大な位置エネルギーが大地に着弾して衝撃波が広がる。押された大気の穴を埋めるように、獣の体から噴出する炎が広がって灼熱地獄を作り上げる。二百メートル以上逃げておいてなお熱い。
「あっつッ! 御影君、服が燃えている?!」
「まだ燃えていない! クソ、ワザワザ大気圏脱出するエネルギー効率最悪の攻撃手段だけあって、こちらから攻撃できるタイミングがない。狙うなら地上に落下してきた後しかないが、炎が広がる所為で近づく事さえ至難だぞ」
目が乾くだろうに炎の獣を凝視していたクゥが、はっ、とした表情を作って思い至る。
「……いわく、その魔王は天の高みより降りてくる。火を纏いながら轟音と共に現れると、壁村をあっという間に焼き尽くす。まさかっ、あの妖魔は混世魔王なの!?」
混世魔王?
炎の毛並みを持った獣のコイツは魔王なのか。
ならば、さっそくと『魔王殺し』を発動しながら獣を睨み付けたものの――、
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“『魔王殺し』、魔界の厄介者を倒した偉業を証明するスキル。
相手が魔王の場合、攻撃で与えられる苦痛と恐怖が百倍に補正される。
また、攻撃しなくとも、魔王はスキル保持者を知覚しただけで言い知れぬ感覚に怯えて竦み、パラメーター全体が九十九パーセント減の補正を受ける”
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――まったく怯んだ様子を見せない。逆に、獣の燃える毛並みを見ていると俺の方が不気味な不安に襲われて体が強張ってしまうのだ。
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“『人類萎縮権』、復讐するべき人類に恐怖を植え付け萎縮させるスキル。
相手が人の類の場合、攻撃で与えられる苦痛と恐怖が二倍に補正される。
また、攻撃しなくとも、人の類はスキル保持者を知覚しただけで言い知れぬ感覚に怯えて竦み、パラメーター全体が二割減の補正を受ける”
“取得条件。
人類に復讐する権利を得ると同時に発現するスキル”
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▼御影
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“ステータス詳細
●力:280 → 224
●守:130 → 104
●速:437 → 351
●魔:22/122 → 18/98
●運:130 → 104”
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「また魔王の騙りかっ! この世界、そのパターンが多過ぎるだろう。いや、どうしてこれだけの怪物が魔王認定されていない?!」
「騙りも何も、アイツはきっと混世魔王に違いないって! 最近、珍しく徒人に対して妖怪から警告があったのよ。死にたくなければ混世魔王には近づくなって!」
「近づくなって言われても、向こうから降ってくる場合はどうしろって」
一度目も二度目も、俺は混世魔王の方から襲われてしまっている。
一度目は特に酷く、目前の獣型だけでなく、別種の不定形型に襲われて命からがら逃亡したのである。空から落ちてくる獣と、地下から湧き出る不定形の挟み撃ちというのも悲惨だった。黒曜と一緒だったというのに惨敗だった。
騙りであるが、四足獣の混世魔王は魔王の名に相応しい危険性を有している。むしろ、どうして魔王認定されていないのか不思議でならない。
“GAFFFFFFFFFFFFFFッ!!”
混世魔王は天に向かって吠えた。炎の毛並みを逆立てて怒気を噴出し、垂直離陸していく。
「またかっ、的を絞らせないために走る。クゥ、落ちるなよ」
「御影君でも混世魔王を倒せないの?」
「倒せるかッ、あんな化物!」
「うっそ。救世主職ってそういうものじゃないの??」
「元救世主職だ! 仮に救世主職だろうと倒せない奴は倒せない。接近できない相手には基本的に無力だぞ、俺は!」
「つまり、私達って絶体絶命……」
状況を飲み込めたらしいクゥはガタガタ震えて落ちかけるので、小さい尻をしっかりとホールドする。
三度落下してきた混世魔王は先程よりも近い位置に落ちてきた。衝撃波を背中に受けて転倒しかける。
「狙いが正確になってきている。逃げていてもジリ貧か」
効果は望めないだろうが、遠距離からの魔法攻撃を試してみよう。炎属性は無効化されそうなので、氷属性を使用する。
「『既知スキル習得』発動。対象は魔法使い職の『三節呪文』。アジサイ、俺に力を。――串刺、発射、氷――」
魔法を放つ。
その寸前、ありえない事に、俺の体から『魔』が抜けていく。ポンプで無理やり体外へと吸い出されているような気持ち悪さだ。
『魔』が抜けていく先には、俺を睨んでいる獣の目がある。
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“『人類搾取権』、復讐するべき人類から搾取するのは当然のスキル。
人類によって不幸な目に遭ったのであれば、人類から搾取して負債を補うのは当然の権利である。
ただし、スキルごときで搾取できるのは『魔』に過ぎない”
“取得条件。
人類に復讐する権利を有する者のBランクスキル”
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▼御影
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“ステータス詳細
●魔:18/122 → 0/122”
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獣ごときに俺の『魔』が吸われていき、魔法は放つ前に霧散していく。
遠くからの反撃手段を奪った混世魔王は、悠々と空へと飛び上がる。
「クソおおッ!!」
地表をいくら速く走れたところで空からの攻撃は避けられない。次は恐らく直撃弾だ。
「クゥッ。投げ飛ばすから頭を抱えて祈れェッ!」
「そういうのは投げる前に言って! きゃあァッ」
アンダースローで出来る限りソフトにクゥを遠くに投げてから、反対方向に可能な限り走った。
“GAFFFFFFFFFFFFFFッ!!”
ある程度走ったところで落ちてくる混世魔王を見上げて、ナイフを構える。
ナイフで隕石を迎撃する無謀に挑戦するしかない。刹那のタイミング、地表衝突寸前の獣に対して刃を合わせる。
……奇跡を信じたカウンターはやはり失敗だ。
「『暗影』ッ、グアアッ」
直撃だけは避けようと『暗影』スキルを連続で使用した。が、跳んだ先ですぐに追いついてきた衝撃波に、体を揉みくちゃにされる。
体がバラバラになってもおかしくはない衝撃だったが、どうにか四肢は繋がっている。
けれども、衝撃波の次にやってきた火炎の所為で全身火傷だ。せめて肺だけは守ろうと口元を手で塞ぐ。肌が燃える痛みよりも先に、体の油が燃える嫌な臭いを嗅ぎ取る。
“GAFFFFFFFFFF!!”
四足獣の混世魔王が吠える。
憎き人類に復讐できる甘美を叫んでいる。




