10-8 蝟集の混世魔王2
微妙に放心気味のクゥより黒八卦炉の宝玉をひったくるように受け取った。今は急ぐべき状況である。
召喚相手は既に心に決めていたため、宝玉はすぐに炎のゲートを形成していく。
対太乙真人戦で召喚した落花生もアジサイも以前までとは比べ物にならない程にレベルアップしていた。これから呼び出す彼女も片鱗の跡地を残していので成長しているのは間違いない。それでも、個人が都市一つを焼却できるはずもないのだが――、
「――よっしっ! これで召喚二回目。コンビニ行ったっきり戻ってこない紙屋先輩は何かの間違いとして、困った時に真に頼れるのはこの私、炎の魔法使いで間違いない!」
――そんな不安を消し飛ばす溌剌とした声と共に、紅色の袴で武装した皐月が地球より召喚された。
以前は分身体が召喚していたため、俺本体の主観としては久しぶりの再会である。
「で、今度こそ、本体でしょうね、御影?」
「頬をつつくのは後にしてくれないか。再会の情緒もへったくれもない事に、魔王の群体に囲まれているから余裕はないんだ」
「また囲まれているって訳ね」
とりあえず、包囲から抜け出すのが先決だ。筋斗雲さえ着陸させられれば空に逃げられるので、まずはそちらを頼む。攻撃以外は不得意分野だろうが、どうにか対処して欲しい。
「誰が火力馬鹿だっ! 私だって幻惑魔法は使えるし。――幻惑、陽炎、虚像、蜃気楼、旅人はそこにないオアシスを追いかけ続けるだろう」
「おおーっ。混世魔王共が、明後日の方向に移動したぞ」
群体の強みは数であり、群体の弱味は個々のステータスが凡弱なところにある。
魔王相手には頼りなさのある四節魔法にも簡単に引っかかる。建物の火事を利用して生み出された蜃気楼に惑わされて、ネズミも甲虫も遠ざかっていく。
「今だ、紅孩児! 来てくれっ」
「おうともだ! 強行着陸するからなっ、雲の中には自分で乗り込めよ」
着陸というよりも落下してきた弾力ある雲が俺達を丸ごと包む。
ドアがない代わりに雲を掻き分けて潜り込めば、どこからでも内部に入り込める構造をしている。黒曜だけは俺と優太郎で忘れずに運び入れて、全員が搭乗すると同時に浮上を開始する。
「混世魔王は乗り込んでいないだろうな? ネズミ一匹、虫一匹が命取りになるぞ」
飛行場並みにボディーチェックは忘れずに実施する。
一方で、妖怪の都を離れようと舵を切る紅孩児には待ったをかけた。
「混世魔王はここで仕留めるから、離れすぎないでくれ」
「マジか! 倒すってのかよ、どうやって??」
「皐月。狙うなら、どのあたりが一番だ?」
都の上空に退避した事で、都が巨大妖魔の背に乗っている事が視認できるようになった。背中の各所で火災が発生しているというのに、当の妖魔はお灸されているとでも勘違いしているのか、気にした素振りを見せずにゆっくりと歩き続けているままだ。
「かなり大きいわね」
「表面を焼くだけだと地下の奴等を取りこぼす。妖魔ごと焼き尽くす必要があるが、できるか? 倒し切れなかった場合はカウンタースキルが来るから、一撃で倒す必要もある」
「魔王相手だから仕方がないけど、注文が多い。……足があって地上から距離があるから、“破局噴火”だと範囲を広げたところで難しいと思う」
やはり、天竜川最高火力と言えどキロ単位、山にも匹敵する怪獣の始末は手に余るのだろう。そういうのは銀河の巨人の仕事であって魔法少女の仕事ではない。
悩むような仕草で、うーん、と皐月は唸っている。
「ま、だったら仕方がないか。まだまだ未完成だけど、次にまた究極生物が現れても倒せるように試作している魔法があるから、それで吹き飛ばそうかな」
……頼んだ俺が思うのもどうかと思うが、ほ、本当にできるのか。究極生物よりは小さくても、それでも原子力空母よりも大きい目標だぞ。
「エキドナ様には一歩間違えると自爆で済んで、二歩間違えると世界崩壊って言われていて禁止されていたけど、御影の頼みだったら仕方がない、うん」
「待て待て、自爆に世界崩壊?! 何をするつもりだ!」
「あー、あれか」
「知っているのか? 優太郎っ」
「噂だけなら。……あ、ガスの元栓閉め忘れていたから、そろそろ帰るわ。じゃっ」
「帰るなよッ」
不穏な発言が続く地球組。選んで呼び寄せた人員だったはずなのに、すこぶる不安だ。
巨大妖魔、渾沌の全身を見渡せる場所への移動を希望した皐月。残念ながら妖魔には頭部がないため、足の進行方向より前方を判断。荒野に向かって筋斗雲を飛ばす。
『――逃がすな!』
『傲慢なる人類を滅ぼすのだ!』
都の方角より動物の群れらしき大群が見えた。イヌやブタ、ウシからカバらしき姿まで存在する多種多様な陣容。動物園から逃げ出した訳ではもちろんなく、あれ等も混世魔王の一部なのだろう。
「大丈夫、まとめて吹き飛ばせる。というか、見える範囲をすべて吹き飛ばしてしまうけど、いいのよね」
「要領よく逃げられた住民はとっくの昔に逃げている。気にする必要は……あれ、何か忘れているような」
皐月の最終確認に対して、俺は妙な違和感を覚える。
誰か忘れている気がしたのだが、誰の事だったか。
「知っているか? 優太郎」
「知るかよ。というか、逃がさないように服を掴むな。伸びるだろう」
優太郎に聞いているのに、なおさら違和感が増すのも何故だろうか。
「クゥなら分かるか?」
「白骨夫人の事じゃない?」
「あー、アイツならまとめて吹き飛ばしてもいいか。よし、やってしまえ、皐月」
懸念はなくなった。心置きなく皐月にゴーを出す。
ニコっと微笑んだ皐月は、まだ用事があるのか人差し指だけで俺を呼ぶ。
何かと思って顔を近付けると、いきなりブチューっと口に噛みついてきた。無害な気配だったため避けられなかったし、避けたとすれば混世魔王に撃たれるべき次の攻撃が俺に向いていた気がする。
「他の女を召喚するたび粘膜接触したのは、この口か、これか!」
「か、噛むな。うヌぉッ、舌長ッ」
「最初に召喚しておきながら、どうして私がこんなに後半にッ!」
皐月の怒りも尤もである。
怒れる女子大生魔法少女が落ち着くまで成すがままになって、いや、俺も別に嫌ではないので普通にキスしておく。
「…………ちょっとっ」
後頭部を伸びる棒で突かれて周囲の白い目に気が付く。特に、クゥの金目が妙に冷えている。魔王戦の真っ最中だというのに不謹慎だった。
ばつが悪い俺とは非対称に、エネルギーチャージを完了した皐月は意気揚々と筋斗雲の上で仁王立ちだ。
「さて、撃ちますか。重唱七節呪文を!」
広がる赤い荒野を歩む異形巨体を望む皐月。
彼女の背後に、別の女性の姿が重複する。
「断熱圧縮および窒素元素の縮退を。師匠!」
“呪文を噛まないでよ、弟子。――断熱、依り代の名は窒素、精錬――”
「――人界の理を超越せよ、縮退、破滅を孕みし物質――」
皐月の手の平に知覚を拒む、光の点としか認識できない異様な物質が生成されていく。
錬金術とは魔法らしい魔法であるが、炎の魔法使いらしくない選択である。皐月の魔法と言えば炎というのが定番のはずだが。
“――フェルミの限界を超えて出現せよ――”
「――縮退物質錬金――」
皐月と、皐月に重なる女性の声が完全に重なる瞬間、光る点は都に向かって飛ばされていく。
「――重唱七節“N2”発動せよ――」




