10-7 蝟集の混世魔王1
マジか。
優太郎の奴、召喚してたった一分で蝟集の混世魔王の『正体不明』を突破してしまったぞ。もうあいつ一人でいいんじゃないのか。
「馬鹿を言え。俺はコンビニ帰りを拉致召喚されただけの一般人だ。魔王をどうにかするのは、お前の役目だ」
さあ戦えと言ったきり、マイバックの中から取り出した骨なしチキンを食い始めて観戦モードに入る優太郎。余裕ある行動……ではなく、せっかく買ったチキンも食わずに死んでたまるかという意気込みである。
切っ掛けを作った所為で、正体が動物裁判の被告一同と判明した動物共が動き始める。
『よくも正体を暴いた』
『よくぞ正体を暴いてくれた』
『我等を一方的に裁判にかけておいて、正体を知らんと言い放つ傲慢さこそが人類であろう。だが……だがっ! よくも今この瞬間、忌々しくも我等を看破してくれた』
チューチューと喚くネズミが波となって殺到してくる。空からも、甲虫の大群が降下中だ。
『『正体不明』を無効化されたとて、それだけの事』
『もとより我等は数頼り! 人類が罪と断じた総量が、お前達を圧し潰すのだ』
「ぎゃー、来たーっ」
「無暗に攻撃しようとするな。カウンターが来るぞ、クゥ」
クゥと背中合わせになって、気絶したままの黒曜と、ついでに優太郎を守る陣形が自然に作られる。
一か所に集まり防御を固めてみたものの、どう対処したものか。ステータスが強化されている所為で噛まれると肉を千切られる。尊い犠牲の優太郎を手前に置いたところで、一秒足らずで骨となり盾にもならない。
俺にしても、これまでの猛攻で『魔』もスタミナも枯渇している。このウェーブは耐えられない。
「ちっ、仕方がない」
ふと、優太郎は食いかけの骨なしチキンを投げた。
肉汁溢れる肉片が混世魔王共の鼻先に落ちる。
『チキンーっ』
『食い物―っ』
おいおい、そんな馬の正面にニンジンを吊るすような手段で……マジか。
半分以上が釣られて渋滞を起こして、ネズミの波が止まったぞ。黄昏世界では味わえない企業努力のジューシーさに抗えなかったか。
「こっちにはゼリーだ」
『甘い樹液―っ』
『食い物―っ』
追加で投げられた食後のデザートにより、甲虫さえも誘引されてしまっている。
「所詮はネズミに虫、個々の知性は大した事はない。今の内に一網打尽にしてしまえ、御影」
「そうしたいが、裁判と称したカウンター手段がこいつ等にはある」
「動物裁判を模した反撃か? 被害者側に訴える権利が発生するとか。発動条件はダメージだけか?」
「そこまでは調べきれていない。それよりも、チキンをよこせ」
「……腹減ったのか?」
「違うっ!」
チキンは在庫切れらしい。これでは後方からの波にも、喰い終わって始動し始めた前方の波にも対応できないぞ。
所詮は一時しのぎだったか。せめて黒曜とクゥの二人だけでも筋斗雲に乗せて逃がしたいが。
「罪あり!」
ビクり、と背中を震わしてしまった。まだ攻撃していないのにカウンターかと思えば――、
「お前等は罪あり!」
「って、優太郎かよ?!」
――違う。この声は優太郎のものである。
「動物裁判は元来、人類が自然に対して行うものであって、動物が人類に行うものではない! カウンター発動なら、むしろ、俺にこそ権利があるだろう」
「カウンター発動って、何のカウンターだよ?!」
「動物裁判は肉を盗んだネズミや、農作物被害を起こした虫に対して実施された経緯がある。俺のチキンを奪うのも同じ。混世魔王、俺のチキン食っただろ。罪あり!」
食の恨みをぶつけられた側たる混世魔王は、動物なので仕方がないが、開き直りながら怒っている。
『人類がッ、我等を再び貶めるというのか。お前達の尺度で我等を測るというのか! 道端に落ちている食料は我等のものだ!!』
「人類だけが理不尽みたいに言うな。動物を裁判にかけるなんて確かに馬鹿みたいな行動だが、それでも、理不尽な自然に挑戦する唯一の手段だった、人類が人類の敵を定めるためには有効な手段だった!」
「なるほど、そういう腹積もりか。……それなら」
優太郎の口八丁に特別な力があるはずがない。
けれども、俺のスキルが加われば、どうだろうか。蝟集の混世魔王最大の武器たる『動物裁判』スキルは、立派な武器ではなかろうか。
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“『武器強奪(強)』、相手の武器を奪う不届きな輩のスキル。
戦闘中だろうと休憩中だろうとお構いなく、武器の強奪確率が上昇する。
強奪時には所有権を含めて奪うため、盗み対策が施されていたとしても無効化できる”
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「過去の人類に俺も倣おう」
「混世魔王、お前は人類の敵だっ! 即日判決、俺達はお前を」
「『破門』する!!」
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▼動物裁判の被告動物
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“職業詳細
●人類復讐者(Aランク)
●魔王(初心者)(破門) New”
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『人類ッ、人類人類人類ぃぃイイイッ!!』
俺を目撃しているすべての混世魔王に恐怖が生じている。これは、『魔王殺し』が間違いなく効いている。
「……やっておいてなんだが、効いたみたいだな、優太郎」
「知り合いに悪竜だった癖に信仰されただけで土地神に就いたドラゴンがいたからな。魔王のレッテル貼りもいけるものだ」
思い付きだけで魔王認定できるものとは思えないが、『魔王殺し』は確かに効いている。『動物裁判』スキルに魔王認定できるだけの副次要素があったのだろうか。
とにかく、混世魔王の『力』は大激減した。こちらがダメージを受けないのであれば状況は大きく好転だ。『非殺傷攻撃』を使いながら、雑に蹴って大群を吹き飛ばしていく。
「そもそも、こんな危険な奴が黄昏世界で魔王認定されていないのが不思議でならない」
「エキドナと、ついでに俺に憑依していた馬鹿の推察によると、黄昏世界の管理神が魔王認定していないからだという話だ。つまり、本来は管理神のお墨付きなく魔王は認定されないらしい」
管理神が魔王を任命する理由は、厄介な敵をより強くしたいから、では当然ない。世界を壊しかねない悪性を人類に倒して欲しいから魔王としてマーキングし、早く倒せと催促しているのである。
神様頼りなのも情けない話だ。が、何事にも例外がある。
スキルや宝貝による職業変化だ。俺が救世主職を円満退職できたように、管理神の許可なく魔王認定する方法があっても可笑しくはない。
「とはいえ、どこまで続くか分からない。『魔王殺し』が効いている内だぞ、御影」
「分かっている。優太郎」
混世魔王は、動く巨大妖魔の背に築かれた都全体に広がっていると予想される。ちまちま倒していてはカウンターにやられるだけだ。
だから、巨大妖魔ごと都のすべてを一度に吹き飛ばす。『正体不明』を無効化し、『魔王殺し』で弱体化させた今なら叶う力技のはずだ。
今呼ぶべきは、火力重視の彼女であろう。
「クゥ、もう一つの宝玉を!」
「嘘、みたい……。助言と虚言だけでこんなにも簡単に状況を。これが、概念ユウタロウ……」




