10-5 トラウマが胸を撃つ
“――判決。被告を死刑に処する!”
何やら偉そうな誰かが、高らかに何か宣言している。
訳も分からない。
言語など理解する能も理由もない。
ただ煩い動物が喚いているだけなのだろうが、宣言後に実施された行動により、否応なしに“判決”やら、“被告”やら、“死刑”やら、といった発音の意味を知らされる。
頭に石を投げられて、殺された。
首に縄を縛られて、窒息させられた。
手足を引っ張られて、バラバラにされた。
死骸は――時々、生きたまま――火をつけられて、燃えカスにされた。
理不尽だ。
殺されてしまうなんて理不尽だ。
しかし……殺される事自体は大した問題ではない。理不尽な理由は殺される事ではない。
我々にとっての理不尽とは、殺すのにワザワザ最もらしい理由をでっち上げる事にある。
止めろ。我々には無関係だ。
止めろ。我々に秩序を押し付けるな。
殺すならば、ただ殺せ。理由など考えずに理不尽に殺すがいい。
我々を、我々ではない次元に貶めるな――。
『人類報復権』スキルによる効果が発揮されて、かつて混世魔王が経験した様々な処刑方法を追体験する白骨夫人。群体だから死の体験が多いというのは納得できるが、嫌にバリエーションが多い。
死の苦痛は、たとえ追体験であっても耐え難い。実際に殺されるのと差はあまりない。
けれども、白骨夫人は鼻で笑っている。
「得体の知れない精神攻撃だから、怖がるとでも? 死なんて一度経験してしまえば怖くもなんともない! 『正体不明』のアナタ達になんて一切共感してあげなーい」
白骨夫人は『人類報復権』の追体験に耐えている。平然としてしまっている。
所詮は他人事という強固な無関心、他人に共感してやらないという我の強さで処刑をスルーしている。
混世魔王の復讐心は白骨夫人に届かないのだろうか。
なに、焦る必要などないだろう。
“――判決。人の営みを乱した被告の罪は重い。見せしめのため、射殺刑に処する”
擦れていようとも、この女子も自然摂理に属している。
であれば、追体験は劇薬足りえる。我等が受けた恥辱は対自然特効。自然由来の神性、神格の座を貶めて無効化するのだ。
さあ、共に憤ろうではないか。
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▼白骨夫人
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“●レベル:62”
“ステータス詳細
●力:488 ●守:331 ●速:754
●魔:887/1024
●運:0
●陽:0”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
×??固有スキル『??』(対自然特効・無効化)
●妖怪固有スキル『擬態(怪)』
●妖怪固有スキル『妖術』
●妖怪固有スキル『嘘成功率上昇』
●妖怪固有スキル『魔回復(嘘成功)』
●妖怪固有スキル『斉東野語』
●実績達成スキル『正体否定』
●実績達成スキル『反魂術』”
“職業詳細
●???(初心者)(対自然特効・ランクダウン・無効化)
●妖怪(Aランク)”
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飛来音と共に胸に突然、穴が開いた。
「あ?」
そんな追体験が白骨夫人を襲う。
凶器が弓矢だったのか、ライフル銃だったのか定かではない。両方だったのかもしれないし、どちらでもない別の何かだったのかもしれないが、そこは重要ではない。
白骨夫人にとっての最重要は、飛翔体が胸を貫通する、という事象にあった。
「あ、ァ? アアアアアアアアアアアアアアアッ?!!」
直前まで浮かべていた笑みなど一瞬で捨て去った。恥も外聞も一切気にできず、赤子のように泣き叫ぶ。
『人類報復権』スキルがクリティカルヒットしたのだ。ただの精神攻撃が肉体に多大な影響を与えている。穴の開いていない胸を閉じようと押さえつけながら、嘔吐を繰り返しているくらいだ。
気持ち悪さに耐え切れず、今すぐにこの場より逃げ出したい。白骨夫人にそう思わせるのに十分な不調である。
けれども、周囲には白骨夫人自身が不用心にも集めた混世魔王がいる。なお、混世魔王は地を走るネズミに限らない。地中より奇襲してきたモグラだけでもない。
『『人類搾取権』執行。刑を前に逃亡は許されない』
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“『人類搾取権』、復讐するべき人類から搾取するのは当然のスキル。
人類によって不幸な目に遭ったのであれば、人類から搾取して負債を補うのは当然の権利である。
ただし、スキルごときで搾取できるのは『魔』に過ぎない”
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▼白骨夫人
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“ステータス詳細
●魔:887/1024 → 0/1024”
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これまで姿を隠していた、甲虫の混世魔王が肩に乗っていた。目を凝らせば、類似する虫が飛んでいるのが分かるだろう。
『魔』を奪い、『コントロールZ』の使用を行わせない。本気を出した混世魔王は白骨夫人を狩るつもりらしい。
「ああああアッ!! 嫌だッ。もう嫌だ!!」
それでも逃走を選んだ白骨夫人は……黒曜の体への憑依を解いた。美貌を気に入っていただけの体などに固執せず、反魂術で最初に呼び出された遺骸へと舞い戻っていく。
気を失ったかのように倒れる黒曜。悪辣な魂は去ったものの、そんな事、周囲の混世魔王には無関係だ。
喰らいつかれれば、肉片さえも残らないだろう。
人肉に飢えたネズミが迫っていた。
『――ふんッ。お前も邪魔をしてくるか!』
“GAFFFFFFFFFFFFFF!!”
都外れの崖――巨大妖魔の背中の端――まで飛ばされたユウタロウであるが、彼の戦意は未だ高いままだ。御影に挑戦するべく戦場に戻っている。
だというのにユウタロウの到着が遅れていたのは、四足獣に因縁を付けられたからである。
『蝟集と共闘か。犬とはいえ飼い犬が、野生とよくも協力できたものだ』
“GAAAFッ!!”
『事実を怒るな。人類復讐職同士が戦っても、決着はつかんぞ』
ユウタロウの拳が四足獣の胴を捉えても、炎を噴出したバックステップで下がられた所為でダメージは極小だ。
人類復讐者職のスキルは対人類用。互いに使用制限がある。
自前のスキルとパラメーターで戦うしかないだろうが、四足獣の『速』は五戒重ねたユウタロウでも追いつけないものであった。
『いい加減にしろ! そこをどけッ』
“GAFッ!!”
怪獣映画の様相となった人類復讐者同士の戦い。
住民の妖怪とて介入を避けているが……では、怪獣二体を同時に切断するように斬撃が振られたのは何故だろうか。
「――ナターシャの救援信号を聞きつけて、はるばる天竺より降りて来てみれば化物ばかり。それも大物。まあ、せっかくなので掃除しておきますわ」
大剣を片手で軽々掲げるカエルが、怪獣二体をギョロっと眺めている。




