10-3 群がるネズミ
『罪あり、罪あり。なんじに罪あり』
『断罪だ。断罪だ。恥も醜聞も気にせず断罪だ』
『切断刑だ。八つ裂き刑もありえる』
四方を埋め尽くすドブネズミの集団が足元に到達する。そのまま一切躊躇せず、俺の足を伝って駆け上ってきた。
振り払っても、払っている最中に別の個体がよじ登ってくる始末。真っ先に到達した仲間を後続が揉みくちゃに踏み潰している癖に、俺ばかりを罪に問うところが動物らしく身勝手だ。
いたる所を噛まれ、引っかかれている。とはいえ、所詮は小動物。
一体ずつの『力』は知れている。ホラー映画で最初に襲われるパリピならともかく、レベルアップを百回重ねた俺を殺すにはパワーが足りない。
『――判決、八つ裂き刑。即日執行』
であればこそ理解し難いのが、首の締まりや四肢の拘束だ。げっ歯類ごときに可能な所業ではない。不可視の縄に縛られているような苦痛を感じてしまっているが、ネズミが縄を使えるはずがないのだ。
手足が外側に伸ばされていき、このまま引き続けて千切る勢い。
まだ動ける内にと抵抗して体上のネズミを数体斬ったが、その直後に縛る力が倍増した。
『罪状追加。罪深い被告に重刑を!』
喉が絞められて酸欠気味になる。それ以上に脳への血流低下が深刻か。酸素飽和度に反比例して、思考力が低下していく。
細かな事など考えられないので、グレネードで周囲を粉砕したくなるものの……いや、止めておこう。直観したが、こいつ等は他者からの攻撃に対して、何らかのカウンター手段を保持しているぞ。
ダメージを受ける事がカウンター発動条件とすれば、個々の弱さがむしろプラスに働く。踏んだだけでも死ぬような相手だ。下手に攻撃すれば、手酷いしっぺ返しを食らってしまう。
つまり、ダメージを与えるような攻撃はご法度である。
「逆に、言えばっ! ダメージが、なけ、ればッ。『非殺傷攻撃』発動!」
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“『非殺傷攻撃』、攻撃の威力を抑えるスキル。
本スキル所持者が行う攻撃であれば、致命的な一撃であっても完全な無害化が可能となる”
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体に取りつくネズミ共を払い除ける。それでも噛み付いたままの奴等は、跳躍した勢いで落としていく。
すべてのネズミを落とせば『暗影』の出番だ。影を纏っての瞬間移動により、体の各所の見えない拘束より逃れる事ができた。
「けほっ。クソ、吉川線が残ったぞ」
想像通りカウンターはない。ダメージを与えなければ見た目通りの小汚い小動物程度の脅威でしかない。
ひとまず安心と言いたいが、ネズミ共を討伐するなら一網打尽にするしかなくなったな。町中に散らばっていると思われるネズミすべてという意味になる。
広範囲攻撃は専門外なので、火力マシマシの魔法使いを召喚するしかないだろう。ただ、残念ながら黒八卦炉の宝玉はクゥの持ち物だ。手元にはない。
そもそも、現時点において混世魔王の撃破の優先度は低い。白骨夫人を打倒したいのに邪魔になっている、それだけだ。包囲をパスできればそれで十分だという事を忘れるな。
「この程度、どうにかしてしまうと思っていたわ、ぱぱァ。だ、か、ら。次はこの手で、『オウム返し』発動――罪あり、罪あり!」
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“『オウム返し』、他人の真似を得意とするスキル。
己以外の何かを擬態するのが得意になる”
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白骨夫人と混世魔王は協力関係にある訳ではない。が、白骨夫人の奴はうまく使っていやがる。
声を真似ただけ。ただのアジテートに過ぎないが、知能指数が一グラム程度のネズミ共は扇動された。
『罪あり? 罪あり!』
『足首切断刑、即日執行』
「コイツ等、ダメージもないのに?!」
致命傷を受けての死に際にカウンタースキルを発動させているだけではない。別個体が傷を負っても近隣の仲間が報復に走るのか。
真偽はどうでもよく、嘘でもカウンターしてくるというのはスキル判定、甘過ぎやしないだろうか。
「コイツの正体を探る手掛かりになりそうなものだが。……全然、分からない」
カウンター攻撃は不可視であるものの、事前告知があるので『暗影』を発動できるだけの猶予がある。右の足首を襲った嫌な気配も、『暗影』発動後に残る影を斬り裂くだけに終わる。
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“『暗影』、やったか、を実現可能なアサシン職のスキル。
体の表面に影を纏い、攻撃に対する身代わりとして使用可能。本人は、半径七メートルの任意の場所に空間転移できる”
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『暗影』を普通に回避スキルとして使っている事実が新鮮だ。こんなに便利なのにどうしてジャージみたいに普段使いしていないかというと、連続使用に限界があるからである。体調や前日の睡眠量、声援の有無で回数は変化するので何とも言えないものの、この調子で使っていると八回目くらいが限界だろう。
白骨夫人の奴が嬉しそうにニヤけているのも、俺の余裕がどんどん無くなっているのが分かっているからだ。
黒曜の体を奪い、記憶も参照している。アサシン職のスキルも熟知されている所為で弱点が丸裸である。
以前、ユウタロウにも指摘されたが――ユウタロウを思い出し、精神に10ダメージ――、黄昏世界に来てから成長した部分で戦わなければ、白骨夫人の予想を超えられないだろう。
太乙真人戦は激戦だった。レベル100に到達している俺を更に成長させるには十分だった。
今こそ、それを見せよう。
「『オウム返し』発動――罪あり、罪あり!」
「『既知スキル習得』発動。対象は妖怪職の『擬態(怪)』――罪なし。罪なし! 冤罪、冤罪ぃっ!」
物真似スキルなら俺も使える。
混世魔王の声真似をする白骨夫人を、更に俺が真似て訂正だ。
『罪あ……冤罪?』
『冤罪とは何だ。罪がないのか??』
『判決無罪だと。我等を裁判にかける事自体が恥じ入る行為だが、無罪の場合はどうすれば』
ネズミ共はザワつきながら動きを止めた。
他人の言葉に左右されるような意志薄弱な輩が止まっている間に、白骨夫人に組みつくぞ。
「――ぱぱァなら、『擬態』スキルくらい習得するって予想は簡単で動揺なんてしてあげなーい。けははっ。『既知スキル習得』発動、対象はエキドナの『怪物的誘惑』」
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“『怪物的誘惑』、恋愛感情の強要により精神を支配するスキル。
体臭に恋愛感情を誘発させるフェロモンを混ぜて、周囲に拡散させる。フェロモンの効果対象は性別を問わない”
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白骨夫人を中心に拡散する質量ある色香が、無数のネズミ共を支配して目をギラつかせていく。




