10-2 パンジャん……
車輪の混世魔王は前回の反省を生かしていた。
爆死させるべき人類ではなく、その辺に生えていた植物に衝突して炸裂した前回の失敗。本懐を果たせなかった理由を悩みに悩み、考えに考えた結果、自身に画期的な改良を施したのである。
車輪の混世魔王の反省点。
それは……爆発力である。
==========
▼車輪の混世魔王 偽名、修蛇
==========
“ステータス詳細
●力:10000 → 20000(火薬二倍)
●守:1
●速:89 → 66(重量二倍)”
==========
『――嘲笑を止めない愚かな人類よ。爆発力を二倍に増した我が身と共に炸裂せよ』
火薬量である。
爆発殺傷半径が狭かったために、怨敵人類を殺傷できなかった。
であれば、改善は単純だ。ドラム缶のようにも見える火薬積載円柱構造を大胆に延長し、倍加すればよい。重量増加により機動力は低下したものの、車輪を一つ増やしたので安定性はむしろ向上している。
今度こそ、人類に復讐できるという絶対的な自信。
妖怪の都に住まう全人口を諸共に炸裂させられるだけの爆発力を体内に保有しながらも、慢心はない。加速しながら体当たりすれば被害はどこまでも大きくなる。
車輪に等間隔に溶接されたブースターより、火が噴き始める。
もう、車輪の混世魔王はどうあっても止められない。
『ブーストON。これにて、人類に復讐を達成せ――んっ?』
ちなみに、目標たる妖怪の都は巨大妖魔、渾沌の背に築かれた都市である。遠近感に狂わされるものの、並足であっても移動速度は軽自動車の最高速度に達する。
ブースターで加速する車輪の混世魔王の方が速い。本来であれば逃がしはしない。
……車輪の混世魔王が直進以外もできたなら、進路を変えた渾沌を追いかけられただろう。ブクブクに太った顔なし妖魔とはいえ、火を噴きながら回転する車輪が近づけば回避行動くらい採用する。加速を得ようと、早々にブースターを起動させたために猶予時間が長かったのも誤算であった。
==========
“『フォーティテュード作戦』、失敗前提、いや、失敗を目的とした作戦が元となったスキル。
本スキル所持者の行動は――失敗する”
==========
車輪の混世魔王は妖怪の都の脇を通り過ぎていった。
目標を見失った魔王の進路上には、赤い荒野が続いている。
そしてその荒野には、はるばる遠征してきた牛魔王の兵団が『運』悪く存在した。
『――爆散!!』
「ぬなぁぁぁッ?! 全隊、回避ぃぃぃッ」
自兵を率いていた牛魔王と衝突する中央車輪。
牛魔王は巨漢なれど、より大きな車輪に踏まれれば抵抗できずに轢かれるのみ。車輪が爆発したとなれば尚更だろう。
赤い閃光に目をくらました一瞬の後に、一帯は爆風と煙に包まれたシンプルな土地に激変していた。濃く黒い煙が高く昇っていく。
爆心地で動く唯一の物体は、車輪のみだ。
『……次こそは、次こそは復讐するべき人類に、より盛大なる大爆発を』
ひん曲がった車輪をぎこちなく回しながら、車輪の混世魔王は戦線を遠ざかる。
よし、見なかった事にしよう。そうしよう。
「クゥは何も見なかった。いいな」
「爆心地から悲鳴が聞こえた気がするけど。いいの? 私には聞こえた気がするけど紅孩児は聞こえなかった?」
「爆発音しか聞こえねぇよ。気のせいじゃねぇか」
悲鳴ならば都のあちこちで響いている、そう珍しいものではない。
各地で発生、拡大している火事から逃げ惑う住民の悲鳴である。妖怪の声だけであって欲しいものだが、所々から聞こえる歓声は陽中毒者の声で間違いない。
「声に交じって戦闘音も聞こえている。妖怪と混世魔王が戦っているみたいだ。乱戦に巻き込まれてもツマらない。とりあえず、ユウタロウを探し……いや、都から離れよう。この状況では救助活動も不可能だ」
逃げる群衆の前に筋斗雲を着陸させたならば、地獄に下ろされた蜘蛛の糸よろしく妖怪も人間も群がるだろう。俺達の安全を確保できない状況での救助活動は無理だ。俺と紅孩児はまだしも、クゥが死んでしまう。
ネズミの混世魔王の特性も分かっていない。特に無理をする必要がないので、妖怪の都から撤退するとしよう。
俺の提案通り、紅孩児は筋斗雲を外に向ける。
さっそくリラックスし始めたクゥが雲の床に腰を下ろす。
「――ッ?! 予定変更。俺だけ降りる。二人は都から離れろ」
俺は一人だけ発作的に、筋斗雲の雲の壁に頭から突っ込んだ。
舐めまわされるような、酷くネットリとした視線を感じたからである。スキルなどではない、純粋な第六感が俺を途中下車させる。
「……ぱぱァ。娘の私は、ここにいるわよ。けははっ」
パラシュートを背負わずの降下であるが一切気にならない。
性格極悪の女妖怪が火災の真っ只中で俺を見上げながら誘っているのだ。降りない訳にはいかなかった。
「黒曜の体を返してもらう!!」
「そんなに娘の体ばかりが大事だなんて、イヤらしいわ。ぱぱァ」
「ふざけるな、白骨婦人ッ! 黒曜の体は黒曜のものだ」
「私の言いつけ通り、せっかく都に来てくれたならと趣向を凝らしていたのに。はぁ……、こんな火事場で再会するなんて、とっても残念だわ」
位置エネルギーの赴くままに落下を続けて、刺突ナイフを白骨婦人に向けて突き出す。
黒曜の体を完全に掌握している白骨婦人は黒い刀身の短剣を構える。と、落ちてきた俺と軽々切り結んだ。
「狼と徒人の次も用意していたのに、もう最悪っ。異世界のよく分からないバケモノに絡まれて馴染みの遊技場も灰になったし。しかも、この綺麗な体が致命傷を負った所為で、『コントロールZ』で時を戻さなければならなくなって、『魔』をかなり浪費させられちゃった。色々、さんざんよ」
「そうか、良かったな」
黒曜は俺よりも強い。キャリアもある。真正面から戦っても勝算はない。
黒曜の体を人質に取られているため、そもそも分が悪い。どうやったら白骨婦人を追い出せるのか分かっていないのも致命的だ。紅孩児も白骨婦人の憑依を解呪する方法を知らなかった。
だが、だからと言って、いつまで黒曜の体が無事かは分からない。この機会を逃せば二度と取り戻せないかもしれないとなれば、どうして戦わずにいられるだろう。
「でも、お陰で分かっちゃった。この混世魔王のせ、い、し、つ」
せっかくの美人顔で気色悪く笑う白骨婦人の顔が、溶けるように変わっていく。
湖面に浮かび上がるがごとく変化し終えたその顔は……何だろう。妙な仮面を付けた変質者だ。
「けはっ、『擬態』完了」
「おい、誰の顔だ。仮面をつけた優太郎か?」
「…………いや、ぱぱァの顔だけど。で、この顔でそこいらのネズミを踏みつけると、どうなると思う?」
低クオリティながら俺に『擬態』を果たした白骨婦人。性格通りの行動の悪さで、足元に潜んでいたネズミを一匹、無慈悲に踏み殺した。
ドス黒い血を吐きながら死にゆくネズミの遺言は――、
『――なんじ、罪あり。罪あり。罪あり! 判決、絞首刑。即日執行』
――断罪の言葉だ。
このネズミも混世魔王だったようだが、そこに驚きはない。
ただし……俺の首が急激に締まった事実には驚く。何かされるなら、踏み潰した白骨婦人の方であるべきだ。
なお、当の白骨婦人はいつの間にか距離を取っており、『擬態』も解除していた。
「そいつ等、『擬態』を見破る能はないから」
「完全に冤罪じゃねぇかッ」
「そういえば。さっきまでぱぱァの顔でたくさんネズミを潰しておいたから、気を付けて。どう気を付けるのかさっぱり分からないけど。けははははっ!」
周囲は炎の海であるが、炎の海を上書きして余りある量の小動物が津波となって押し寄せる。




