9-19 狼と徒人 決着
「ケケケ。ハハハハ! 俺俺俺俺。今今今夜夜夜今夜。生き残残残残生き――??」
テリャを貫いた腕を引き抜き、盛大に馬鹿笑いを上げる悪魔の姿へと変質したオンロ。
酷く耳障りな笑い声だったため、何がそんなに面白い、と仮面越しに俺は睨みつける。
「楽しいか?」
「――カ、あァ。息息息苦苦苦苦、止止止止っ」
「人間の命ごときだから、奪って楽しいか?」
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▼オンロ
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“ステータス詳細
●力:20 → 0
●守:11 → 0
●速:6 → 0
●魔:20 → 0
●運:0
●陽:0”
“職業詳細
●妖怪(初心者)
●魔王(初心者)
×商人(離職)”
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“『魔王殺し』、魔界の厄介者を倒した偉業を証明するスキル。
相手が魔王の場合、攻撃で与えられる苦痛と恐怖が百倍に補正される。
また、攻撃しなくとも、魔王はスキル保持者を知覚しただけで言い知れぬ感覚に怯えて竦み、パラメーター全体が九十九パーセント減の補正を受ける”
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勝手に窒息を開始し、首を抑えながら倒れ込んでいく。死にかけの虫のような恰好となったため、スリッパで叩き潰すだけで終わりそうだ。
「妖怪死すべし。“重くなって”、如意棒」
「止止止、ブぁギャ」
俺よりも判断の早かったクゥの如意棒に潰されて、オンロはお陀仏だ。妖怪というよりも西洋風なバフォメットに近い外見に変化していたのが少々気になったものの、潰してしまったものは仕方がない。
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“●低級悪魔を一体討伐しました。経験値を一〇入手しました”
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気になるが今は優先度が低い。
最後の妖怪は仕留めた。つまり、テリャは人間になる。疑い濃厚だったが人間と判明したのであれば助けなければならない。
「大丈夫か! 即死していなければ効く薬がある。死ぬ気で死ぬなっ」
「……ケホ。この傷では私は死ぬ……でしょう。ぜひ使って……ください」
俺は取り出した『奇跡の樹液』入りの小瓶を……仕舞い直した。テリャは死なないと言っている。なら、大丈夫か。
「御影君?! 何をしているのよ」
「え、いや、テリャは死なないって」
「……いやはや、嘘は、つきたくない……ものですな……ケホッ」
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“――学習完了。『斉東野語』をラーニングしました”
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クゥがどうして驚いているのか分からない。
『既知スキル習得(A級以下)』の効果により、どうして妖怪の『斉東野語』スキルをラーニングしたのか分からない。攻撃を受けて初めてラーニングするはずなのに分からない。
何より……どうしてテリャが死ぬ寸前なのか分からない。彼は死なないと言ったはずだ。
「良いのです……。私が妖怪なのか、徒人なのか。答えが……得られ……ましたか…………ら……」
吐いた自分の血で呼吸に苦しんでいるというのに、テリャはとても幸せな顔だった。ついに呼吸できなくなった後も、やはり幸せそうだった。
心音が止まると同時に、仮面の裏側で一人分、黒い海が波立つ。悪霊になる気配を一切見せず、深く静かに沈んでいく。
テリャは自分が人間として死ねる事に安堵したのだろう。
けれども、どんなに幸せで納得感があろうとも、俺は共感できそうにない。
納得できないのは、遠隔視聴していた白骨夫人も同一意見である。
「妖怪が増えた? せっかくの遊戯が、台無しよッ!!」
煙管を乱暴に投げ飛ばして、椅子から立ち上がった白骨夫人。綺麗と喜んでいた指の爪を噛んで歪にしてしまっている。
泳がせていた牛魔王の娘、紅孩児の侵入をキーに、ルール違反により参加者全員を葬れるはずだった。狼と徒人はそういう儀式であったのだ。すべては白骨夫人の手の平の上。宿舎内部でどれだけ勤しんでも、小さな猿が指に名前を書いて喜ぶようなものでしかなかったというのに、結果が伴わず不満で仕方がない。
「グズ娘が遅い所為でッ。ああっ、もう!!」
白骨夫人の謀が失敗した理由は単純明快。
都に入り込んだ混世魔王の存在に気付いていないのが原因だ。
「どいつもこいつも。妖怪も、徒人も、誰も彼もが苦しんで非条理に死ねばいいのに。そういう下等生物の癖に、抵抗して!」
『――Squeak.Squeak.』
「足元でうるさいのよッ」
大妖怪ともあろう者が迂闊であるが、責める訳にはいかない部分がある。都に潜入している蝟集の混世魔王はその名の通り集合体であり、個体でみればただの害虫害獣に過ぎない気配しか有さない。
他と比較し、個々の力は弱い混世魔王だ。
だからこそ、蝟集の混世魔王は好機をじっと待って、ついに動き始めた。
「汚いネズミも、踏み潰されて死ねばいいのよ!」
白骨夫人に下半身を踏まれたネズミが、予定通り死に体となりながら最後の力で鳴く。
『――なんじ、罪あり』
全妖怪の脱落により狼と徒人は終了した。ロビーから見える正門が自動で開け放たれたのが、密室殺人ゲーム終了の証明となった。
数日ぶりのシャバだというのに解放感は皆無だ。後味の悪さにクゥと二人で閉口してしまう。勝手に巻き込まれた狼と徒人の感想は、ただただ不快だった、である。
夕日に近い深夜の陽が外から屋内に入り込む。
「――よぅ、久しぶり」
赤褐色に満ちた外より女の声が掛けられる。
足を引きずっていたため、声よりも数秒遅れて現れた紅孩児が、折れていない手を上げて再会を祝していた。
「無事だな。白骨夫人主催の遊戯を生き残るのは、さすがだぜ」
「紅孩児っ、ボロボロじゃないか」
倒れ込むようにロビーに入った紅孩児の体を慌てて抱える。
ドレスのような服は焼けていたり切り刻まれていたりで服の体裁を留めていない。が、煽情的というには痛々し過ぎる。
「誰にやられたッ」
「ユウタロウだ。アイツが裏切った」
『奇跡の樹液』を振りかける手が一瞬止まった。紅孩児の傷はかなり深い。きっと頭も負傷しているな。
「現実を受け入れやがれ。ユウタロウは裏切ったんだ」
「いやいや、ユウタロウは裏切るとか裏切らないとかそういう次元にある概念ではな――」
紅孩児に親友の何たるかを高説したかったが、アフターバーナーを吹きながら突っ込んできた槍が俺の頬を掠めたため中断する。
ロビー中央に着弾した槍を中心に炎が広がり、宿舎一階はあっという間に炎の海だ。
熱風に圧されて外に逃げる。走れない紅孩児は俺がおぶった。
「――その闘牛女の言葉は正しくない。裏切りは味方に対して行われるものだが、俺は一度もお前達の味方になっていない。ただ、殺し合うのに相応しい時期を待っていたに過ぎない」
燃え落ちる宿舎が光源となって、屋根の上より語りかけてくる男の巨体を照らす。
俺がユウタロウと呼ぶブタ面の大男は、親友に向けるべきではない冷たい目で俺を見下ろしている。
「今が殺し合うのに最良という訳でもないがな。時間切れだ」
「ユウタロウ……冗談を言っていないで下りてこいって」
「そういう態度を取り続けたお前の不手際だ。人類復讐者が複数動き出すタイミングまで俺を放置したお前の失態だ。妖怪の都は燃え落ちる。灼熱の死地となる。お前が他の奴に火葬される前に、俺の手で決着をつけるとしよう」
ユウタロウの体より炎が立ち昇る。
背中から――正確には背中全体の火傷の跡から――炎を噴出させる能力をユウタロウは有しているが、今、見えている炎は別種のものだ。色が赤くない。巨体に巻き付く炎の色は黒い。
太い手が、黒い宝玉を握っている。
「都にある黒八卦炉の宝玉を探せと言ったのはお前だ。これも、お前の失態だ。……願いを叶える神性遺骸。俺を“オーク族を統べる者”にクラスチェンジしてみせろ」
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▼豚面の混世魔王 偽名、封豨
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“職業詳細
●オーク(Cランク) → オークの統治者(Cランク) New
●人類復讐者(初心者)”
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「我ながら謙虚な願いだ」
「ユウタロウッ!!」
「あの粗暴な兄がギガンティックルーラー・オブ・オークと名乗っていたくらいだ。家族の俺にも素質はあるだろうよ。……始めるぞ、『巨大化』スキル発動」
元々、プロレスラー級の巨体を誇るユウタロウであるが。筋肉が異常成長した今では見る影もない。ただの化物だ。
重量を増した肉体が屋根を踏み抜いて建物を崩壊させていく。壊れていく建物の中から三十メートル級の黒いシルエットが立ち上がり、顔を覗かせる。
『行くぞ。俺にはお前を殺す動機も手段もあるからな!』
いつか見た怪物だった。
黄昏世界ではない。地球の地方都市、街から山間にある離れたゴルフ場で顕現した黒い巨大オークの威容である。
マッシブな巨大オークは剛力を込めた拳を、俺へと目掛けて打ち下ろしてくる。




