9-13 狼と徒人 三日目昼、投票
食用の男は、己が妖怪であると自白した。かなりの余裕に満ちた顔付きで、はっきりとだ。
髪を反られて両耳を千切られて、屠殺される寸前の畜産動物のような姿に化けているが、それ等はすべて擬態。俺の目を欺くための変装でしかなかった。
「勇気があるな。ここで俺がお前を刺さない理由があると思っているのか?」
「狼と徒人に囚われている状態でやんちゃはしない事だ、救世主職。巧妙に隠しているが、外と内を通じる穴はいくつかある。例えば空気穴だが、そこの村娘がじっくりと窒息していく面白い様子を眺めたい時だけ、俺を刺すんだな。くくっ」
俺の脅しに対して妖怪は脅し返してくる。保険もなく妖怪であると告白したりはしないか。
「狼と徒人が無事に終わった時だけ、幽閉状態は解除される。あくびが出るくらいに穏便な遊戯なのだから、最後まで付き合えよ、救世主職」
あくびをしながら猫背を伸ばすくらいにリラックスしてみせる食用の男。
せっかく妖怪を一体特定できたというのに、まるで、余裕なく追い込まれているのは俺達の方みたいな態度だ。
「実際、救世主職は詰みの一歩手前、妖怪の残りは俺を含めて三人だ。午後に俺を投票で選べなければ、お前の負けになる。くくっ、昨日のように、奇策で票を集めてみろ」
貧相な鉄格子の向こうが、この宿舎一番のビップルームのように食用の男は寛いでいる。
指図されたようで気に入らない。ただ、午後の投票で勝つための道筋を考える必要があるのは確かである。しかも、たかだか数時間の猶予しかない。妖怪のいるジメジメした牢屋よりは自室の方が思考も捗るというものだろう。
「クゥ。ここは用済みだ。帰ろう」
どうやって票を集めるべきか。そこに思考を集中させながらも相方を忘れず、声をかけてから出口へと向かう。牢屋に来てから一度も喋っていないが、クゥはいちおう隣にずっといた。空気になっていても、空気不足にならないために妖怪は殺さずにおいてやるしかない。
ただし……帰ろうとする俺の行動に反して、クゥは一歩も動かない。彼女はまだ妖怪と対面し続けている。
「ねぇ、アナタの名前は何よ?」
いや、まだ聞いていなかったけど。今、聞く事か?
「徒人に名乗る名などな――」
「――ねぇ、どうしてそんなに投票されたがっているのよ?」
食用の男の言葉に被せて、クゥは意表を突いた質問をぶつける。その所為で男は喉を詰まらせて返事ができなくなってしまう。
「おかしいと思わない? この人はどうして素直に妖怪だと明かしたんだろうって」
「それは、確かに」
「妖怪が慢心しているだけっていうのは楽観的だし、そもそも、妖怪にとって得にならない訳だし」
妖怪が優勢なのは確かである。けれども、同じ状況だった昨日を乗り切った実績が俺達にはある。多少は慎重になろうという気になっても、情けをかけようという気にはならない。
危機感を持った結果、妖怪らしく罠を仕掛けるのが正常だろう。
「なんていうか。この人、投票されたがっている気がする」
俺に対してというよりは自分の思考をまとめるためにクゥは言葉を発している。特に同意は必要としていないため、俺を見ていない。
薄暗い牢屋だからだろうか。クゥの特徴的な金色の目が、ふと、炎のように揺らいだ気がした。
「もしかしてこの人って……妖怪ではなくって、徒人?」
直観ありきの答えだったのだろう。言葉は疑問形である。
ただ、クゥの答えを聞いた途端、俺の脳内でも歯車同士が噛み合う擬音が響いた。食用の男の杜撰な行動に、実は明確な戦略があったのだと見えてくる。
「でも、徒人が妖怪の味方をしているって、ありえないか」
「いや、都にはいる。陽中毒者なら、妖怪の味方をする」
人狼ゲームの話をするなら、狼陣営に所属する人間役職は存在する。代表的な役職は狂人。人間でありながら狼に有利な行動を取る。勝利条件も狼陣営の勝利だ。
だが、狼と徒人ではどうだろうか。妖怪に協力したところで妖怪が恩義を覚えるとは思えない。同じ人間なのだからと区別されず、狂人も喰われて死ぬのがオチだろう。
喰われて死ぬと分かっていながら妖怪に協力する人間はいない。普通はいない。
けれども、都には普通ではない精神中毒者がいる。
「人間なら、紅孩児の『擬態(怪)』破りも意味がない。そもそも擬態していないのなら効果がない。妖怪も生意気な対策をしてくる」
「お、俺は妖怪だと言っているだろっ」
「動揺して声が震えているぞ、お前」
妖怪が陽中毒者に協力させて、自分は妖怪だと虚偽を言わせる。
俺が虚偽を信じて陽中毒者に票を集めてしまった場合、妖怪と人間の数が等しくなり敗北だ。
「いやらしい作戦だ」
一番いやらしいところは、もし俺が虚偽に気が付いたところで妖怪側に損失はない部分だろう。裏切り者とはいえ人間としてカウントされるため、妖怪のように食用の男を討伐して解決とはならない。
「……惜しかったが、別に何も問題ない。俺は午後、救世主職に投票する。妖怪も全員、お前に投票する。結末は何も変わらない」
そして裏切り者は開き直り、妖怪と完全に協力して行動し始めるのだ。
「ああっ、今日の夜が楽しみだ。チマチマ耳を食べられるだけで終わらず、ようやく、全身を食べてもらえる。とても、楽しみだぁ」
恍惚と己の結末を語る食用の男。無敵の人と化したこの男込みでの多数決なので、確かに敗北は決まったようなものだった。
「不利というか詰んでない? 御影君」
「土俵際だな。この男を説得しないと投票で終わる」
「ヤバい顔をして頬を染めているこの男を説得? どうやって??」
俺もこんな男、説得したくはない。喰われる事を望んだ奴なので、生半可な拷も……説得でも改心してくれまい。
説得できたところで結果は……いや、これは考えないでおこう。
「つけ入る隙があるとすれば、この男の目的は妖怪の勝利ではなく、妖怪に喰われる事という点だ」
人狼ゲームであれば敗北するこの状況。
どうにかしたければ、ゲームを入れ替えるしかないだろう。丁度、牢屋を見ていて思い付いた。
「おい、食用。水を差して悪いが、妖怪は本当にお前を喰うと思うか? というか、午後の投票で終わると信じているのか?」
目玉が飛び出しそうなくらいに瞼を広げて、食用の男は俺を凝視してくる。
「物分かりの悪い救世主職め。妖怪と俺の票をすべて集めれば妖怪に負けはない」
「昨日は票が集まらなかった。今日も集まらないんじゃないか?」
「今回は俺が妖怪に協力する。絶対に票は集まる!」
「なるほど。妖怪がただの食料を信頼して票を集めると、なるほど」
男の顔が引き攣った。男が妖怪を信じる程に妖怪が男を信じてくれるとまでは思っていない証拠である。
「次の投票で決着しなかった時には、俺に票を入れた奴の妖怪説が濃くなってしまうからな。票を入れない妖怪がいるかもしれない」
「馬鹿馬鹿しい仮定だ」
「お前が妖怪を裏切る可能性を排除しなければ、ありえる仮定だ」
全員が協力して、一つの目的のために最善手を打つ。そんな状況はむしろ稀であり、現実味がない。人間も妖怪も保身を考える。協力するのが一番と分かっていても、自己の安全を考えて一番ではない手段を選ぶ事の方がむしろ多い。
「妖怪に文字通り身を捧げる俺を、妖怪は信じてくださる!」
「協力して勝利した報酬に喰い殺してもらえると約束でもしたのか?」
「そうだ! だから、俺は何を言われても妖怪に協力する」
地球ではこれをゲーム理論における囚人のジレンマと呼ぶ。牢屋の中にいる食用の男には、人狼ゲームより相応しいゲームだろう。
「いや、妖怪を信じても、お前は喰われない」
「何を根拠にッ」
「勝利して俺が敗北した場合、お前は見向きもされない。妖怪にとって俺は旨味成分が多いらしいからな。ただの徒人はそのままコンポスト行きだ」
「あっ、あー! 御影君の言う通りになりそう」
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“『味上昇』、生贄なれば味ぐらい上等であるべきというスキル。
肉質が上昇し、どの種族からも美味そうという意味合いで好感を持たれる”
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良い感じのタイミングでクゥが相槌してくれた。お陰で信憑性が増した事だろう。正直、妖怪に好かれる体質は不本意である。
「救世主職について聞かされていなかったのか? 聞かされていなかったとなれば、お前を素直に協力させるためにワザとだろうな」
「おまッ」
「おっと、怒る前に一つ助言しよう。俺の言う方法ならお前は確実に今日の夜、喰われる」
妖怪に喰われたがっているとはいえ、本当は言うべきアドバイスではない。それは分かっているが俺達は今日を生き延びる必要がある。
……自分をそう言い聞かせる自分が、かなり嫌いになりそうだ。
「妖怪を裏切れ。午後の投票で誰が妖怪かを告発しろ。裏切り者のお前は夜、報復で確実に喰い殺される」
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●三日目、昼。投票結果
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・御影 × 1
・リント × 6
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“多数決によりリントを妖怪として指名”
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●四日目朝。狼と徒人、参加者一覧
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・御影:生存 … 人間
・クゥ:生存 … 人間
・ファンファ:生存 … ?
・オンロ(従業員):生存 … ?
・テリャ(従業員):生存 … ?
×名前不明(行商):死亡(一日目夜) … 人間
×マード(行商):死亡(二日目昼) … 妖怪
×シュンシュ:死亡(二日目夜) … 人間
×リント:追放(三日目昼) … 妖怪
×食用の男:死亡(三日目夜) … 人間
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