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黄昏の私はもう救われない  作者: クンスト
第九章 快楽と退廃の都
120/236

9-11 狼と徒人 二日目昼から三日目朝

 愚かな妖怪が罠にかかった。

 というか、一日目事件の第一発見者が妖怪だった訳だ。特に捻りのない真相である。まあ、同じ部屋の中で猟奇殺人が行われておいて気付かなかった、などという弁明はどう考えてもおかしかったのだが。


「白紙投票は無効票でいいだろ! やり直しなど不要だッ」

「なら、そう壁に血で書いておけよ、マード。いや、妖怪」


 白紙による棄権が認められるのであれば、はなから隣に投票するなどという面倒を実施したりしない。このデスゲームが妖怪共のバラエティなのであれば、何も考えない白紙投票など会場を白けさせる。興行的に許されはしない。

 いや、今、糾弾されるべきは投票システムの不備ではない。妖怪こそが糾弾されるべきだ。



「マヌケは見つかったようだな。お前が妖怪だ」

「クソ救世主職がッ。妖怪に卑怯な手段を使って恥ずかしくないのか!」

「誉め言葉にしては過剰だ。照れるじゃないか」



 『擬態』が暴かれた結果、変化へんげが解除され人間の形を保てなくなるマード。人間と何かの動物が混ざった顔となり、牙が口の外へとはみ出していく。おびえた宿泊客達がバラバラに散って逃げ、ロビーの中が騒然とした。

 妖怪マードは爪を鋭く伸ばすと、俺へと襲い掛かる……ような無謀な挑戦をしない。俺よりも断然弱いクゥを狙う。ゲームルールを完全に無視しているが、それでいいのか。


「これも予測していたけどね。“大きく伸びて”、如意棒」

「うちのクゥを舐めない事だ」


 クゥの度胸は並大抵の村娘のそれではない。

 俺と旅を続けている内に荒事にも随分と慣れた。来ると分かっている襲撃くらいは自分でどうにかしてしまえる。なまじステータスが低い分、敵は油断し易いという己の長所を理解し、うまく立ち回る。

 極小サイズにして隠し持っていた如意棒を神殿の柱サイズまで巨大化させる。近づいていた妖怪マードが勝手に下敷きとなって身動き不能になった。


「この、このッ」

「俺が素直に狼と徒人ただびとに付き合う人間ではないと身をもって理解してくれたのなら、この後の展開は分かるな? ……肺が完全に潰れる前に仲間が誰なのか答えろ」


 如意棒の下でもがく妖怪の目を見ながら『読心魔眼』スキルで心を読む。


『――妖怪は俺一人だけ――ぐぉッ?!』

「面倒臭いから嘘を付くな。素直に喋れば被害者と同じ苦しみだけで許してやる」


 妖怪の手の甲を刺突ナイフで突き刺した後、俺は甘く提案してやる。人間の心臓をくり抜いて殺したような妖怪に対して少し優し過ぎたか。

 代わりに、という訳ではないが。妖怪に掴まれない安全圏で中腰となったクゥが、妖怪に非情な事を言う。


「このヤバい仮面を見てみなさい、御影君は本気よ。どんな殺され方させられるか分かったものじゃないわ。今の内に楽になって死んだ方がいいわよ」

「おいおい、仲間の俺を快楽殺人者みたいにいうなよ、クゥ」

「おのれ。妖怪を舐め腐りやがって――やれよッ」


 気丈な妖怪は背骨が折れそうなくらいに体を反りながら、俺を見て笑った。

 ……そのひたいに刃が突き刺さっても、妖怪は酷い笑顔だった。


「御影君ッ?!」

「全員、動くな!!」


 刺さったのは俺のナイフではない。尋問中に急所を刺すはずもない。

 キッチンにありそうな包丁が綺麗に眉間に刺さっている。

 情報流出を恐れた別の妖怪が口封じを実行したのだろう。いちおう、その可能性も想定していた俺はロビーにいる全員に動くな、と命じた。

 如意棒が部屋を分断している。包丁を投擲して額を突ける位置は限られるものの、容疑者は四人と少し多かった。


 美人三人衆の一人、リント。

 宿舎従業員のオンロとテリャ。

 そして、名前の分からない食用人間。


 誰が包丁を投じたのか、四人に対して詰問する。

 けれども、何も見ていない、妖怪に注目していたから分からない、という無難な回答ばかりで得るものがない。


「全員、まだ安心するな。狼と徒人は明日も続くぞ!」


==========

●狼と徒人、参加者一覧

==========

・御影:生存 … 人間

・クゥ:生存 … 人間

×名前不明(行商):死亡(一日目夜) … 人間

×マード(行商):死亡(二日目昼) … 妖怪

・ファンファ:生存 … ?

・シュンシュ:生存 … ?

・リント:生存 … ?(マード殺害容疑者)

・食用の男:生存 … ?(マード殺害容疑者)

・オンロ(従業員):生存 … ?(マード殺害容疑者)

・テリャ(従業員):生存 … ?(マード殺害容疑者)

==========




 マードが俺への投票を強行してきたのは完全な悪手だ。

 何故なら、多数決で俺が選ばれたところで俺が大人しく従うはずがないからである。部屋に閉じ込められたところで『暗影』で逃げ出すだけ。デスゲーム興行など知った事ではないので、ルール違反もやりたい放題だ。

 では、どうしてマードがワザワザ票を投じてしまったのかというと、二日目昼の段階でゲームが終わると確信していたから、としか思えない。


「……そう、かなぁ? 二日目昼で終わるって事は、徒人が一人減るだけで妖怪が半数以上になるって事。だから、妖怪の数は四体になる。安全に勝利するだけなら二日目夜に徒人ただびとを襲えばいいだけじゃない」


 理解力の高いクゥが腕組みしながら悩んでいる。マードの行動が納得できなくて困っている様子だ。


「やっぱり妖怪が三体だけだったとしか」

「妖怪が三体だけだと、二日目昼の段階で人間の数は六人と多い。二日目昼と夜で人間を減らせても四人。三日目にはマードが吊られて妖怪が二体まで減少し、ゲームはまだ終わらない」


 妖怪が三体だった場合、二日目昼の段階でマードは動かない。なにせ、そこまで迂闊うかつでいられる程に妖怪が優勢ではないからである。少なくともマードは、脱走した俺に殺される覚悟を持たなければならない訳で。


「マードが迂闊だったというのは、マード以外の妖怪が俺に投票しなかった事実からも分かる。人望がなかっただけかもしれないが」

「本当に迂闊だったで済ませていいのか。私達も気付いていない高度な嘘なのかも」

「そこまで疑ってやるな。ここにいる本人が可哀相だぞ」


 口封じで殺されたはずの妖怪マードだったが……死んだ後に即行で『動け死体』で呼び出された。今は部屋の中央で正座させている。なお、額には包丁が刺さったままである。


「……もう、少し。もう、少しで勝ってい……ウー」

「もう死んだんだ。仲間が誰なのか吐け」

「ウー。ウー。……くく、誰がどの徒人に『擬態』しているかなど、分からぬ。くく……ウー」


 誰が妖怪か分からないと夜に襲撃できないので真っ赤な嘘だ。ゾンビになってまで嘘を付くか。

 せっかくの情報元ゾンビだというのに何の情報も引き出せない。体は俺の統制下にあっても、魂までは束縛できていないらしい。


「こいつ主人が誰なのか分からせねぇと。クゥ、仮面をはずしていいか?」

「駄目に決まっているでしょうに」


 反抗的な悪霊は用済みだ。自分の足で部屋の外に向かわせる。このまま遺体安置所まで戻すのはしゃくなので、夜は歩哨として各部屋を守らせる事にしよう。


「白票の罠。効果はあったけれど、もう一体、二体は釣られて欲しかったわね」

「投票用紙を俺が準備していた時点で露骨だったな。一体引っかかっただけでも良しとしよう」


 もう夜が深まる。二日目昼の考察をそろそろ終えよう。

 俺とクゥは同じ部屋に引きこもって夜を過ごす事にした。男女間の甘い雰囲気などなく、妖怪に対する警戒のため。旅ではいつもの事である。ただ、最近はクゥが離れて寝る事が多い。何故だろう。

 みすみす殺人を見逃してしまうのは忸怩じくじたる思いだ。が、クゥを狙われては元も子もない。俺は夜間動けそうにない。

 悪霊一体の巡回で殺人を防げれば、それでいいのだが。


「今日はゲームオーバーにならずに済んだ。ただ、崖際の状況は変わらない。妖怪は残り三体でほぼ確定している。三日目昼にまた妖怪を吊らないときびしいな」

「手がかりは口封じ容疑者の四人ってくらいだけど」


 妖怪はまだ三体も潜んでいる。無いとは思うが、俺達の部屋を同時襲撃してくる可能性に備えながら、夜を過ごす。





 御母みおも様の威光が減り、妖怪共の活動も減る時間帯。

 狼と徒人の会場たる宿舎を遠くに、瓦屋根の上で紅孩児とユウタロウの二人は合流を果たしていた。


「侵入口がないかを探しているが、まだ発見できない。お前も手伝え、ユウタロウ。遊戯場でどいつが妖怪なのかを調べ上げた。俺が中に入れれば助けられる」

「ふん、妖怪ごときの策略。自力で突破するのが筋だ」

「妖怪が公平な条件を設定していると思うか? 狼と徒人が始まった時点で、御影とクゥの勝利はないと言っていい」

「勝利確率が低い戦いほど奴向きだ。俺は出てくるのをここで待つ」


 紅孩児は救出に前向きな一方、ユウタロウは動く気がないらしい。瓦屋根の上に腰を下ろしてしまったくらいだ。

 非協力な態度にいきどおった紅孩児はユウタロウの胸倉を掴み、巨体を浮かせる。が、ユウタロウはそれでも動こうとしない。


「それでも親友なのかっ」

「誰が親友だっ。どいつもこいつも、純情な魔族をからかって何が面白い! まったく、何も分かっていない。奴が一番分かっていないのが問題だが」

「薄情者が! お前なんて知らねぇ! 俺一人で助け出してやる」


 動かないユウタロウにれた紅孩児は一人で屋根から飛び降りる。オリエンタルドレスのまま跳んでしまい、ヒラヒラとはだけてしまうが一切気にしない。

 薄暗い路地裏へとはしたない女の姿が消えていくのを、ユウタロウは不動のまま眺めていた。



「……ふん、妖怪共も分からんな。救世主職を捕えておきながら、どうしてあの女と俺を自由にしている?」





 一夜明けた。

 不眠のまま警戒しており、仮面の裏側より水音が響いてこないか注視していたのでもう気付いている。未明に、宿舎内で殺人事件は発生した。

 集合場所となっているロビーに現れなかったのは、美人三人組の一人、シュンシュだ。


==========

●狼と徒人、参加者一覧

==========

・御影:生存 … 人間

・クゥ:生存 … 人間

×名前不明(行商):死亡(一日目夜) … 人間

×マード(行商):死亡(二日目昼) … 妖怪

・ファンファ:生存 … ?

×シュンシュ:死亡(二日目夜) … ?

・リント:生存 … ?(マード殺害容疑者)

・食用の男:生存 … ?(マード殺害容疑者)

・オンロ(従業員):生存 … ?(マード殺害容疑者)

・テリャ(従業員):生存 … ?(マード殺害容疑者)

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 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
 ◆コミカライズ「魔法少女を助けたい」 1~4巻発売中!!◆   
 ◆画像クリックで移動できます◆ 
 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない


― 新着の感想 ―
[気になる点] これ妖怪と人間の配役逆にしたら 人間勝利 人狼が勝利したから人間殺す 妖怪勝利 村人が勝利したから妖怪吊るす にならないかな
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