9-10 狼と徒人 二日目昼、投票
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●狼と徒人、参加者一覧
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・御影:生存 … 人間
・クゥ:生存 … 人間
×名前不明(行商):死亡(一日目夜) … ?
・マード(行商):生存 … ?
・ファンファ:生存 … ?
・シュンシュ:生存 … ?
・リント:生存 … ?
・食用の男:生存 … ?
・オンロ(従業員):生存 … ?
・テリャ(従業員):生存 … ?
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午後は投票のために再度、全員がロビーに集合する。
狼と徒人では、人間側にもいちおうの勝利条件が提示されている。そして、その勝利に繋がる方法が、人間に擬態していると思しき人物への投票だ。
投票が正しかったか否かは勝利するまで分からない。人間に擬態したすべての妖怪を投票で指定し終わるまで何も分からない。人間に不親切なルールである。
何よりも、投票自体が妖怪の票も含めた多数決になっているため、個人の意思を結果に反映し辛くて仕方がない。
「聞いてくれ、私は違うんだ!」
「現状、一番怪しいのは――」
「仮面のソイツが怪しいじゃないっ」
妖怪の擬態は完璧に近いだろう。外見からは一切判断が行えない。きっと、指を切って血を診ても緑色だったりはしない。紅孩児より『擬態』スキルの破り方のレクシャーは受けているものの、それもどこまで通じるだろうか。
状況証拠も限りなくゼロである。
ゆえに、投票先はまったく定まらず、言いたい事を言いたい人間が喋るだけの無意味な議論が続くだけだった。
「投票する意味はあるのか。全員が自分に投票してしまえば誰も疑わずに済む」
「それこそ自滅でしかない。妖怪が自分に投票しなければ、それで徒人の誰かが退場だ」
誰が妖怪か分かるはずがない。
このような場合、地球の類似ゲーム、人狼では無作為、いわゆるグレランで選ばれた誰か一人に票を集める作戦がある。完全な運とはいえ狼をゲームから追放できる機会を捨てずに活用する。不運にも人間が選ばれてしまった場合は尊い犠牲だ。
だが、今行われているのはリアルな猟奇殺人事件である。
「投票された人物はどうなるのですか?」
「一人で部屋に入ってもらい、外から鍵を掛ける事になるでしょう。部屋数には余裕がありますからな」
「妖怪だった場合、力押しで出てきそうですが」
「それはありますまい。狼と徒人を外で鑑賞されている大多数の妖怪様達を失望させてしまわれます」
投票されたからといって、すぐに死ぬ訳ではないらしい。
けれども、投票などされたくはない。一人で閉じ込められている間、赤の他人を信頼してひたすら結果を待つ苦痛を誰も味わいたくはない。優れた作戦であっても、サイコロを振ってのランダム投票を提案したところで、ここの者達は受け入れないだろう。
俺としてもグレランは望ましくない。
行うにしても、俺とクゥの二人は除外したランダムにしたいというのが希望である。
そのためにも、まずは俺の必要性を提示しよう。
「カミングアウトする。俺は殺された人物の悪霊を呼び出して、犯人を訊ねる事ができる」
――ロビー集合、数時間前
最悪を想定した場合、既に追い込まれているこの状況。
午後は確実に妖怪に投票したいというのに判断材料が不足してしまっている。ここは、刑事ドラマよろしく現場百篇するしかないだろう。
クゥを相棒に、午前中に調査したばかりの事件現場に赴く。
「死体は、布をかけているだけでそのままか。保管場所もないから仕方がないのか」
「今朝も調べていたのに、また調べてどうするのよ」
「今朝は横でマードがいて、できなかった調査方法がある」
他人がいるので遠慮していたのだ。狼と徒人開催中と分かった今、無暗に俺独自の調査方法を公開しなかったのは良かったと思っている。
血臭の酷い部屋だ。第一被害者と相部屋だった行商人マードは、荷物ごと別の部屋へと移っている。殺人が起きた部屋に滞在したくないという気持ちは共感できる行動だ。
まだ時々、酸化した血が滴るベッドなどは決して近づきたくない場所であるが、俺はベッドまで足を進める。
無残な被害者は掛け布団を被せられただけの雑な安置をされていた。
「仮面を外せば、ワザワザ俺から出向く事もないんだが」
「絶対に駄目。その仮面、ぽんぽん外していいものじゃないでしょ。自分では気づいていないでしょうけど、使うたびに御影君の顔色が悪くなっているからね」
クゥが許してくれないので仮面を外さず、真新しい殺人現場で被害者を呼ぶ。
「『既知スキル習得』発動。対象は死霊使い職の『動け死体』」
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“『動け死体(?)』、死霊を使う魂の冒涜者の悪行。
死者の魂を幽世より帰還させ、死体に戻し、生きる屍として蘇らせる。大前提として生前の体が必要である。
蘇ったところでただのゾンビであり、理性はない……というのがこのスキル本来の仕様”
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無残に殺された者の魂が黒い海より浮上して、生前の肉体へと帰還を果たす。
「考えてみれば、これも一つの反魂術なのか。しかも、黄昏世界では不可能らしい個人指定の」
「……ウー、うー」
「まあ、仮面を装着した状態だと、ほとんどゾンビにしかならないんだが」
「ちょっとっ。そのスキルもカルマ値が陰方向に上昇する感じじゃない!」
無効化されている死霊使い職のスキルを無理やり使っているのである。悪霊魔王に一歩近づいてしまうのは仕方がないが、仮面を取っ払うのと比較すれば微々たるリスクだ。
掛け布団の下でゾンビがウーウー唸っている。理性を一切感じさせない容態である。
あまり死者の魂に無理を強いるべきではないので、聞きたい事だけを聞いて、黒い海に戻すとしよう。
「お前は誰に殺された?」
「ウー、うー」
「答えろ。たかだか死霊使い職のスキルごときで浮かんで来られるくらいに、現世に対して怨念を抱いているのは間違いない。誰に殺されたのか言え」
「うー、ウー。うー、ウッ――だ、騙され……た。殺され……聞いて……ない。うっ、ウー」
「騙された??」
この悪霊は何を語っているのだろうか。
妖怪にただ殺されただけの人間が、蘇った際に告げるような言葉ではない気がするのだが。
「そこのウーウー言っている人の顔。気になるから、御影君はどいて」
「クゥ。ゾンビに近づくと噛まれるぞ」
「噛まれる前に助けてね、っと」
俺よりも先に気がついたクゥは、悪霊に掛かる布団を取り払う。
布団の下でもがくゾンビは、今朝見た通りに胸部が観音開きしていたが……今朝と異なり顔が人間のものではなかった。
角を生やした妖怪の顔だ。死後硬直により人間への擬態が解除された、のだろうか。
「ウー。ウーッ。きゅ、救世主職……喰う、はずだった。俺は……妖怪なのに……殺さ、れた!」
結局、妖怪ゾンビは殺人犯の名前を明かさず動かなくなった。再び呼び出したところで同じような内容しか語らないだろう。
予想していなかった状況に、クゥと二人、顔を見合わせる。
「第一の被害者は妖怪だった。つまり、妖怪が妖怪を殺したって事? それってあり?」
「人狼ゲームならルール的に無理だ。けれども、これはリアルな猟奇殺人事件だからな」
「でも、壁の血文字には夜に一人、徒人を喰うって書いてあったけど?」
『一、妖怪に徒人は喰われるべし。ただし、妖怪が徒人を喰う数は夜に一人のみとする』
クゥの言う通りだ。妖怪共の敷いたルールだというのに、妖怪共が守っていない。何でもありというのなら、今から宿舎にいる全員を拘束して一人ずつ尋問するだけなのだが。
「……あっ! あの人、耳を食べられていなかった!?」
それとも、ルールの穴を突かれているのかもしれない。
「食用って言われていた徒人の耳! あの人、片方の耳を食べられていたけど、それが昨日の夜だったら? 食べられたけど、命は奪われていなかったとすれば、どう?」
「喰い殺すとは、定められていない。だからといって、そんなのありかよっ」
妖怪陣営はさっそくやってくれたらしい。
初日夜の殺害陣営入れ替えトリック。狼と徒人、を人狼ゲームと考えていたなら完全に嵌っていた罠である。
「……いや。冷静に考えてみて、妖怪が妖怪を殺して自分の陣営の数を減らすのは邪道が過ぎる」
「でも、こういういやらしい罠、妖怪が好みそうだと思わない?」
ただトリッキーなだけの罠ではないだろうか。
妖怪が最大数が一体減ったとすれば、午後の投票で妖怪に投票できなくてもゲームオーバーにならない。罠に気付いていなかった場合、妖怪を投票できたと勘違いしていたかもしれないが、逆に言うとその程度だ。
「ねぇ、頭がこんがらがってきたのだけど?」
「そもそも、妖怪が四体いたかも分からないという」
「やめてー。想定から覆るのはやめてー」
確定情報の少なさにクゥが悲鳴を上げる。俺も悲鳴を上げたい。
少なくとも午後でゲームオーバーになる事はないので、とりあえず今日は様子見にするべきだろうか。いやいや、妖怪が罠を張っているというのに無作戦のままではいられないだろ。
「妖怪が数を誤認させようとしているのは事実か。……なら、乗ってみるか」
――ロビー集合後、現在時刻
一日目の夜に死んだのが人間ではなく妖怪だとすれば、妖怪の残りは最大でも三体だ――宿舎にいたのが元々十人で、妖怪の数は半数未満でなければならない。つまり、開始時は最大でも四体だったと推定できる。
全体九人に対して三体の妖怪が擬態していれば、ランダム投票の場合、確率は三分の一。
「俺の話を信じてもらえるのなら、耳を喰われたそこの男は人間確定になる」
こう提案している俺も、もちろん人間陣営。
二人が白と推定できるのであれば、疑惑七人に対して妖怪は三体。確率は七分の三とそこそこ高まる。クゥも異なるで実際は六分の三なのだが、残念ながら他人にそこまでの根拠は示せない。
「死者を呼び寄せる?? どこまで信じていい話なのか」
「疑うのなら妖怪の死体を持ってきましょうか?」
「い、いや、しかし……」
他人を疑ってはいるが、誰を疑っていいのか分からない。多くがそんな反応である。従業員のテリャなどは反応してくれるが、それでも渋い顔だ。
それは予想できていたので、次の提案を行う。
「では、今回は無効投票。誰も投票で指定しないはどうでしょうか?」
通常の人狼であれば無意味な消極案を、俺は自信を持って発言する。俺の能力があってこその提案だ。
「夜に誰かが妖怪に殺された場合、次こそは誰が妖怪なのかを聞き出せるかもしれません」
「無効投票にするにしても、自分に投票でもするのかい。妖怪が従うはずがないけど」
「自分にではなく、隣の決まった人物に投票するのはどうでしょうか。もし、約束を守らなかった人物がいたなら、その人が妖怪です」
このゲームには必勝法がある……とまでは言えない。ただ、安全な無効投票の方法はあるものだ。
誰も反対意見を出さない。明日の朝までに九分の一という高確率で死ぬというのにだ。人間はもちろん妖怪も反対はないらしい。
「では、隣にいる人物の名前を投票するように。絶対に間違わないようにしてください」
投票は、文字を書けない人もいるので、あらかじめ名前の書かれた札を箱に投入する方式。選挙投票に似ていなくもなく、誰がどの紙を投入したのか通常では分からないようになっている。
全員に、大学ノートのページを切って作った紙を配っていく。
箱の中が空である事を見せてから、一人ずつ投票だ。
俺とクゥは率先して動き、目配せしながら紙を箱に入れた。
――くくくっ、実に愚か。
愚か過ぎて、くくっ。つい、『擬態』を解いて爆笑してしまいそうなくらいに愚かな救世主職だ。数少ない選択肢の中で、最も愚かな選択を行った。罠を仕掛けておいて蔑むのも妙な話であるが、それでも、無効投票を選択するのはありえない。
徒人に明日などない。
なにせ妖怪の本当の数は、四、である。
単純な罠だった。
午前の内に、徒人の死体と妖怪の死体を入れ替えておいた。たったそれだけでしかない。
妖怪の死体は、狼と徒人の参加候補として呼んでおいた補欠だ。用意できる徒人の数に応じては参加もありえたが、結果的には余剰だったため一日目の日中に処分し、死体を隠しておいた。
一日目に妖怪が妖怪を殺す理由などありはしないというのに、自らの特異能力を過信したな、救世主職。愚かな徒人は、自分で調査した結果を理由もなく信じ込もうとしてしまう。猿の愚かしい習性だ。
他の妖怪と投票先を合わせる交渉は、当然、済ませてある。
報酬が四分割されてしまうのは惜しいものの、確実に勝てる状況を捨てる方が惜しい。
妖怪たる私は、隣の徒人の名など選ばず、救世主職の名の紙を箱に投じた。
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●二日目、昼。投票結果
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・御影 × 2
・クゥ × 0
・マード × 1
・ファンファ × 1
・シュンシュ × 1
・リント × 1
・オンロ × 1
・テリャ × 1
・白紙 × 1
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“白紙投票があるため、無効。再投票”
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「おっと、しまった。食用の人の名前を聞きそびれていたから、つい、白紙のまま投票してしまったぞ。これはもう一度投票しないと駄目だが……あれれ、おかしいぞ。どうして俺に二票入っているのでしょうか? マードさん?」




