9-9 狼と徒人 二日目朝から昼
紅孩児は妖怪の都の上層で単独調査を続け、ある遊戯場に客として潜入に成功していた。
遊戯場は一見の客を断る高級店であったが、まあ、そこは血筋でゴリ押しである。上級妖怪筆頭の父親の名を出す事に紅孩児は嫌悪しながらも、時間短縮のために何でも利用する合理を選んだ。
高級店だけあってドレスコードが存在する。いつものチューブトップでの来店は断られてしまったため、渋々ながらオリエントドレスを身につけている。
「たく、白骨夫人の野郎め」
目当ての白骨夫人がこの遊戯場の常連であるという情報は掴んでいる。
そして、白骨夫人が奪っている体の特徴は御影より聞いている。それらしい外見の女がいないか、紅孩児は煙臭い店内を探して回る。
「今回は、どういった配役でしょうな」
「以前の演目は笑えましたな。疑心暗鬼で殺し合う徒人が滑稽でした」
「あの配役は盲点でした。今回も白骨夫人の演出には期待できるでしょう」
所々にいる妖怪共の噂から、白骨夫人が常連であるのは間違いなさそうである。
いくつかの小部屋を探したものの、それらしい姿はない。そのため、店の中心にある一番の大部屋に踏み込んだ。妖怪の数は多いが、ここにも白骨夫人は見当たらない。
「――そんなに慌てなくても、私の演目はまだ始まったばかり」
突如、耳元で女に囁かれた。
目だけ動かして後ろを確認すれば、怪しい紫の瞳の、褐色の女が背後に立っている。冷や汗をかこうとする背中を紅孩児は気合で押しとどめる。
「そんなに驚くなんて。まるで何か隠し事でもしているのかしら? 驚かせてしまったのであればごめんなさいね。珍しい顔だから、声をかけさせてもらったわ」
「珍しい顔っていうなら、お前のその顔の方だろ」
「いいでしょう、この顔。とっても綺麗でお気に入り」
白骨夫人に背中を盗られた紅孩児は内心で酷く焦る。目的の妖怪を発見できたのは成果だが、敵に不意打ちされたようなものだ。すぐに離れたいと思いながらも、不審な行動を取らないように努める。
聞いていた通りの綺麗な身体を、ヘソまで見せる煽情的なドレスで見せつけている白骨夫人。ただ、汚らしい笑顔の所為ですべてが台無しだ。
「牛魔王も大変ね。子供がこんな遊び場にやってきてしまって、なんて可哀相」
「その遊び場に入り浸っている妖怪がよく言うぜ」
「入り浸るなんて。ほんの、嗜む程度ですわ。ふふふ」
白骨夫人が靴底で床をタップすると、床が透過されていく。
見えてきたのは徒人の殺害現場の遠隔画像。ついでに、仮面の男と村娘だ。一瞬でも表情を変えなかった紅孩児は褒められるべきだろう。
「今日から丁度、私の演目、狼と徒人が始まったところよ。ぜひ、気に入ってもらえると嬉しいわ」
警告していたのに、既に御影とクゥの二人は白骨夫人の術中に落ちている。都における白骨夫人の影響力を見誤った結果である。
『一、妖怪に徒人は喰われるべし。ただし、妖怪が徒人を喰う数は夜に一人のみとする。
二、徒人は徒人に擬態する妖怪を発見するべし。昼に一人を指名し、妖怪を発見せよ。見事、妖怪を的中できれば助命を認める。
三、妖怪を発見できず妖怪の数が徒人と同数以上になった時点で、妖怪の勝利とする。妖怪が勝利した場合、生き残った徒人はすべて処刑される』
狼と徒人のルールを速読し、紅孩児は奥歯を噛んだ。
一定ルールで命を保障する代わりにルールによる殺害を強制する。そういった呪術に捕縛されたとすると、御影達独力での脱出は不可能といっていい。
紅孩児と御影達の協力体制もバレていると考えるべきだが、白骨夫人は床の映像に夢中で、紅孩児にさして注目していないため確信できない。その曖昧な態度の所為で動くに動けない。遊戯場から逃げる事なく、ただただ、映像を見てしまう。
床の映像に驚いたのか、不衛生にもどこからか紛れ込んだネズミが壁に向かって走り逃げていく。ネズミの方がまだ賢い、と紅孩児は考えてしまった。
「ぱぱァが、どう動いてくれるか楽しみだと思わない?」
血文字の翻訳を聞いた俺は、ある騙し合いゲームを想起しながらも、首を振る。
とりあえず探偵アニメ開始十分後のごとく、宿泊客全員を広さのあるロビーに集めた。中央階段により二階にもアクセスできるロビーは、宿屋で最も人が集まり易い。
「妖怪が擬態して徒人を襲っているのにっ。こ、こんな場所にいられない。私は部屋に戻るから!」
「その台詞はまだ早い」
逃げようとするクゥを引き留める。一人でいるよりも俺と行動した方がよほど安全だと思うぞ。
「外界から閉鎖された環境で殺人事件が起きました。犯人の妖怪はこの中にいるとの事です。恐らく、妖怪を発見しない限り外には出られないでしょう。ご協力ください」
俺とクゥを加えて、集まった宿泊客は合計で九名だ。被害者が一人出てしまったので、初日の段階で十人が宿泊していた事になる。
十人の内訳は、まず被害者男性、行商人。死亡しているため、氏名の聞き取りは不可。
二人目は、被害者と相部屋の男性、行商人。名前はマード氏。
マードは心臓の抜かれた死体が隣にありながら朝起きるまで気付かなかった、という信憑性に欠ける証言をしている。今のところは妖怪候補一番だ。
「無実だ。私は殺していない。疑うのならば口元を見てくれ、どこも血で汚れてはいないだろ」
マードの言い分も的外れではない。ビジネスホテルと違って、この宿の部屋にはシャワーがない。心臓をもぎ取って喰ったかのような殺し方をしたなら、大量の返り血を浴びているはずである。
ただ、検死による死亡推定時刻確認もルミノール検査も行えていない。深夜に殺害を行い、こっそりと水場へと移動して口元を洗った可能性もなくはない。
「あの、疑わしいというのなら、仮面で顔を隠しているアナタが一番怪しいのでは?」
「そうよ。そうよ」
「見るからに徒人らしくない」
俺の仮面にケチを付けてきたのは、全員が見目麗しい三人娘である。名前をそれぞれファンファ、シュンシュ、リントというらしいが、正式に自己紹介された訳ではないので顔と名前がまったく一致しない。
彼女達は全員が同室だ。ただし、あまり深い関係ではなく、都にやってきてからの知り合いらしい。
「私達は顔が良いから優遇されているの」
「そうそう」
「仮面で顔を隠さないといけないアナタと違ってね」
短い間柄の癖に息が合っていますね。
どういう関係なのか訊ねようとする前に、近づいてきた男が小さな声で教えてくれた。
「都では徒人の畜産も行われていますので。美しい肉を生産するには、美しい肉を親にするのが単純です」
あまり聞きたくない三人娘の末路を教えてくれたのはオンロという名の宿舎の従業員。ただ、そういう彼も妖怪も宿泊する宿舎でよく働けるものである。猛獣の檻の中で仕事をしているようなものだろうに。
「食用の徒人はいますよ。彼がそうです」
首輪をされた男が床に座り込んでいる。頭髪はすべて剃られた丸坊主。俯いて何も発言しない所為で名前は分からない。よく見ると、片耳が千切られて無くなっていた。
逃亡阻止のためなのだろう。首輪と繋がる縄をオンロとは別の従業員、テリャなる初老の男が握っていた。
「同じ人間に対して非道は止めてください」
「徒人であっても当宿舎の従業員と食用徒人は違います。妖怪の皆様のため、従業員は忠実に働くのみです」
「妖怪はここにはいないようですけど」
「建物の中にはいないでしょうが。この状況は恐らく、狼と徒人、なのでしょう。妖怪の皆様の中では人気の演目なので、今もどこかでご覧になられているはずです」
狼と徒人。
それが、この異常事態の名称らしい。
徒人と徒人に擬態した妖怪を一緒に閉じ込めて殺人事件を起こし、誰が妖怪なのかを必死に推理する徒人の様子を覗き見する。そんな品の無い遊戯との事だ。
「午後には誰が妖怪なのか、投票が開始されるでしょう。それまで皆様、ごゆるりと」
一度、解散して部屋に戻る。
早朝から色々あって休みたいところであるものの、覚えている内に作業だ。『暗器』で優太郎ファイルを取り出すと、白紙ページを破って宿泊客の名前を書き出す。
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・御影:生存 … 人間
・クゥ:生存 … 人間
×名前不明(行商):死亡(一日目夜) … ?
・マード(行商):生存 … ?
・ファンファ:生存 … ?
・シュンシュ:生存 … ?
・リント:生存 … ?
・食用の男:生存 … ?
・オンロ(従業員):生存 … ?
・テリャ(従業員):生存 … ?
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「こんなところか」
「紙なんて贅沢ね。こっちの、すまーとふぉん? でいいじゃない」
「それ、黄昏世界語に対応していないのに、クゥはよく操作できるな」
「元々、言葉なんてあんまり読めなくて、ほとんど書けないし。ろーま字って画数少なくて覚えやすいわね」
全員の名前を書き出して満足した俺は、腕組みしながら思案する。
「これは、人狼ゲームだな」
「人狼ゲームって何?」
「俺の世界にある騙し合いゲームの名前だ。本当に妖怪がいたり殺人を起こしたりはしないが、似たルールで行われるゲームがある」
人狼ゲームの場合、妖怪ではなく狼が人を襲うのだが。そこは些細な差異だろう。
壁に血文字で書かれていた内容も人狼ゲームのルールに類似する。
「人狼ゲームでは生き残った村人と妖怪の数が同数になった時点で、人間側が敗北する」
「優しいルールね。村人が倍の数でも妖怪に勝てるか怪しいのに」
「いやまあ、ゲームだからな。正直、他全員が妖怪でも俺なら勝てる。わざわざ妖怪の身勝手なルールに従う必要はないが、ルール違反は最後まで止めておこう。嫌な予感がする」
俺の力量が分かっていながら人狼ゲームを仕掛けてきたのである。ルール違反をした途端に罰則、なんてトラップはありえる。
「人狼ルール通りだと想定して行動する。となれば、妖怪の数は最大四体だ」
「どうして分かるのよ?」
「生き残り九人の内、妖怪が四体を超えてしまうと、妖怪が過半数を占めて無条件敗北になるからだ」
「なるほどね」
問題は妖怪が最大数である四体擬態している場合だ。午後に行われる誰が妖怪なのかを決める投票で、間違って人間を指名してしまった場合には即時ゲームオーバーになってしまう。
「投票は多数決。選ばれた者は人間か妖怪にかかわらず、ゲームから追放される」
「ねえ、もしかして一日目って推理するだけの材料がなくない?」
「その通りだ」
クゥの理解度が高くて助かる。
「ねえ、もしかして妖怪四体が結託して一人に投票したら、徒人ってほぼ負けない?」
「その通りだ」
「て、言うか。仮に投票を乗り切れても、夜に一人殺されるから、徒人の負けにならない?」
「ああ、その通りだ」
クゥの理解度が高くて助かる。
「どうするのよ」
「午後の投票で、妖怪を吊るしかない」




