9-6 キョンシー
妖怪共は、現れた俺達を特に気にした様子もなく、素通りしていく。
いや、怪訝な顔をしたり、通路から漂う臭気を迷惑そうに袖で払っていたりはしているものの、人間を見ても気にしていない。都の外で遭遇した妖怪と随分と反応が異なる。
破れても壊れてもいない服を着ているところも、外とは異なる点だ。羽振りの良い妖怪ばかりらしい。
「下手に目立つ前に移動するぞ、御影」
「そうだな」
紅孩児と俺が並び、パーティー最弱のクゥを中央にして守りながら、最後尾にユウタロウがついてくる。特に捻りのない陣形である。
敵地なので警戒はしているものの、俺達の侵入はまだ妖怪共に気付かれていない段階だ。警戒し過ぎても不審に思われる。
周囲をそれとなく見渡しつつ、上京してきた田舎者よりも自然に妖怪の波に溶け込む。自然さを装い、隣の紅孩児と世間話をするかのごとく会話する。
「ここは都の中でもまだ中層に当たる。目当ての白骨夫人がいるとすればもっと上のはずだ」
「都会の一等地に家持ちか。ブルジョアめ」
「家を持っているかは知らねぇが。上層街には性格のひん曲がった女が通いそうな店が多い」
黒曜の体を奪った上級妖怪、白骨夫人。
基本パラメーター、実戦経験、すべてが俺の上位互換たる救世主職の体を奪った白骨夫人の実力は相当のものと予想される。黒曜が単独行動していたために隙を突かれてしまったのだろうが、そういった隙を突いてくる厭らしさを持った敵だとすれば、更に厄介だ。
「紅孩児、白骨夫人はキョンシーの妖怪で間違いないな」
白骨夫人については優太郎レポート、ならびに桃源郷より事前情報を得ていた。
白骨夫人は生きた死体、キョンシーの妖怪だ。
「そこは間違いねぇよ」
「妖怪らしく騙している可能性は?」
「白骨夫人に関しては安心していい。アイツは御母様の娘達を生き返らせようとした……失敗作だからな」
大陸系の妖怪の中でも、キョンシーくらいにメジャーな妖怪はいないだろう。
日本でもかつては大ブームがあったと言い伝えられている。ゾンビは誰もが好むホラージャンル。死後硬直したまま動く独特な移動方法も、幼少期に一度は真似した事がある。あ、いや、俺は世代が違うから腕を正面に向けてジャンプ移動した事なんてないぞ。
「失敗作?」
「御母様の娘達さえ生き返せれば、世界も御母様も安定するだろ。だから、かなり長い間、反魂術の研究を妖怪総出で行っていたんだが、どれもこれも失敗したんだ。その徒労が、更に御母様を狂わせたらしい」
「反魂術。あの世より死人を呼び寄せる死者蘇生か。地球でもウィズ・アニッシュ・ワールドでも実現できていない奇跡だろ」
「仙人や神性が英知を結集したんだ。形にはなっていたらしい。ただし、術は不完全で呼び出せる魂はランダムで指定ができない。現世に留めるためには、他人の肉体に定着させる必要もある」
なるほど。その英知の結果、出来上がったのがキョンシー、白骨夫人という訳か。
妖術も仙術もある黄昏世界でも完璧な死者蘇生を達成できないというのは正直、残念だ。死なんて気に入らないもの、さっさと陳腐化してしまえばいいというのに。
「いやいや、ランダムでも成功している、だと!?」
「成功していないと言っているだろうが。その辺の魂を、他人の肉体にぶち込んだだけだ」
「それでも、実質、蘇生に成功しているだろ」
白骨夫人IN黒曜からは悪霊の気配は一切感じられなかった。俺が悪霊を検知できないなんて、本当に反魂に成功したのか疑わしい。
「白骨夫人以外の実例は、あー、最近だと混世魔王がいるな」
あの正体不明共か。あいつ等は確かに悪霊の気配もある癖に、肉体もあるという変哲な存在である。
「力を抑えて、肉体の中に隠れられると俺でも判別が難しいのだろうか。どう思う、ユウタロウ?」
「ふんっ、お前にやる気がないだけだ」
「ランダムとはいえ、条件次第である程度の属性を絞り込める。御母様は何かしらの条件付けを行い、混世魔王を呼び寄せた」
条件は、人類に対する復讐心だろう。そこは確信を持てる。
他にも人類以外という条件もあるかもしれない。御母様が太陽の化身となれば、火属性という可能性も高いか。
四足獣、植物、それに車輪と三例もあれば色々と考察できてしまう。人類も繁栄するにあたり多方面に様々な迷惑をかけているため、魔王となる因子は豊富だろう。
……そういえば、未討伐、未遭遇の混世魔王は、今どこにいるのやら。
「話が逸れたが、そういった訳で白骨夫人の素性は確かだ。あいつはキョンシー。そして、元は誰とも知れないどこぞの霊。本来の能力は太乙真人に大きく劣るが、そんな失敗作が上級妖怪に居座っていやがるから気味が悪い」
悪霊が相手というのは相性が良いのか、悪いのか。我の強い悪霊は使役できないので、白骨夫人も同様だろう。普通に倒すしかない。
話し込んでいる間に広場らしき場所に到着する。
ここも妖怪の数が多いが、妖怪以外の姿もチラホラ見かけた。奴隷のように縄で繋がれている……訳でもないのに、妖怪と寄り添っている。
ありえない事に、相思相愛の関係に見えてしまった。
「旦那様ぁ」
「可愛いのぅ。可愛いのぅ。大切に育てただけあって、お前は綺麗だ」
「ありがとうございます。旦那様ぁ」
妖怪は人間を手荒に扱っていない。ガラス細工に触れるかのごとく、人間の体に優しく接している。
優しく頭を撫でて、肩を撫でて、そのまま腕を引っこ抜き――。
「――うまいのぅ。うまいのぅ。大切に育てただけあって、とてもうまい。どうだ、お前も『陽』の恩恵を強く感じよう」
「あはっ! あははは、嬉しい。幸せぇ。旦那様の一部に私がなっていくなんて、なんて心地が良いのでしょうか」
何か、を見せつけられていた。
本人達はとても、とても幸せそうだ。が、その幸福な画の中で鮮血が吹いている。
連続性のない出来事に頭がついていかなかった。
事前に注意深く人間達を観察すれば、少しは予想できていたのかもしれない。
ここにいるほとんどの人間に、体の部位の欠損が見られる。だというのに、彼等彼女等は妖怪に対して順応で、むしろ、羨ましそうに人間の体の一部が食されていく光景を眺めてしまっている。




