9-2 黒八卦炉の所在
桃源郷の役場、兼、学舎、兼、食堂という雑多な建物が目的地だ。紅孩児を含めた桃源郷の上位陣を探すならそこが手っ取り早い。
目当ての紅孩児の姿を食堂で発見する。
食堂にいるのだから、食事している。
激しい戦いの後だから腹が減っているのは分かる。ただ、少々以上に食い過ぎだ。空にしたどんぶりが既に何個も積み重なっているというのに、食べ始めたばかりみたいな早いペースで飯を掻き込んでいる。
「ハグハグハグ……御影か……ハグハグハグ……色男め……ハグハグハグ……香水なんてつけて、どうした?」
「良い匂いがしているのはお前の飯だ。用事があって来たんだが、腹が減っているのなら待つぞ?」
「ハグハグハグハグ……気にすんな……ハグハグハグ……で、どした?」
食うのを止めないな。米でも食っているのかと思えば、違う。モモの切り身だ。桃源郷の特産なので馬鹿食いできるくらいに在庫はあるのだろう。
「借りていた物を返す」
「……宝玉か」
周りに聞こえないようにボソりと紅孩児は言い当てる。桃源郷を支えるエネルギー源であり、いちおう最重要機密だ。
紅孩児にだけ見えるようにクールタイム中の黒八卦炉の宝玉を見せる。炎はマッチの火くらいの勢いしかない。
見た目に違いはないが、この黒八卦炉の宝玉は俺達パーティーの物ではない。桃源郷が保有していた方の宝玉である。
俺が持っていた宝玉はアイサを召喚した直後だった。作戦前の段階でクールタイムに入っており、作戦までに回復しそうになかった。そこで、紅孩児に頼んで一時的に交換してもらっていたのである。
「番号に違いはあるが、同じ宝玉だ。わざわざ交換し直す必要はねぇ気もするが」
「それもそうなんだが、気持ちの問題だ」
「気持ちは大事だな。食い終わるまで少し待っていろ」
俺とクゥが発見した黒八卦炉の番号は、壱。黄昏世界の文字なので俺には読めないが壱と書かれている。
紅孩児から聞かされた黒八卦炉の真実と照らし合わせれば、番号の意味は明白だ。姉妹の中の壱。長女に相当する姉妹だったのだろう。
「ハグハグハグ……太乙真人の奴が持っていた宝玉は?」
食事を止めない紅孩児に、新たに入手した宝玉を見せる。
「こいつの番号は……未確認番号の玖か。あのクソジジイ、未発見と偽って隠し持っていやがった」
「妖怪の都にも三つあるんだったな」
「そう聞いている。あの馬鹿でかい都を動かしているんだから、動力に使っているんだろ」
黒八卦炉の宝玉。
黄昏世界の神様、御母様の娘達だったものである。
十姉妹の亡骸の結晶であり、世界に十しかなく、膨大な『魔』により願いを叶える球体。その内の三つを俺達が占有していると考えれば、なかなかだ。
妖怪の街にも三つあるため、すべて奪えれば占有率は半分以上になる。捕らぬ狸の皮算用とも言うが、かなり美味しい収穫になるのは間違いない。天竜川四人組を召喚してもまだ余るようになれば、太乙真人級の敵が現れても正面から戦える。
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▼黒八卦炉-壱 所在:未発見 → 御影
▼黒八卦炉-弐 所在:扶桑
▼黒八卦炉-参 所在:牛魔王 → 桃源郷
▼黒八卦炉-肆 所在:妖怪の街
▼黒八卦炉-伍 所在:未発見
▼黒八卦炉-陸 所在:妖怪の街
▼黒八卦炉-漆 所在:妖怪の街
▼黒八卦炉-捌 所在:某州宝物庫 → 盗難
▼黒八卦炉-玖 所在:未発見(太乙真人秘匿) → 御影
▼黒八卦炉-拾 所在:盗難、現時点不明
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「クゥ、どうした?」
何も喋っていなかったが、クゥがじぃーっと手元にある黒八卦炉の宝玉を見ていた。
「何でもない。ちょっと以上に気になっただけ」
つまり強い関心があるという意味である。俺だけの持ち物という訳でもないので、一つをクゥに手渡す。
大事そうに両手で包み込むように宝玉を持ったクゥは、固有の金色の目で黒い球面を凝視している。
「――あの子、じゃない。…………あれ、私なんか言った?? うっ、頭が」
洞窟に安置されている宝玉と交換し終えて、直近の仕事をすべて終えた。
俺もそろそろ休みたいのだが、クゥが異様にユウタロウを嫌って家に帰りたがらない。仕方がなく、別の家を借りてそっちに移動だ。
「街での戦いでユウタロウは村人を攻撃した。村人じゃないって分かっていたかどうか怪しいと思わない? そうでなくても見た目は徒人そのままだったのに、一切躊躇していなかった。酷いと思わない?」
「まあ、ユウタロウにはユウタロウの考え方があるはずだから」
「あんなブタ面妖怪の肩ロースを持つつもり?」
「いやまぁ」
クゥの陰口が終わらない。かなりの死闘を終えたばかりだから、そろそろ寝かせて。
「そもそも、ユウタロウは妖怪ではないぞ」
「どこを見たら? 私、妖怪は絶対に許せない。桃源郷の妖怪は、まぁ、徒人を食べないのならギリギリ許せるけど、そうでないのは無理。無理無理無理。……言っていなかったけど、妖怪に殺されたのは両親だけじゃないのよ?」
ユウタロウはユウタロウ、ゆえに妖怪ではない。E=mc²くらいに真理を突いた公式であり、それを疑うのは自然摂理に対する挑戦ですらあるというのにクゥは止まらない。
ただ、クゥの妖怪を憎む気持ちも強く分かる。
「私、姉妹だったのよ。壁村としては珍しくもない事だけど、何人も姉妹がいた。けど、全員、妖怪に弓矢で殺された。笑われながら一人ずつ撃たれていった」
肉親を全員殺されて、たった一人残された者としては当然の心情だ。ユウタロウについては完全なる誤解であるが、妖怪を恨む気持ちを俺は否定しない。
憎しみに震えるクゥの手が、ふと、縋るように俺の手を掴む。
「……あ、ごめん。ちょっと掴み易かった」
パーティーを組んでもう二か月強。妖怪との戦いを経て互いに信頼している俺達であるが、それはパーティーメンバーとしての信頼だった。二児の子供がいる既婚の彼氏いない歴イコール人生の清楚アイドルくらいに公私を隔てており、こいつ『吊橋効果(極)』したろうかと魔が差しそうになるくらいに鉄壁ガードの女が、初めて手で触れてきた。
「うーん、妙なのよね。今日の御影君、かっこ良く見える。気持ち悪い」
「最後の感想は絶対に必要だったのか?」
「香水でもつけたの??」
「そんなものつけていない。むしろ、汗や血で臭いはずだ」
「えぇー、ばっちぃ。体洗って来なさいな」
首を傾げつつ、クゥは俺の仮面を見ている。解せないという表情だが、そんな顔の女に見られている俺の方こそ解せない。
寝る前に体を拭いておきたかったので、別室に移動して服を脱ぐ。
首にちょっとした鋭利な痛み。
「痛ッ。わ、忘れていた。太乙真人の奴に刺されていたな。刺されていたというかバキュームみたいに吸い出されていたのか」
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“ステータスが更新されました(非表示)
ステータス更新詳細
●人身御供(Dランク)(非表示) → (Cランク)(非表示)
●人身御供固有スキル『捕食者寿命+100年』(非表示)を取得しました”
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“『捕食者寿命+100年』、生贄なれば一世紀程度の寿命を延長する栄養価が含まれていて当然なスキル。
本スキル所持者を捕食した相手の寿命を100年延長する。味や匂いも、高級食材並に魅力度が増す。
一口食べたら止まらないくらいの味なので、一気に食べられないように注意しよう”
“取得条件。
人身御供をCランクにする”
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