8-24 封神確認
唐突に、すべての太乙真人が破壊された。
幽世の縦穴から現れた道士服の悪霊の自殺により、決着がついたらしい。
「御影が呼んだです?」
「違う。悪霊魔王状態ならともかく、今の俺が呼べるのは知っている悪霊か、近場にいて声や手が届く悪霊のどちらかだ。あの悪霊はどちらでもない」
道士服の悪霊は用事を済ませたからだろう。姿が薄まり消えていく。
完全に透明化する寸前に、縦穴内部に向かってお辞儀したように見えたのは気のせいか。
「兄さん、これで終わり?」
「どうだろうな。また太乙真人を騙る別の宝貝人形が出て来るかもしれないが」
一度あった事なので、二度目を警戒する。また太乙真人が現れないかと待ち構える。
どうにも宝貝人形との戦いは相性が悪い。生き物と違い、心臓で動いていないから『暗殺』で一撃、という訳にはいかない。
「……太乙真人、だと思い込んでいただけの宝貝人形なら、もう完全停止している。いや、この街のすべての宝貝人形が止まっている」
待っていると、か細く女の声が聞こえてきた。
その辺の地面が喋ったのかと思えば違う。メタリックカラーが裂傷部分から伺えるロボティクス女、ナターシャが倒れたまま喋っている。損傷が続いた所為で残っている腕さえも動かせない様子だが生きているらしい。
「何度も敵に操られたロボに言われても、信頼性がな」
「ガはッ」
ナターシャが額をぶつけて完全停止した。太乙真人に従わされていた憐れな救世主職なのだが、今が一番憐れに見える。
実際、ナターシャの言葉だけでは信用できない。もっと明快な証拠が欲しいものだ。
「あっ、レベルアップ」
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“レベルアップ詳細
●宝貝人形(仙人詐称)を一体討伐しました。経験値を一九三二入手し、レベルが1あがりました
レベルが1あがりました
レベルが1あがりました――”
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▼クゥ
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“●レベル:36 → 43”
“ステータス詳細
●力:8 → 15
●守:6 → 10
●速:5 → 7
●魔:13/36 → 13/43
●運:0
●陽:38 → 45”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●実績達成ボーナススキル『耐日射(小)』
●実績達成ボーナススキル『調理(環形動物門貧毛綱限定)』
●実績達成ボーナススキル『乗り物酔い(強制)』”
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黄昏世界において唯一レベルアップ可能なクゥにより、太乙真人の討伐が確認された。ようやく胸を撫でおろす。
今回はかなりの大捕物だった。下手な魔王よりもよほど強い。最後も結局、自滅してくれたようなものなので、勝ったという感覚がかなり薄い。
太乙真人の機能停止に連動し、街は停止している。よく分からない機構はすべて止まり動いていない。敵の残党はいないだろう。
味方については、紅孩児が重傷を負っている。街の外でも桃源郷の部隊が戦っていたはずなので死者が出ていないかはまだ分からない。
「時間切れみたいです」
「兄さん、また呼んで」
タイムアップがきたのだろう。援軍に来てくれた二人の背後に火の粉が舞う。炎のゲートが開かれていた。
「……ちょっと待つです。後から来た癖に、どうして私と同時なのです?」
「実力差。打倒な評価」
全力を出したばかりだというのに元気な落花生とアジサイの二人は胸倉を掴み合う喧嘩をしながら地球へと帰還していく。次に呼ぶまでに仲直りしておけよ。
俺もベネチアンマスクを取り出し、顔につけて戦闘態勢を解く。削げていた顔も傷一つ残らず元通りである。俺の体の異常性など今更なので、気にしない。
「……あれ?」
仮面を付ける寸前、黒い海に揺れを感じた。
誰かが沈む波紋というよりは、誰かが海から這い出すような揺れ方だった。ただ、仮面に阻まれて今はもう感じられない。あるいは、気のせい、だったのかもしれない。
あの世直通の縦穴も今は消えている。
穴があった付近を眺めてみたものの、不審な点は発見できない。
――妖怪の街が小さく霞む丘に、ふと、女性が一人立っていた。
「ようやく、こちら側に辿り着けましたわ、御影様」
欠けた月の模様が印象的な衣装のその女は、街の方角に振り返ってにっこりと微笑む。
「己を仮死状態にしながら幽世経由で世界を移動する。言う程に簡単ではありませんでしたが、丁度良い縦穴が開いて幸運でした。穴の下で困っていた仙人の悪霊を助けた代わりに、現世に登る手伝いをしてくださいましたし。情けは人のためにならず、ですね」
彼女は、世界の法則を惑わす程の魔法の使い手。
月の魔法使い。
その名は、月桂花。
「御影様の元に馳せ参じない不義理をお許しくださいまし。御影様の元にはある程度、戦力が整っているご様子。ならば、わたくしは影よりご助力いたします」
月桂花は深くお辞儀をした後、御影がいる方向から離れるように歩いていく。彼女が向かう先には、成層圏まで続く長い塔がぼんやりと見えている。
「この世界を知りつつ、西を目指します」




