8-23 魔法少女X人VS.仙人
多数の太乙真人より多重の攻撃が放たれる。
「全員、全力防御だ! ――誰かある!」
「『帯電防御』全開にするです!」
「氷封七節魔法、地獄変“コキュートスの巨人”」
再生能力のある合唱魔王を肉壁にしながら、二人の魔法使い職の防御魔法で耐える。ただ、攻撃圧が強過ぎて、もう合唱魔王が蒸発しかけているが。もっと固い奴いないか。
「落花生、せめて六節詠唱したら?」
「この状況から六節まで連鎖させるのは無理です!」
「はぁ、使えない」
ギリギリ防げているのはアジサイの七節魔法が攻撃を防いでくれているからである。ほぼ九割アジサイが防いでいる。呼び出した氷の巨人を前に出して、ミンチになった合唱魔王の代わりに集中攻撃を受け止めてくれている。
そのアジサイにしても七節魔法の維持で精一杯。彼女の集中力が切れた時が俺達の最後だ。
「攻撃のために余力は残さなくていい。最低でも、召喚の時間切れまで持たせて二人を地球に返す。そら、来い、山羊魔王。お前も七節を唱えろ」
「役立たずは嫌です」
「兄さんのために力を付けている。逃げたりしない。私ならまだやれる」
「だが、もう太乙真人のエネルギー切れを狙うくらいしか手段がない。あれだけ数がいるのに、いつまで動くんだ!」
攻撃が激し過ぎて動けない。大魔法のゴリ押しで一体潰した意趣返しに、大仙術のゴリ押しで俺達を始末しようとしているのか。性格が悲惨だ。
黒八卦炉の宝玉はとっくの昔に奪っている。太乙真人共は自前の『魔』で稼働しているだけの癖に、あまりにもしつこ過ぎるぞ。
「当然よのぅ。世界が黄昏て以降、元始天尊が消え、太上道君が去り、太上老君が隠れた。数いたはずの神仙はいなくなり、それでも居残った大師はワシ一人よ。諦めの悪さは仙人一じゃ。どれだけ追い詰められようとも、あがくぞ、ワシは!」
ドームの地面に浮かぶ巨大な老人の顔が誇るように言った。
神性が次々といなくなって、結果として仙人のトップになった太乙真人は黄昏世界を諦める事なく居残り続けた。
では、何を諦めなかったのか?
「創造神も仙人も早計が過ぎる。ここまで順調に育った世界を手放すのはおしいと思っても仕方あるまいて」
御影の『正体不明』を解明して、黄昏世界から飛び出そうとしていた者の台詞か?
「考えに考えて、諦めるのであれば仕方あるまい。いや、ワシが黄昏世界の成果となれば世界が存在したという意義は十分に達成できようて」
太乙真人は世界の最終生産物足りえると?
「そうであろう。ワシ以上に極まった最高存在はあるまい」
複製された太乙真人が多く動いている。コピー可能な存在が、究極と言えるか?
「最高の存在が事故で失われる事のなきよう、保険を用意するのは当然じゃ」
……違うのでは?
事故で失われるようなモノは最高の存在とは言えない。太乙真人は最高とは言い難い。
「究極に至るまでの道中での話じゃ。いちいち揚げ足を取るな」
そう。究極へと至る実験の過程において、バックアップコピーは多数用意された。
しかし、実験は失敗に終わった。どれだけ研究を続けても究極たる創造神に到達する術は発見できなかった。それは外来の御影に頼った行動からも肯定される。
「……何が言いたい?」
太乙真人は絶望した。他の仙人が諦めた理由を千年遅れで理解したがゆえに狂気した。彼は、創造神に至る目標を断念したのだ。
「太乙真人が真理を諦めるなど、許されんし許さん」
そう。許さなかった。
太乙真人は太乙真人の絶望を許さなかった。そんなプライドの欠片もない結論で世界から退去しようとする情けない太乙真人を、コピーされた太乙真人は許さなかった。
……だから、太乙真人は太乙真人を、殺害した。
「馬鹿馬鹿しい。ワシはこうしてここにいるではないか?」
殺害した記憶を抹消して、太乙真人は太乙真人に成り代わった。
けれども、好都合な記憶だけを消す事はできない。そういった柔軟な対応ができるのであれば端から殺害などという愚行を犯しはしない。太乙真人が創造神を目指した目的が、黄昏世界を見放した創造神の代わりに世界を維持するためだった、という大事な精神を消す愚行を、実施するはずがなかったのだ。
「創造神となり黄昏世界を維持する、だと?? そんな無駄を、どうしてワシが行う?」
太乙真人を殺害した太乙真人は目的を忘れて異常行動を起こしている。
太乙真人をバックアップした宝貝人形は、そのようにして太乙真人に成り代わり、太乙真人から乖離していった。
「ありえん。ありえん、ありえん、ありえんッ。証拠などない。証拠など残ってはおらん。流言にしてもありえんッ」
証拠はある。
それを今から示そう。
「そんなものがあれば示してみせよ!! 真なる人ッ!!」
太乙真人はドーム上方の御影に対して非難を向けた。
激しい攻撃に晒される御影は余裕のない中、太乙真人にぼそりと返答する。
「太乙真人。お前、誰と話をしているんだ??」
想定外の返答に、太乙真人の思考は停止する。
ふとした暇。そこにスルりと入り込むがごとく、深い縦穴から響く声がクリアかつ嫌に聞こえた。
“――由良鬼やこっち、手の鳴る方へ”
縦穴を伝って誰かが登ってきたというのか。
穴から出てきた手だけが、ゆっくりと左右を打ち合わせて音を立てている。
“――由良鬼やこっち、手の鳴る方へ”
ゆっくりとしたリズムで何度も何度も手を叩いている。
はたして誰の手か。声は女の声に聞こえるが、形は女のものにしてはやや大きい。老人のものにしては皮膚が萎れていない。
そもそも、手だけで人物を当てるのは難しいはずだが……太乙真人共は何故か攻撃を止めて、自分の骨に皮が張り付いただけの手を見ていた。
“――由良鬼やこっち、手の鳴る方へ”
「まさか。いや、まさか?? ありえない。ありえはしない」
“――由良鬼やこっち、手の鳴る方へ”
「うるさい。黙らぬかッ!」
太乙真人共は地面に向けて一斉に攻撃する。地面には巨大顔の自分もいたというのに、自滅も辞さない過剰攻撃だ。
当然の帰結で、巨大な顔はほとんど残らない。
縦穴は……埋まらず、まだ口を見せている。
“――由良鬼やこっち、手の鳴る方へ”
止まらない呼び声と手の音に、太乙真人……を名乗るソレは答えるように誘導される。
“――由良鬼やこっち、手の鳴る方へ”
「お前はッ。お前はッ…………太乙……太乙真人っ?! い、いや、ワシこそが太乙真人であり。太乙真人がワシ。ワシが、ワシが太乙真人のはず……ではない、のか??」
手を叩くのを止め、穴からゆっくりと浮かんできたのは道士服を着用する男の悪霊。太乙真人とは似つかない、年齢が大きくことなる青年の悪霊だ。
ふと、悪霊は後頭部を掻くように手を動かしていく。
“――由良鬼やこっち、手の鳴る方へ。追憶、湖面、幻霊、満月――”
手を動かして握ろうとしている。
死角より叩き込まれ、おそらく、致命傷となったであろう宝貝が後頭部にめり込んでいる。それを握ろうとしていたのだ。うまく掴めずに何度も空振り。
しばらく経過し、ようやく掴んだ宝貝の柄。
強く握られた宝貝が一気に引き抜かれていく。一緒に脳らしきものが現れてドロっと落ちていくが、悪霊はもう死んでいるので気にしない。
「どうして忘れていたのじゃ。い、いや、ワシが太極図で痕跡をすべて抹消したのか?? だとすれば、なにゆえ今になって思い出す。なにゆえ、本物の太乙真人が、現れる??」
“――満天が映り込む月に心奪われるであろう――”
悪霊は宝貝を苦労して引き抜いてどうしたかったかというと、再び後頭部に突き刺したかったのだ。躊躇はなく、かなりの奥深くまで突いている。
瞬間、すべての太乙真人の頭蓋が後ろから吹き飛んだ。各所で浮遊する球体は墜落していく。
他人を呪えば穴二つ。
自分を呪えば自分全員が自滅する。
太乙真人を自称したなら、太乙真人が死ねば道連れになるべきだ。
“――ムーン・エンド”
完全に壊れてしまって、太乙真人として動いた宝貝人形共はもう動かない。




