8-22 魔法少女二人VS.仙人
氷の防御魔法。冷気から発生する巨柱が俺達を守るように築かれていく。
「せっかく奪ってくれた黒八卦炉の宝玉を無駄に使う。ワシを超えるなど不可能。量産打神鞭、三百投射。これで終いよ」
仙術の第二波に対する盾になってくれると期待したかったが、残念ながら人類最高峰レベルでしかない五節魔法だ。不老不死の仙人の頭をカチ割る宝貝の前では薄氷に過ぎず、簡単に砕かれてしまう。
「兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん」
「アジサイ。突破されているぞ。正気に戻れっ」
「兄さん兄さん兄さん兄さん……アニウム充電完了。大丈夫、問題ない」
細かくなって拡散する氷の破片が周囲を白く染めていく。霧よりも質量のある粒子が拡散した。
ホワイトアウトの発生。ガス惑星の嵐さえ白紙に帰す冷たいベールによって、宝貝は俺達を見失う。
「氷封六節魔法“ホワイトアウト”。凍らせて積層封入した呪文の氷、それを壊す事で完成する私のオリジナル。準備さえしておけば、詠唱時間をゼロにできる。他三人には真似できない魔法」
単純に氷の霧で視界を遮っているだけではない。その程度で、仙人の宝貝を迷わせられるはずもない。まさに魔法のように宝貝を消し去ったのだ。
「何を偉そうにです。準備に異様に時間がかかっている癖に。その呪文にしても、六節紡いで月属性のサル真似です」
「四人の中で一番長ったらしく呪文を唱えて、ようやく七節を発動している天竜川の名折れに何を言われても気にしない」
霧の中に突入してきた棒型宝貝の気配が軒並みロストしている。外界からの認識を失った途端に実体を失うレベルで意味喪失したとでも言うのだろうか。幻惑系魔法もここまでくると凶悪である。
防御をアジサイが担う事により、落花生が攻撃に専念できるようになった。暴風が激しさを増した。大気の循環と副次的に発生する稲妻が太乙真人を全周より攻める。
宝貝の斥力場が作る生存圏が削れ、太乙真人がついに風に飲まれた。球体の乗り物から大気に剥がされていく。
押し切れる。
大仙人をごり押しで削り切れる。
「……まだッ、まだじゃ!! ワシは太乙真人。偉大なる仙人なれば徒人ごときに敗れはせん! 敗れはせんのじゃ!!」
骸骨のごとき細身でありながら、どこからそんな叫び声を上げているのか。
ただ、どれだけの怨嗟を叫ぼうとも現実は変わらない。太乙真人は全力を出し切り、『魔』を枯渇させてしまい、ここから逆転する手段を持ち得ていない。
「ワシこそが、太乙真――」
最後は叫ぶための声帯もあっけなく削れて終わった。仙人の亡骸は欠片も残らない。
余韻というには強い嵐が今も巨大な縦穴を攪拌している。現実感のない光景。死体どころか残骸も見当たらないが、神話の仙人に俺達は勝利したのだ。
太乙真人の手札を先に出し切らせたのが勝因である。
様々な宝貝を保有する万能型の敵だった。手札を出す順番が少し違っただけでも結果に影響が出ていた。特別、太乙真人の目に埋め込まれていた命令型宝貝などは先に潰せていなければ、落花生とアジサイの二人の魔法さえも防がれていただろう。
「勝利に焦ったお前の負けだ、太乙真人」
太乙真人は俺の正体に固執し過ぎた結果、先に切り札を使ってしまったのだ。地球から援軍召喚という切り札は黒曜も知らなかったので、俺に全力を出してしまっても仕方なかったというべきか。
「大丈夫か、落花生」
「六節の疲労感、半端ないです。どうせ御影が無茶な相手に挑むだろうからと短期コースで覚えた甲斐はありましたです」
「心配をかけてばかりで、すまない」
「ありがとう、でいいです。まだ私も発展途上です。次に呼んでくれた時には竜頭魔王をやっつけられるくらいの魔法使いにはなっているですから」
「いや、流石に七節魔法でもあの究極生物は退治できないだろ。竜頭魔王を倒す前に大陸が壊れる」
「……あー、うん。そうですね。どこかの炎の魔法使いによって、壊れましたね」
功労者たる落花生はフラフラになっているので支える。足場になってくれているナターシャにゆっくり運んでもらおう。
「ナターシャ、ドームの入口まで頼――」
「――捕獲オーダー。『規格外製品接続』、九竜神火罩骨格転送……接続」
ナターシャが突然、飛行体から上半身だけで跳び出した。
アサシン職の『暗器』のように異空間から取り出したバスケットボール大のボールを背負っている。ボールが広がり円形となり、更に膜が広がって俺達を包み込もうと動いている。
明らかな敵対行動。何故、どうして、と思いながらも、コンマ数ミリでも早く『コントロールZ』を発動する。
「避ければ、そちらのお仲間、どちらかを確保して人質にしますよ?」
と、目線でナターシャから宣告されたためにスキルをキャンセルする。落花生とアジサイ、二人同時には救出できない。
膜を避ける手段はなく、包み込まれていく。
……下から上へと通り過ぎていった熱線が膜を裂かなければ、マヌケな俺は捕らわれていた。
「後方より熱源、スピキュール?! ガッ?!」
「御影くぅぅぅぅんッ!! まだ、終わってなぁぁぁい!!」
ナターシャ本体に熱線は命中していなかったが、少し遅れて伸びて来た棒に後頭部を強打されて撃墜されている。
原形がまだ残っているドーム入口方向からの大声が、俺の名前を呼んでいた。
「太乙真人は、まだ、止まっていなぁぁぁい!! 穴、穴が、閉じて、なぁぁぁい!!」
クゥに気付かされた俺は、ハッ、と無い顔の表情を変えつつ地面を見た。
太乙真人の仙術で開かれた幽世へと通じる穴が、確かに開かれたままになっている。術者が消えた癖に、今も術が働いている。
「違うッ。太乙真人! お前、まだ停止していなかったのか!!」
ドームの地面が震えた。
穴は歪み、口のように笑みを形作る。目があるべき地点にも穴が開いており、やはり微笑により歪んでいる。シミュラクラ現象というには、顔の形があまりにも太乙真人に似ている。
「いやはや、指摘された通り、勝利に焦ってしまったかの、捕える好機じゃったのだが」
地面の太乙真人が喋った。
「兄さん、氷で足場を作るから乗って」
落下し始めた飛行体の上からアジサイの氷の上に跳んでいる間、地面の太乙真人は笑ったまま何もしてこない。地上絵ごときに余裕を見せつけられている。
「いいや、ワシを倒したお前達に、これ以上、手心を加えるつもりはない。ゆえに……太乙真人全員で相手をしよう」
何を言っているのか。
答えを問うよりも先に、答えがドームの壁を突き破って複数現れる。
「ワシは太乙真人」
「ワシも、太乙真人」
「ワシも、太乙真人じゃ」
球体に搭乗した老人が、少なく見ても十は現れただろうか。すべての老人が、先ほど倒したばかりの太乙真人と同一の顔をしている。
「偽物……だろ」
「いいや、ワシ等はすべて太乙真人。そう、ワシ等こそが太乙真人なのじゃよ」
否定してやりたかったのに、太乙真人共はせっかちにも全員が臨戦態勢だ。宝貝を起動しており――十絶陣は識別できるが多くは不明――、いつでも発動できる状態だ。
「疑うのは自由じゃ。ただし、ワシの攻勢を防ぎきってからにしてもらえんかのぅ?」




