8-21 魔法少女VS.仙人
雷の速度で飛んできた落花生が目の前に着地した。街を破壊した電撃で分かっていた事であるが、少し見ない内に魔法に磨きがかかっている。電気のごとき高速移動などは一時的に俺の最大パラメーターたる『速』さえ超えていたのではなかろうか。
静電気が弾ける。
サイドアップな彼女、雷の魔法使いたる落花生が真正面に立ったためである。
「んー、です」
両目を閉じて甘えるように顔を近付けてくる。かまととぶるつもりはなく純粋に状況を考えて言おう。何してんの、この子。
「早くするです、死ぬぞ」
「お、おぅ」
この女。状況を人質にキスをせびりやがった。嫌という訳ではないが、近くで傍観しているナターシャに「はっ?」と思われつつというのは微妙だ。夜景とは比較にならない暗さの奈落の穴の上という場所も最悪だ。
とはいえ、機会は大事である。今を逃すとなかなか会えないので、状況を忘れて唇を味わった。
「チャージ完了です。これで戦えます」
「太乙真人が相手だ。遠慮はいらないから思いっきり大魔法を放ってくれ」
「やったるですよ!」
大仙人相手にやる気を出してくれるなら、何度でも接吻してくれよう。実際、以前までの落花生であれば荷の重い強敵に向けて挑ませている。三か月の間にどれだけレベルアップしたのか、さあ、見せてくれ。
「――見せてやるです。皐月に越されて焦った私がラベンダーと一緒に編み出した連鎖呪文。その最大のメリットは、使用中の呪文を触媒にして、高位の呪文の発動難度を下げるところにあり」
太乙真人も空気を読んで待っていた訳ではない。宝貝による攻撃は既に始まっている。
黒い砂、大氷塊、瓢箪、などなど、種類豊富な仙術が飛行中の俺達を飽和攻撃で仕留めにきている。逃げ道はなかったはずであるが、落花生の体から発する電流が球形のバリアとなってすべてを防いでくれた。
「人の身で至りし至高の領域、六節呪文“疾風迅雷”。されど、六節は限界にあらずです。更に連鎖ッ!!」
落花生の体が浮遊し始める。
すべての髪の毛が逆立っていき、サイドアップは雷のごとく折れて広がる。
全身はもう直視困難な程に発光していたが……ある瞬間より光が消える。
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▼落花生
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“●レベル:109”
“ステータス詳細
●力:62 守:54 速:121
●魔:361/425 → 111/425
●運:38”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●魔法使い固有スキル『魔・良成長』
●魔法使い固有スキル『三節呪文』
●魔法使い固有スキル『魔・回復速度上昇』
●魔法使い固有スキル『四節呪文』
●魔法使い固有スキル『五節呪文』
●魔導師固有スキル『魔・消費半減』
●実績達成ボーナススキル『インファイト・マジシャン』
●実績達成ボーナススキル『雷魔法手練』
●実績達成ボーナススキル『成金』
●実績達成ボーナススキル『破産』
●実績達成ボーナススキル『一発逆転』
●実績達成ボーナススキル『野宿』
×実績達成ボーナススキル『不運なる宿命(強)』(無効化)
●実績達成ボーナススキル『帯電防御』
●実績達成ボーナススキル『マジック・ブースト』
●実績達成ボーナススキル『連鎖呪文』”
“職業詳細
●魔導師(初心者)”
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気付いた時には俺達は濃密で、濃厚で、まるでコーヒーにミルクを混ぜたような色合いの大気の中に浮かんでいた。
「――第五の惑星の主神、循環せし大気、雷は威光の端くれに過ぎず。混ざれ混ざれ混ざれ、走れ走れ走れ、これより我は大惑星の気象とならん。人が現時点で到達せし極限、連鎖七節呪文“大赤斑”発動するです!!」
ドーム内部の法則が乱れた。
地球などという穏やかな環境では発生しえない、時速六五〇キロの濁流のごとき嵐がすべてをかき乱す。とめどなく大気と大気の衝突が発生する。膨大な静電気により常に雷が発生しているものの、圧倒的なエネルギーの奔流の前では些細なものだろう。
十絶陣は超常なれど、所詮は仙人が仙人を抹殺するだけの陳腐なもの。太陽系最大の嵐の中では攪拌されて芥となって嵐に取り込まれていく。
一部の真性悪魔やドラゴンのみが有する特権たる七節魔法は、仙術はおろか惑星法則さえも捻じ曲げていくのだ。
「暴挙なッ! このような生存圏さえ破壊する特権をたかが個人、それも短命短慮な徒人に与えるなど異世界の管理神は何をしてお――」
太乙真人の怒号も嵐に沈んでいく。抗う術などありはしな――、
「――愚かな判断だと気付かぬソレこそ愚かなりッ!! せっかくの極大破壊なれど、破壊範囲を限定する事ばかりに力の多くを割かねばならん。どうしてこの呪文を選んだのか理解できんのぅ! 全力を出し切れん攻撃で、太乙真人を封神できると思うたか!!」
太乙真人は、渦に抵抗していた。
保有するあらゆる防御宝貝を用いて自身の生存圏を確保している。ガス惑星に落下した人間が形を保っているのと同等の、信じ難い光景だ。不死身のターミネーターとて溶鉱炉に落ちれば溶けて消えるというのに、あまりにもしぶとい。
「おい、嘘だろ……。落花生っ、出力を上げられるか?!」
「む、無理ですッ。暴走しそうなのを、抑えるのに全力です。……バランスが崩れると、自滅しそうで……渦の藻屑、になるです!」
落花生は全力疾走状態。酸欠による息切れで表情は苦しい。額からはありえない量の汗が流れており、口の中にも入って窒息しそうだ。
それでいて米粒に絵を描く繊細さが落花生には求められている。
惑星環境さえ破壊しかねない魔法を行使しながらも、ドーム内部のみを破壊範囲に指定するには相応の技量が必要なのだ。ドーム内にまだ残っているクゥと紅孩児を避けているのも忘れていない。だからこそ難度が更に高まっている。
「量産打神鞭、一から百を起動。ワシの敵を打ち滅ぼせ」
落花生は魔法を維持するのに全力だ。太乙真人の反撃を防ぐだけの余力はない。
もちろん、渦自体が太乙真人が飛ばす棒を巻き込んで叩き落していたが、一部は威力圏を突破して俺達の所まで届いている。
銃弾のような洗練された形状には見えないが、棒はナターシャ機を軽々と貫通していた。
『武器強奪』で一本奪い取って、防御のために振るってみた。が、一本打っただけで根本から折れる。粗悪品だ。
「助っ人も無意味じゃったの、ワシを超える仙人はおらんゆえ、仕方あるまいて」
確かに落花生一人では押し切れない。認めよう。
だから……頭上に向けて手を伸ばす。
サレンダー、お手上げ。
いいや、違う。
「……ふん、使え」
「タイミング最高だな、ユウタロウ」
骨組みだけはどうにか残っているドームの天井に、ブタ顔の男が立っていた。手に持つ黒球を自由落下させている。
任せた仕事は必ず果たす男、その名はユウタロウ。
妖怪の街の炉を破壊するだけでなく、設置されていた黒八卦炉の宝玉の回収を無事果たしてくれた。
ユウタロウが落とした宝玉を、お手玉するようなヘマなくきっちり受け取る。
「俺はここだ。ここに、来いッ!!」
大仙人に対して魔法使い一人で対抗できないのであれば、二人目を呼べばいい。黒い炎が楕円を作り、地球と黄昏世界を強制接続する。
炎のゲートが開くと同時に、吹雪が荒れ始めた。
「――氷結、巨柱、束縛、零下神殿、築かれたオブジェたる白き象徴は決して崩壊せず融解せず」
続けて現れたのは女の声。最後は声の主その人。
和装の女ゆえ、雪女のように勘違いしてしまうかもしれない。されど、その正体は氷の魔法使い、アジサイ。
「兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん」
あー。三か月経っていれば禁断症状も末期か。




