8-19 太乙真人5
「時間を稼げ、ひまわり!」
大きな花弁が脱落していく中、意地を見せるように種を射出して太乙真人を直接攻撃しようとするひまわり。
“――烈焔陣強制終了。紅水陣展開、最大出力まで残り――”
太乙真人を守る迎撃機能が働いたのだろう。無数の瓢箪が太乙真人の背後より射出されていく。瓢箪は衝突と同時に血のように赤い液体を放出して、種を溶解させていた。
「混世魔王が奥の手とは、素質の割に発揮できる力が不足しておるのぅ。真なる人よ。ワシとしては好都合じゃが、こちらはまだ十絶陣さえ使い切っておらん」
「ええぃ。ひまわりが弱体化しているのは想定外だ!」
種の数以上に瓢箪は撃ち出されていたのだろう。ひまわりに次々と着弾し、瓢箪内部の酸溶液でひまわりの中央部を溶かしていく。
花の外周には黒い砂が群がって分解中。
トドメに転がって来た巨大氷塊が直撃し、限界を迎えたひまわりは体を保てなくなって消滅してしまった。
太乙真人を倒せないまでも、十分、ニ十分は軽く激闘してくれるものと期待していたというのに、大幅に作戦が狂うな。黄昏世界の高レベル悪霊はもう完売御礼。さて、困ったぞ。
「黄昏世界における真なる人の移動範囲はおおよそ把握しておるゆえ、妖怪をどれだけ討伐したかもおおよそ分かっておる。もう強い死霊は呼び出せまい」
そう嘯いていたからではないだろうが、太乙真人の奴、聞き逃せない事を言う。
誰が、悪霊を呼び出せないと?
「誰かある。ウィズ・アニッシュ・ワールドのモンスター共」
足元の影が内側より広げられていく。真っ先に現れたのは定番の雑魚モンスター、ゴブリンだ。
雑兵にもなれない最弱モンスター。それがゴブリンであるが、太乙真人が相手ならばそれなりに使えるのかもしれない。
“――寒氷陣終了、『魔』再充填完了まで残り七十秒。――風吼陣展開、最大出力まで残り――”
「……なんじゃ、それは?? 妖怪でも妖魔でもない。それは、なんじゃ?」
「色々と創造神についての雑学を呟いていた太乙真人も、さすがにモンスターは知らないか。こいつはゴブリン。異世界のモンスターの悪霊をここに呼び寄せた」
ゴブリンの群れを竜巻が襲い小間切れにしていく。四節魔法でも倒せる群れを、五節超えの大仙術を使って掃討するのは非効率だろうに。かいわれ大根を切るのにツヴァイヘンダーを使うようなものだ。オートで範囲攻撃というのも善し悪しである。
“――紅砂陣終了、『魔』再充填完了まで残り七十秒。――地烈陣展開、最大出力まで残り――”
「異世界のモンスターを呼び寄せた?? いや、ブラフという奴じゃのぅ。創造神に至るのが真なる人じゃ。その性質も創造神と同じでならんといかん。モンスターとやらの死霊も保有しておっただけ。真なる人が嘘をつくとは――」
太陽に焼かれて衰退している黄昏世界と比較して、ウィズ・アニッシュ・ワールドの生命は豊富だ。そして生命が多ければ、比例して悪霊の数も多くなるのが道理である。
質ではなく数を基準にモンスターを幽世より招集し続けていると、人の事を嘘つき呼ばわりしていた太乙真人が何も言えなくなって固まる。
ゴブリンだけではなくオークにインプも混じり始めた悪霊軍団。十絶陣による事象、隆起して襲い掛かってくる足場により九割損耗している。が、全滅はしていない。それはつまり、呼び出す速度が撃破される速度を上回った事を示していた。
「――分からん。この太乙真人をもってして、何故、分からんのじゃ。真なる人の権能は死霊をあの世から呼び出し使役するもの。そのはずであろう!」
「ん? その通り。どこも間違っていないが??」
「馬鹿を言うな! 真なる人、キサマッ。黄昏世界以外のあの世とも接続しているとでも言いたいのか?!」
俺も悪霊に混じって太乙真人に接近する。残り三百メートル。もう少し近づければ、後は『暗影』の連続使用で直接攻撃可能だ。
まあ、その情報も偽黒曜経由でバレているはずなので、思った通りに事は進まない。
「言ったであろうがッ。創造神が同時期に管理できる世界は一つだけ。それを、たかが創造神の幼体、真なる人ごときが複数世界のあの世を統べるなどとは、大言壮語が過ぎるであろう!!」
“――紅水陣終了、『魔』再充填完了まで残り七十秒。――落魂陣展開、最大出力まで残り――”
「しかもじゃッ、黄昏世界は御母様によって封じられておる。それをどうして、軽々突破できる。できるはずがない!!」
太乙真人は自分勝手に激高した。
仙人の怒りを示すようにオリエンタルな魔法陣がドームの地面に大きく展開されていく。その直後に浮遊感。床が喪失したらしい。
落とし穴などというチャチなものではないだろう。開いた穴の底が見えないのである。
ただ、他に類を見ない珍しい穴……という訳ではない。俺には見えない位置にあるが、近場に同じような穴がある。
「あの世との接続! 太乙真人にできぬと思うてか!」
吸引力はないものの、ウィズ・アニッシュ・ワールドで山羊魔王が行使していたものとも類似する。あちらの方が大規模破壊に向いていたが、足場を無くされる太乙真人の仙術も対応し辛い。
太乙真人本人は浮かぶ球体に格納されたまま、落ちていく俺を見下ろしている。
「捕えた後でじっくり解剖してくれようぞ、真なる人。発現せしその権能の真実を暴いて、ワシのものとしてくれる。そして、ワシこそが創造神へと到達するのじゃ。宝貝『九竜神火罩』よ、捕獲せよ」
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“宝貝『九竜神火罩』。
球形の宝貝が広がって対象を包んで捕える宝貝。
一度、捕えた相手は逃がさない。捕えた相手が不要であれば、包んだまま焼き殺す機能も有する”
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落下中の俺へと飛ばされたボールが、形状変化して投網のごとく広がった。
捕まる前に『マジックハンド』でも使って逃げたいが、マズい。近場に掴める突起が全然ない。
「――捕まれッ!!」
ドームの内部に侵入してきた高速飛行体が、あっという間に接近してきた。ケンタロスというか戦闘機の上側に上半身だけが接合されているというか。そんな機械女と手を繋ぐ。
「ナターシャ、お前っ。洗脳されているとか言っていたのに。どうやった?」
「……いや、洗脳は解けていない。今もお前を攻撃しようとして体が動く」
「おいッ」
「『演算不良』で耐えている。邪魔になったら私を破壊しろ。それよりも、あの宝貝には絶対に捕まるな。内部ではスキルが一切使えなくなる」
ボロボロになった飛行ユニットを配線コードで無理やり結び繋げているため、飛行中もカタカタ鳴っている。足場にするには不安しか覚えないが、今はこのナターシャが頼りである。
「NATA、玩具ごときが邪魔をするでないわッ」
「太乙真人はまだ本気を出していない。十絶陣をすべて同時使用し始めてからが本番になる」
「発狂モードありのボスか。まあ、予想はできていたが」
いや、実際のところは十絶陣全起動で終わりとも限らない。より強力な仙術を用意しているかもしれない。太乙真人を攻略するなら、大仙術の連続使用を可能にしている供給源を断ってからになる。
十絶陣は一巡して、天絶陣の雷光がナターシャを撃ち落とそうと次々と放たれている。回避に専念しても所々を撃たれており、撃墜までもう間もなくだ。
「どうした、真なる人よ。もしや、炉に向かわせた仲間の妖怪に期待しておるのかのぅ?」
時間稼ぎに専念していれば、まあ、俺が何を狙っているのかバレるよな。
少しばかり冷静な口調を取り戻した太乙真人が、優しげな言葉遣いで残酷な事実を突きつけてくる。
「残念じゃった。炉は街に残る特機すべてで防衛させておる。手練れを一体向かわせたところで、防衛線一つ突破できはせん」
正直、太乙真人はユウタロウを侮っている気がするのだが、ユウタロウ一人だけでは時間がかかるのは確かだ。
俺も鬼ではない。たった一人で向かわせておきながら、戦闘開始十分で敵の重要拠点を攻略しろとは言わない。
「――――どうして御影ではなく、オークが出迎えるのですかッ!! コンチクショーですッ。 ――稲妻、足蹴、直撃雷――」
雷光が周囲を照らす。
けれども、今回の雷は……ドームの外で迸った。
「――三節から四節へ連鎖ッ、爆裂、抹消、神罰、天神雷――四節から五節へ連鎖ッ! 浄化、雷鳴、来迎、天神雷神、神の顕現たる稲妻にまつろわぬ存在は焼き尽くされる事だろう。更に連鎖ッ!!」
一瞬で終わるはずの雷が終わらない。結果、降り注ぐ高エネルギーを受け止め切れずに街全体が震え始める。
「――連鎖六節呪文“疾風迅雷”発動するです!」




