8-18 太乙真人4
長い旗、幟というべきものが太乙真人を中心に回っている。メリーゴーランドというには動きは遅く、半周するのに一分程度はかかりそうである。
“――天絶陣展開、紅砂陣展開、金光陣展開――”
十の幟の内、太乙真人の前方を通過し始めた三本がより強く発光し始めた。
同時に、ドーム天井より雲もないのに雷鳴が轟き電撃が襲い掛かってくる。中空よりは土砂のような砂嵐が吹いて体を埋めにくる。左右には浮遊移動する丸い鏡より光線が照射された。
「真なる人は、どこまで創造神について知っておるのかのぅ」
太乙真人が何か語り掛けてるようであるが、会話している余裕などありはしない。
鏡の光線は『レーザー・リフレクター』が働いて反射できたものの、雷と砂は対応しなければならない。
雷は『暗影』で回避できるだろうが連発されると厳しい。太乙真人の所まではまだ遠いのだ。
「誰かある。砂を操れる妖怪がいただろう」
広範囲に広がっている砂嵐も厄介であるが、その砂を逆に利用する。そのための悪霊を黒い海より呼び出した。長い体の貂鼠が影より現れて、幽霊らしく水平移動で俺に追随する。
砂が俺というか悪霊を中心に滞留する。砂の制御を奪っているのだ。雷は砂に紛れた俺達を見失い、乱射しているだけ。命中するかどうかは『運』次第な感じだろう。動き続けている限りはそうそう直撃しないと信じたい。
「よしっ、黄風怪だな。よくやった」
“――天絶陣および紅砂陣出力上昇、金光陣効果疑問――”
対処できた。こう喜ぶのは少し早かった。
雷と砂の勢いが倍近くに増したのだ。安全地帯は縮小されて砂粒が顔の穴に入ってきて煩わしい。頻繁にニアミスしてくる雷で痛い程に痺れる。
「創造神は世界を創り、世界を導くシステムを構築する。と言われているが実際のところは何がしたくて世界なんぞを運営しておるのかのぅ。ID論なんぞを実践しておるのかのぅ。不思議に思わんか?」
知るか。普通に雷が一本直撃しかけて肝が冷えている。砂嵐で動きが制限されて進みも悪い。
「創造神は滅多に意思を示さん。だというのに、意思疎通を試みれば膨大な情報量に潰される。ネグレクトもここに極まりじゃ。問い合わせすらできんとなれば、推察する他あるまいて」
脅威と思っていなかった鏡がいつの間にか数を増やして上と横、等間隔にならんでいた。同時に掃射された光は格子状となって俺達を捕える。
守るのが遅れて悪霊が撃ち抜かれた。爆発反応装甲でもないだろうが、毛が四散して悪霊本体を守ってくれている。
攻撃が激し過ぎる。悪霊一体でさばける圧力ではない。
「黄風怪が耐えられる内にどこまで近付ける?!」
遠距離攻撃可能な悪霊を呼び寄せる事も考えたが、額を撃たれても生きている太乙真人の不死身っぷりを見せられてしまっている。何かうんちくを述べている敵を下手に刺激して本気にさせるべきでもない。防御に専念しながら近づいて『暗殺』での一撃死を狙うべきだろう。
太乙真人まではまだ遠い。五百メートルは先にいる。
「創造神が世界を創造する動機。推察するための材料の一つは、世界が複数存在するという事実じゃの。次に、世界を見限るという行動も重要じゃ」
黄風怪はまだ持つ。ペースは下がっているがまだ近付けられる。
“――天絶陣終了、『魔』再充填完了まで残り七十秒。――寒氷陣展開、最大出力まで残り――”
ふと、雷が止んだ。
チャンスなどではない。雷の代わりに氷山のごとき氷の塊が投射された後、落ちてくる。
「仮説になるがのぅ、創造神が同時に運営可能な世界は一つだけじゃなかろうか。創造神の権能をもってしても複数世界への干渉に制約があると。世界を見限るという失敗行動が創造神の全能性を否定しておるゆえ、そういう仮説も成り立つのじゃ」
氷塊は雷よりも一点集中していない分、瞬間威力は低い。が、被害範囲は雷を上回る。
落下後も転がって直線的な被害をもたらす。最初の一つは遠くに落ちてくれたのに、二つ目は正面方向に落ちて転がってくる。
俺ほどに機敏に動けない黄風怪は数百トンの氷に轢かれて霧散してしまった。
再び砂嵐が吹く。そう身構えていたのに嵐が急に終わった。代わりに堆積していた砂が黒く変色する異常を見せる。
“――紅砂陣終了、『魔』再充填完了まで残り七十秒。――化血陣展開、最大出力まで残り――”
「見限られた後も世界が即座に滅びる訳ではないという事実も考察のし甲斐があるのぅ。つまり、創造神と世界に強い繋がりはない。禁忌の土地という例もあるゆえ、世界に創造神は必須という訳ではないとなる。創造神が必要として、世界を創っておるだけじゃな」
黒い砂が磁石に吸い寄せられた砂鉄のごとく俺の体にまとわりついてくる。何をしているのかというと、地肌がチリチリと痛んで血を滲ませ始めたではないか。
『耐毒』スキルが働いていないのであれば酸ではない。体だけではなく服もボロボロになっていくので分解されている感じではある。
直観が働く。恐らく、小さな何かに群がられて体を喰われていっている。ナノマシン、という程に小さくはないだろうが、砂粒サイズに見える何かが俺の体を喰おうとしている。
「誰かあるッ!」
三体の悪霊を呼び寄せた。
動物顔を見るに三大仙の奴等である。仙人を自称していた奴等なので太乙真人にもそれなりに対抗してくれると期待……いや、虎力大仙っぽい悪霊が黒い砂に飲まれてすぐさま分解されてしまったな。駄目だこりゃ。
「創造神は慈悲深い存在。ゆえに善意で世界を創り、下等生物を住まわせていると徒人は自分本位で言うが。徒人を襲う妖怪も一緒に住まわせておいて善意とはのぅ。真実とは、もっと創造神本位なものであるべきだろうに」
“――金光陣終了、『魔』再充填完了まで残り七十秒。――烈焔陣展開、最大出力まで残り――”
「では何故、創造神は世界を創るのか。……その答えを導くのがワシの仮説じゃ。創造神が同時に管理可能な世界は一つ。これが正しいとすれば、世界が多過ぎると思わんか? 少なくとも、黄昏世界に現れた救世主職共と同数はある。すべてが創造神の直轄地とも思わんが、すべてが下級の管理神に委託されている訳でもあるまいて。創造神は複数おる。生物のように増える。生殖する」
黒い砂を掃うのに手間取っていると、今度は飛翔する爆炎に体を焼かれた。
三大仙の残りも役立たずにいつの間にか消えている。黒い砂と氷塊と炎の波状攻撃に、詠唱時間の長い妖術ではまったく対応できなかったので当然だった。
太乙真人まではまだ遠い。五百メートル付近から進めていない。
「隠し球だ。誰かあるッ! 稀代の芸術を絢爛させる時間だぞ!」
「そうじゃ、答えは生殖じゃ。創造神は同一存在を発生させるために、世界という孵卵器を用意しているに過ぎん!」
まったく予定通りではなかったが、追い込まれてしまったために切り札を黒い海より呼び寄せた。
黄昏世界で討伐に成功した化物の中では最も格別で、最も美しい花を呼び寄せる。
ひまわりの花弁がドームの天井近くまで開かれて、氷も炎も受け止めていく。
「いけ、ゴッホのひまわり!!」
「混世魔王か、真なる人よ! 創造神の悲願、新たなる創造神種に近似した者ならば、この程度は見せてくれるよのぅ!」
「笑っていられると思うな、太乙真人。こいつと普通に戦って勝てると思うなよ」
「御母様の力を宿しておれば、の話じゃろぅ。太陽の権能を奪っていない花など、ただの花よ!」
炎はともかく、氷塊が花弁を散らしていく。
あれ、ひまわりってもっと強くなかったか??
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“『太陽を象徴する花』、太陽の花とも呼ばれる大輪が授かりしスキル。
太陽の花、と名付けられた花に付与されるスキル。
地球上ではそれ以上の意味はないし、太陽の方角を常に向くような事もしない。
しかしながら、黄昏世界においては事情が大きく異なるだろう。太陽を象徴するなど不敬であるが、疑似的に天の大権を身に宿す事が可能となる。
《追記》
現在、本スキルは未発動状態。太陽の方角に花を向けた際に、太陽の権能を強奪できる”
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